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動き始めた「トランプ政権」Appleが進むべき道は?

著者: 山下洋一

動き始めた「トランプ政権」Appleが進むべき道は?

いよいよトランプ政権が誕生する。バラク・オバマ氏とは対照的に、テクノロジーへの関心が薄いとされ、選挙活動中は大手IT企業を公然と批判してきたドナルド・トランプ氏。「FBIに協力せよ」「米国で生産せよ」と名指しの口撃を受けてきたアップルは、トランプ政権の下でも成長を継続できるのか、それとも戦略を修正すべきなのか。

オバマ政権から政策転換

オバマ政権の8年間は、シリコンバレーとワシントンにとって蜜月の時代だったと言える。グーグルの元幹部ミーガン・スミス氏を米国政府のCTO(最高技術責任者)に抜擢するなど、バラク・オバマ氏はIT産業の人材登用に熱心だった。自身も度々シリコンバレーを訪れている。移民改革、ネットの中立性など、シリコンバレーが改善を訴えた問題にも理解があり、IT産業は発展的な前進を遂げることができた。

そのオバマ氏から政権を引き継ぐドナルド・トランプ氏は、対照的にテクノロジー産業への関心が薄いと言われている。選挙期間中には勝利を望めないシリコンバレーを訪問せず、保守回帰、格差と貧困の問題をアピールできる地域において大手テクノロジー企業に対する攻撃的な言動を繰り返した。そんなトランプ氏を支持するテクノロジー産業関係者は皆無に等しく、歴史的な番狂わせが起こった結果、シリコンバレーはこれまでになく乏しい結びつきのまま新政権を迎えることになった。

あくまで選挙は選挙であって、政権運営ではIT政策に力を注いでいく可能性もある。だが、これまでのところトランプ氏は継承ではなく、政権交代による変化を強く打ち出している。オバマ政権の成果に批判的な人物を政権の要職に就ける人事が目立つ。テクノロジー産業にとっては厳しい状況と言わざるを得ない。中でもアップルはグローバル化を進めるテクノロジー企業の代表として、選挙活動中に名指しで口撃を受けており、アップルが変われば産業全体が変わるとばかりに今後も圧力を受ける可能性がある。

今後を占う法人税改革

選挙戦におけるトランプ氏の公約とテクノロジー産業の間で焦点となっているのは4つ。

まず「プライバシー問題」。iPhoneにバックドアを設けるように求めたFBIとアップルが対立した際、トランプ氏はアップル製品のボイコットを呼びかけた。個人のプライバシー保護は国家の安全保障の下に成り立つべきという姿勢だ。

そして「移民受け入れ問題」。メキシコとの国境に壁を立てると述べた不法移民の排斥はよく知られているが、移民受け入れを減らし、米国人の仕事を創出する方針の影響は合法移民にも及ぶ。移民にチャンスを与え、またグローバル規模で優秀な人材の交流を進めるシリコンバレー企業にとっては痛手になる。

3つ目は「法人税問題」。連邦と州で約40%にもなる高い法人税を15%に引き下げ、また企業が現在国外に寝かせてある余剰資金を10%の税金で国内に持ち込めるようにすると約束した。米国企業が国外に保持している資産の合計は2兆ドルとも言われている。アップルのように、重い法人税が見直されたら海外留保利益を米国に戻す考えを口にしていた企業は改革を歓迎するだろう。ただし、そうした米国内に環流する利益を国内で有効に投資する戦略が伴ってこそ効果がある。

そこで問題になるのが「米製造業の復興」だ。トランプ氏は製造業の雇用を国内に取り戻すと約束している。当選後にティム・クック氏と電話会談した際に、iPhoneを米国で製造するように求めた。

iPhoneとサムスンの端末のユーザだったトランプ氏は、アップルがFBIと対立した際に「テロリストの情報をFBIに提供しなければ、それを行うまでサムスンだけを使用する」と宣言、その後はサムスン端末を使い続けている。政策と矛盾しようと構わないようだ。【URL】https://twitter.com/realDonaldTrump/status/700795170023825408

iPhoneの米国生産

1960年にGDP(国内総生産)の27%を占めていた米国の製造業は12%前後にまで落ち込んでいる。iPhoneは錆びついた工場を再稼働させたら生産できるというようなものではない。年間販売台数は2億台以上である。それだけの量を精密に生産できるだけの大規模な製造施設、豊富な製造業従事者と育成システム、優れた現場レベルの管理者、そしてサプライチェーンのネットワークはアジアに揃っている。長年失われた時代を過ごしてきた米国の製造業に代わりを務めろと言っても土台無理な話である。

