株式会社ユカイ工学
「ロボティクスで世の中をユカイにする」をテーマに設立され、ネットとリアルをつなぐさまざまなプロダクトを開発・製造・販売している。【URL】http://www.ux-xu.com/
既存のロボットに違和感
ロボット開発と聞いて人々がイメージするものは実にさまざまだ。自動車の製造などに用いられる産業用ロボットもあれば、自走式掃除機のような家庭向けロボット、ソフトバンクの「ペッパー(Pepper)」のような人間を模したヒューマノイド型のロボットなどもあり、いまやロボット業界は百花繚乱の時代を迎えている。政府も、製造業や医療・介護など人手不足の課題を解消する目的で、ロボットを新戦略の一環と据えているほどだ。
このような流れを受け、最先端の人工知能やマシン制御機構などハイテクの粋を集めたロボットが続々登場している現在。それとは一線を画すかのように、まるで昔のロボットおもちゃをイメージさせる開発で注目を集めているのがユカイ工学だ。
同社を率いる代表の青木俊介さんは、世界的に著名なモノづくりのスペシャリスト集団「チームラボ」を猪子寿之さんらと設立したメンバーの一員としても知られる。当時は東京大学在学中。まさにITを駆使した学生ベンチャーの先駆けといえる人物である。
そんな青木さんが、ロボット開発に本格的に興味を持つようになったのは、中学2年生の頃。SF映画「T2(ターミネーター2)」を観たのがきっかけだったという。
「ロボットそのものはもっと幼い頃から好きでした。当時はガンダムよりも“アラレちゃん(鳥山明原作『Dr・スランプ』登場のキャラクター)”にハマってましたね。その後T2を観て、そこに登場するダイソンという人物がアンドロイドの人工知能を開発するんですけど、それがとても格好よく見えて…。自分もいつかこういう仕事をしたいと思いました」
その後、人工知能の研究をするために東京大学工学部に進学。ロボット開発を念頭においてのことだったが、ちょうどその頃、90年代後半から2000年代初頭にかけての「ドットコムバブル」の波もあり、事業としてはソフトウェアビジネスを7年ほど展開した。
その間、1999年にソニーのペットロボットAIBO、2000年に本田技研工業の二足歩行ロボットASIMOが発表され、2005年の愛知万博(愛・地球博)ではロボットプロジェクトが実施されるなどロボットブームが到来。「いまビジネスとして取り組まなければ時代に取り残される」と感じて、2007年に鷺坂隆志さん(現CTO)とユカイ工学をLLC(合同会社)として設立し、少年時代からの憧れだったロボットの開発・製造に着手した。
「時代の大きな流れというのもありましたが、自分たちでロボットを開発する会社にしようと思ったのは、当時大企業が作るロボットに自分が欲しいものがなかったというのが大きな理由です。ホビーの分野では大企業のロボットとは異なるアプローチで、2005年頃から(近藤科学のKHRシリーズなど)市販組み立てロボットのブームがあり、二足歩行するロボット同士をバトルさせたりしていたのですが、それも何かちょっと違うと感じていました。僕がイメージしていたロボットは、ドラえもんのように友だちになれて、自分の部屋で一緒に生活できるような存在だったんです」
【PERSON】
ユカイ工学代表 青木俊介さん
1978年、神奈川県出身。2001年東京大学工学部在学中にチームラボ株式会社を設立。2007年12月にロボティクスベンチャー、ユカイ工学LLCを設立、2008年ピクシブ株式会社の取締役CTOに就任、2011年10月にユカイ工学を株式会社化、現在に至る。
「役に立つ」より「楽しい」
ソフトウェア開発の傍ら、ロボット製造に本格的に取り組み始めた青木さん。初期に作られたロボットの1つが鳥取県の水木しげる記念館で公開されたアトラクション用の「目玉おやじロボット」だ。iPhoneのARソフトと連動し、見えない場所に出現した妖怪の“妖気”を感じ取って、目玉の向きで妖怪の場所を教えてくれるというもの。当初は期間限定で公開されたが、その後IPA(情報処理推進機構)の2008年度上期未踏IT人材発掘・育成事業の支援を受けて製品化につながった。
