開発はピクサーと
アップルはWWDC 2018でARキット2を発表した。人間の顔や空間での表現力の大幅な向上によって、ARは驚きを与えるほどの体験に進化する。
その一方で、ゲームや教育といったアプリ以外のAR活用については、この1年で大きく進展してきたわけではない。そこでアップルはiPhoneやiPadでより身近にAR体験を楽しむための意義深い環境整備を行った。それが「USDZ」という新しいファイルフォーマットだ。
WWDCの基調講演でアニメーションスタジオ「ピクサー」のロゴが現れたとおり、開発を進めてきたのはピクサーだ。もともと同社は「USD」という3Dグラフィックスを開発してきた経緯があった。
ピクサーの歴史は、ジョージ・ルーカス氏から1000万ドルでCG技術部門を買い取った故スティーブ・ジョブズ氏によって幕を開けている。しかし、初めからアニメーションスタジオだったわけではなく、強力なグラフィックスを実現するハードウェア「ピクサーイメージコンピュータ」の販売、ソフトウェア「レンダーマン」販売の失敗を経て、映画「トイストーリー」で成功を手にした。当時ジョブズは、ネクストをバネにアップルへの復帰を狙っていたことから、ピクサー共同創設者のエド・キャットムル氏らによるアニメーション制作に細かく口を出さなかったとされている。ただ、もともとテクノロジー企業として存在してきたことから、ツールの内製による新しい表現への挑戦は可能だった。
USDはピクサーにおける第4世代の3D記述方式だという。リアルタイムに照明や質感などの効果を乗せた3Dグラフィックスを表示する場面が増えてきたため、より高速な描画と遅延の少ないエフェクトなどを実現する必要性が出ていた。そこで、モダンでスケーラビリティに優れたオープンGLを用いたレンダリングを実現することが目的とされている。
しかし、USDには3Dモデル、影、アニメーション、ライティング、エフェクトといったさまざまな情報が記述されたファイルやデータベースを用いてグラフィックスを描画するため、流通性に乏しい。そこで、これらのファイルをこれを非圧縮のZIP形式で1つのファイルにまとめたのが「USDZ」だ。
AR普及の重大な一歩
USDZは、1つのファイルで3Dグラフィックスに関するあらゆる情報をやりとりすることができる。しかし、ファイルフォーマットが決まっただけでは何も起きない。ここでアップルが非常に重大なステップを用意した。それはiOSやmacOSでUSDZをネイティブ形式のファイルとして扱えるようにしたことだ。
すなわち、特別なアプリやプラグインを必要とせず、iPhoneやiPad、MacでUSDZファイルを開くことができるようになる。たとえばJPEG形式の写真やMOV形式のビデオを、Macではクイックルックやプレビューで、iPhoneなら特にアプリを気にせず表示することができる。これと同じようにUSDZファイルを写真のように開いて、画面の中に3Dグラフィックスを表示可能になるのである。
しかも、流通性も確保した。メールやアイメッセージに添付したり、アプリやWEBサイトにデータを置いておく、といった方法で、ユーザは簡単に3Dグラフィックスのファイルを開くことができる。
注目される他社の動向
USDZはオープンファイルフォーマットだが、3Dグラフィックスに関するオープンなファイル形式はこれが初めてではない。「glTF」は、クロノスグループがロイヤリティフリーで利用できるオープンな3Dグラフィックスフォーマットを目指して作られており、アドビやオートデスク、グーグル、エヌビディア、マイクロソフト、そしてオキュラス(フェイスブック傘下)といった主要プレイヤーが参画している。
グーグル、マイクロソフト、オキュラスはそれぞれ仮想現実(VR)や複合現実(MR)の分野でヘッドセットなどのハードウェアを開発しており、オキュラスは5月には2万円台前半で購入できるスタンドアローンヘッドセット「オキュラスGO」を発売し話題となった。どちらかというとアップルが力を入れるARではなく、VR寄りの連合、と見ることもできる。
一方、USDZのサポートを表明しているのはアドビ、オートデスクといったグラフィックスソフトウェア企業だ。特に力を入れているのはアドビで、すでに3DグラフィックスをサポートしているフォトショップCCと、昨年登場した3D編集ソフト、ディメンションCCに加え、ARシーンを編集できるプロジェクトエアロ(Project Aero)をWWDCで披露した。アップルがARを推進する中で、世界一のアプリ経済圏を持つiPhone向けの3Dグラフィックス需要を見込んでいる点で、glTFとUSDZ、これらを支持する企業の思惑は異なっているように見られる。
USDZを自作する
USDZには別の可能性がある。それは、3Dグラフィックスを自分で作成して相手に送り届ける、というコミュニケーションでの利用だ。ARキット2には3D物体認識の機能が備わるが、そのモデルを作成する仕組みはXcodeを起動したMacにつながったiPhoneのカメラで行う。すなわち、アプリ次第ではiPhoneで3Dモデルを作ることができる、ということだ。ちなみにカメラアプリでは、すでに深度データを用いて3Dグラフィックス的な加工を施すアプリも出現している。
iPhoneの外側にあるアイサイトカメラの進化も必要だが、来年の今頃は、身の回りのものを3Dが増加して送り合うのが当たり前になっている可能性すらある。USDZの登場は、3Dグラフィックスの汎用化の扉を開いた瞬間、と考えてよいだろう。
USDZでできること
iOS 12でUSDZ形式に対応することで、Safariやメッセージ、メモといったアプリの中で3Dオブジェクトやシーンを直接開いて、アプリ内で回転・拡大・縮小したりできるようになる。
ARの起爆剤となるUSDZ
USDZはPixarのUSDをベースにしている。USDZを利用することで、ユーザが3Dオブジェクトを現実世界に配置し、その空間でどのように機能するかを確認することができる。
AR Quick Look Gallery
USDZフォーマットのテストファイルが「AR Quick Look Gallery」で公開されている。閲覧するにはiOS 12またはmacOS Mojave環境が必要だ。
ギターが目の前に登場
WWDCでは、WEBサイト内のUSDZファイルを選ぶと、現実世界にARとしてギターが現れ、実物に近い形で確かめられるというデモが紹介された。
さまざまな情報をサポート
USDZでは、リアリスティックなレンダリング、ARオンボード、ARスナップショットなど、さまざまな情報をサポートしている。