ただし、米国の製造業の復興はアップルがすでに取り組んでいる課題であり、同社は米国において先進的な製造技術に投資し、2つの施設でMacプロを組み立てている。時間をかけて、そしてテスラ(Tesla)のバッテリ製造施設やGE(General Electric)のインダストリアルインターネットのように、今ではなく将来を見据えた取り組みを進めていけば、やがて米国の製造業が再び存在感を示せるようになるだろう。まずは税制改革を実現し、テクノロジー企業が米国に持ち帰った利益を再投資する環境を整えることだ。そんな建設的な改革が行われれば、トランプ政権下でも米国のハイテク産業が成長できる希望はある。

一方でまったく逆の未来も予測できる。時代遅れになったラストベルト(錆びついた工業地帯)の復興にこだわり、中国など米国外で製造された製品に高い関税をかければ、アジアとの貿易摩擦が起こる。特に中国との対立が強まると、世界的な経済減速の引き金になりかねない。

トランプ氏が選挙戦中に弄したレトリックをそのまま実行に移すとは、常識的には考えられない。だが、何をやるのかわからないのがトランプ氏だ。共和党の指名を受けて大統領選候補になったときは現実路線・中道路線にシフトすると思われた。ところが、彼は陣営の最高責任者に過激な選挙職人として知られるスティーブン・バノン氏を起用した。予想外の出来事が起こる――そんな不安がIT産業に広がっている。

問題はトランプ政権に非ず

クック氏は、選挙結果が判明した翌日、社員に「ともに前に進むことでしか前進できない」という趣旨のメッセージを送った。これはシンプルだが、実にアップルらしいメッセージだったと言える。

オバマ政権下でシリコンバレーは繁栄したが、その急速な成長によってシリコンバレーにも歪みが生じていた。選挙期間中、シリコンバレーではトランプ支持を口にできないような空気があった。唯一トランプ支持を表明していたピーター・ティール氏(ペイパル創業者の1人)は、バッシングと呼べるような非難を浴びた。同氏が取締役を務めるフェイスブックも批判され、その際にCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は「国の半分を除外して多様性を掲げることはできない」と述べた。

そもそもシリコンバレーは「ブレイクスルー(進歩・前進)」という言葉がよく使われるような土地柄ではなかった。Macintoshが登場した1984年、WEB2.0が始まった2000年代中頃、iPhoneが登場した2007年は、すべて共和党政権の保守的な空気の時代だ。困難なときにじっとしていても解決策は見えてこない。右も左もわからない、出口も見えない泥沼のような状況でも、がむしゃらにもがき続ける「マドルスルー」こそ、シリコンバレーの精神だ。前に進むことでしか前進できないというクック氏の言葉は、まさにマドルスルーである。

「未知数」や「不確実」という言葉で言い表されるほど、2017年は不透明な年だが、問題の本質はトランプ政権にあるのではない。世界中を驚かせたトランプ大統領を誕生させたのは、グローバル経済の流れから取り残された人々の不満である。それもまた、アップルを始めとするシリコンバレー企業が変えていかなければならない社会の不満だ。そこに大きな問題があるなら、傍観者にならずに、泥沼に飛び込んでもがき続けてこそ解決策にたどりつける。

今回の選挙でトランプ氏が獲得したオハイオ、ペンシルバニア、ミシガンなどの激戦州は、かつて鉄鋼や自動車などを中心とする製造業で栄えていた地域だが、彼らは保守一辺倒ではない。前回の選挙では「チェンジ」を掲げたオバマ氏に投票していた彼らが、何を求めているかは明らかだ。アップルらしく、より良い社会を目指し続けることが、結果的に最良のトランプ対策になる。

IT政策が定まらないトランプ政権。まずはテクノロジー産業との関係修復から動き始めた。12月14日にトランプタワーで、ティム・クック氏やグーグルのラリー・ペイジ氏などテクノロジー産業のリーダーとの会談が実現した。それとは別にビル・ゲイツ氏が電話で会談し「税制改革や規制緩和などを実行できるなら、JFケネディのようなリーダーシップを発揮できる」とコメントした。【URL】https://twitter.com/mike_pence/status/809149413788622848