「水木しげる作品の妖怪は、まさに僕のイメージするロボットの姿でした。僕たちの周りで見えない世界とのコミュニケーションを図るという考えは、その後のロボット開発の指針にもなっています」
2009年にはメールやツイッターと連動して通知情報を光のパターンや振動で知らせてくれる「ココナッチ」を自社オリジナルでデザイン・開発した。「女子高生でも使えるロボット」を目指して作られたココナッチは柔らかなシリコン素材で作られ、資格や聴覚、触覚を通じて現実の世界とインターネットのコミュニケーションをつなげる「ソーシャル・ロボット」のコンセプトをより明確に具現化した初の製品となり、IPAの支援も受け量産化が行われた。ロボットをコミュニケーションツールに用いるという発想は、大阪大学の石黒浩教授からのアドバイスの影響も大きかったという。
「ロボットを作るうえで重視しているのは、1つの個体に機能をいたずらに盛り込むのではなく、さまざまな種類のロボットがそれぞれの役割を連携して果たしてくれることです。だから、身の回りにたくさんいて楽しいと思えるロボットでなければならない。役に立つというより、毎日がユカイになるものを作るというのが僕たちのなすべき仕事だと考えています」
【PRODUCT】
スマートフォンアプリ「BOCCO」や積み木型のセンサと連携して、家族とメッセージのやりとりや留守番中の子どもの見守りをサポートしてくれるロボット。積み木型センサは標準で赤色の「振動センサ」が付属するが、玄関の鍵の開閉を知らせてくれる青色の「鍵センサ」も単体発売されている。最大8台まで連携可能で、今後「人感センサ」「温湿度センサ」の販売も予定する。DMM.make ROBOTや大手ECサイトのほか、蔦屋家電や渋谷ロフト、イオンスタイルなどの実店舗でも販売中。
家庭の中心にロボットを
新たなロボットを構想する際のポイントは、汎用性の高さよりその利用シーンを極力明確にすること。そのために青木さんは、作りたいロボットのキラーアプリを徹底的に追及しているという。
「2012年にはラズベリーパイ(Raspberry Pi)のようなリナックス(Linux)で動く数千円程度のシングルボードコンピュータが登場し、単体でインターネットや各種センサにつながるロボットが作れるようになりました。そのとき、何が一番“刺さる”アプリなのかを考え抜いたんです」
そして、これまでのソーシャル・ロボット開発のコンセプトの集大成として、2014年のCEATEC JAPANで発表したのが「ボッコ(BOCCO)」である。
ボッコは、親が帰宅するまで自宅で留守番をする小学校低学年の「鍵っ子」のために開発されたロボットだ。センサの反応に応じて子どもが帰宅したことを親のスマートフォンに知らせたり、親が子ども宛に送った音声メッセージを読み上げたりといったことができる。また、複数台のスマートフォンと連携できるので、ボッコを介した会話を家族皆でシェアすることも可能。ボッコは、ホームコミュニケーションを楽しく円滑にするロボットともいえる。
ボッコ本体は、振動センサの情報取得やネットワーク接続をする程度のシンプルな構造で、音声を再生/停止するためのボタンは備えるが、カメラやディスプレイは搭載しない。また、外見はロボットだが歩行はせず、音声の読み上げに合わせて目を光らせたり首を振ったりするだけと動きも最小限。しかし、ソフトウェア面では高度な技術が投入されており、子どもがボッコに話しかけたり、親がボッコのスマートフォンアプリに吹き込んだりした音声は、「こえ文字メール」として自動でテキストに変換され、外出中でもすぐに確認できるようになっている。
「iPhoneが電話の再発明なら、ボッコは留守番電話の再発明といえるかもしれません。ネーミングは、子どもを表す東北・秋田の方言に由来しています。子どもの姿をした守り神“座敷童”のように、そこにいるだけで家族に幸せを呼ぶ存在であってほしいという願いが込められています」
人々が「ロボット」と聞いて思い浮かべるイメージそのものをデフォルメしたような、ユニークな外観にも青木さんの考えが反映されている。
「機能的には単なる箱でもいいのですが、パッと見た感じロボットとしての形をしていることが重要です。子どもが絵に描きやすいものをデザイナーに作ってもらいました。実際うちの子どもはボッコを主人公にした絵本を作ってくれています(笑)」
子どもが話しかけたいと思えるような愛着のわく存在となるよう意識した、という青木さん。ロボットが、スマートフォン中心のコミュニケーションのあり方を見つめ直し、家族の絆を深めるきっかけになればと期待する。
ボッコは2015年7月よりネットショップやセレクトショップを中心に2万9800円(税別)という価格で販売が開始された。
「ハードウェア的にもっと高度な機能を積むと、価格の上昇など別の問題が生じます。できるだけ価格を抑えたかったので、機能は最小限に絞り、バッテリは搭載せず本体の電源は有線にしました」
多くの子育て家庭での普及を目指してスタートしたボッコだが、すでにさらなる機能強化への布石が打たれている。
まずはボッコと連動する積み木型センサのバリエーション追加だ。現在はドアの開閉などを知らせる振動センサが付属するほか、鍵センサも単体発売されているが、今後は人感センサや温湿度センサの追加販売が予定されている。
また、ボッコのホームコントロールや見守り機能を実現するためのAPIをベータ公開し、好きな情報をボッコに喋らせたり、各種センサ情報のハブとして利用する実験が進んでいる。たとえば、独居高齢者の健康状態をセンサから取得して記録する、電気使用量などの通知、天気予報をWEBから取得して喋らせる、話しかける子どもの声の強弱や抑揚などから心の状態を分析して通知するなどの実験が実施されている。
さらに、Wi-Fiの設置や設定が難しい環境のために、通信キャリアのSIMカードを搭載した新モデルの開発も着々と進行中だ。さらにアップルのホームキット(HomeKit)の動きも注視しており、ボッコをSiriによる音声認識と連動して操作できるようになるかもしれないと期待をにじませる。
将来的にボッコを家庭内のIoTデバイスやサービスのプラットフォームにしたいという青木さんの挑戦は、まだまだ続くだろう。
企画書よりもモノが先
現在ユカイ工学の社員は20名、そのうち7割がハードウェア系・ソフトウェア系のエンジニアで、4名のプロダクトデザイナーのほかバックエンド業務2名、学生のアシスタントが1名というスタッフ構成となっている。
スタッフ採用の際にはメーカーでの実務経験なども考慮するが、普段から「ロボットを作りたい」という志を持ち自分の手でモノづくりの成果を発信している人を高く評価しているという。
「ロボコン出場者やメーカー・フェアに出展した人、チームで成果を出したことがある人などがわかりやすいですね。入社したあともスタッフには、企画書を書く前に実際に“動くモノ”を持ってきてほしいとよく言っています」
オフィス内には最新の3Dプリンタやコンピュータ制御の工作機器、電気回路製作などができる環境が整っていて、個人が思いついたアイデアをすぐに試作して形にできるようになっている。ロボティクスの可能性を追求したいエンジニアにとっては働きやすい環境といえそうだ。
「勤務時間や制度などは通常の会社と大きく変わりません。というのも、ロボットづくりは試作こそ少人数で行うものの、量産化や販売まで含めて考えると顔を突き合わせて働かないとスムースにいきませんから。その意味では、ベンチャー企業といっても僕たちは“モノづくり”をする製造業なのだと思います」