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ジェットスターが叶えるオーダーメイドの空の旅

著者: 牧野武文

ジェットスターが叶えるオーダーメイドの空の旅

効率化と満足度が重なるところ

アジア太平洋地域で最大級の路線網を構築しているLCC(ローコストキャリア=格安航空会社)のジェットスターグループ。同グループには、オーストラリアのメルボルンに本社があるジェットスター航空、ジェットスター・アジア(シンガポール)、ジェットスター・パシフィック(ベトナム)、ジェットスター・ジャパン(日本)がある。日本では、成田空港、関西空港を拠点に、国際線と国内線を展開している。就航当初は業績不振に苦しんだものの、ジェットスター・ジャパンは2016年6月期の決算で、初めて単年度黒字を達成。現在、ビジネスは軌道に乗り始めている。その1つの要因として挙げられるのが、徹底したITの活用だ。業務を効率化してコストダウンを図りながら、同時に顧客満足度を上げる賢い工夫をしている。

たとえば、搭乗券の発行がそうだ。現在、どのような航空会社でもフライトをWEBで販売するのは当たり前になっている。パソコンやスマートフォンから購入できることで搭乗客は便利になったが、購入後の利便性はそこまで高まっていなかった。なぜなら、まず、パソコンやスマートフォンでチェックインを行い、旅程表を電子メールで受信する。旅程表を印刷し、搭乗当日に空港チェックインカウンターに持ち込むか、自動チェックイン機を利用するという一連の作業が一般的には必要だからだ。

こうした搭乗客の不便さを解決するために、ジェットスター・ジャパン(以下、ジェットスター)は今年3月から、「モバイルアプリ版モバイル搭乗券」を導入した。ジェットスター公式の専用アプリをリリースし、ここからフライトの検索・購入、そして購入後はアプリからチェックインが行え、[搭乗券を表示]というボタンをタップするとモバイル搭乗券がアプリ内に表示される。よって、あとは預入荷物がなければカウンターに立ち寄ることなく、直接保安検査を受けて、搭乗ゲートに向かえばいい。フライトの購入から搭乗までが1つのアプリで完結するため、搭乗客の利便性は大きく向上した。

また、この施策によって、ジェットスター側の業務効率も大きく改善された。以前はカウンターに寄らずに搭乗口に直行する搭乗客は全体の22%だったが、アプリ導入後は25%にまで上昇した。

「わずか3ポイントの差と思われるかもしれませんが、たとえば、ひと月の成田空港の利用者数は8万人から9万人です。3%、つまり約2500人程度のお客様がカウンターに寄らなくなるわけですから、カウンター業務の軽減という意味では決して小さくない数字です」(ジェットスターグループ ディストリビューション・吉田チャーリー慎之介氏)

ジェットスターはアジア太平洋地域に国際線網、国内線網を持つ。日本では成田、関西、中部をハブとして、地方空港から海外へ、海外から日本の各地へと移動する搭乗客によく利用されている。ジェットスター・ジャパン【URL】http://www.jetstar.com/jp/ja/home

ジェットスターのスタッフ、クルーの皆さん。左から、田鍋英恵氏(ジャットスター・ジャパン、旅客サービスマネージャー)、吉田チャーリー慎之介氏(ジェットスターグループ、ディストリビューション)、宗次昭友氏(ジェットスター・ジャパン、カスタマーエクスペリエンスマネージャー)。

アプリのリリースからまだ半年しか経っていないため認知率はこれから高まっていくこと(現在のアプリダウンロード数はiOSが37万強、アンドロイド11万強)、国際線でも今後対応することを考えると、ゲート直行率はますます上がっていくだろう。それによってカウンター業務にかける人的リソースはいっそう軽減できることになり、同時に荷物の預入などでカウンターを使わなければならない搭乗客にとっても長い行列が解消されて、待ち時間が短くなるというメリットが生まれる。

さらに、この混雑緩和によって定時運航率も上がっているという。カウンターの混雑によって搭乗時刻に間に合わない搭乗客が出た場合は、航空会社の責任で出発時刻を遅らせなければならない。しかし、LCCは空港滞在時間を圧縮し、大手航空会社なら一機の機体が4往復するところを6往復させて、一運航あたりのコストを下げる努力をしている。そのため、定時運航が崩れることはきわめて大きな経営上の打撃になるのだ。

このように、ジェットスターのIT利用の発想は、業務効率化と搭乗客の利便性、快適性の向上が同時に行えるところにフォーカスしている点に特徴がある。

ジェットスターアプリ内のモバイル搭乗券。アプリ内で搭乗券の購入、チェックインをすることができ、預入荷物がなければカウンターに寄らずに、搭乗口にそのまま向かえる。今後は、国際線にも対応していくという。

以前の搭乗口ではスタンド型改札機を使っていた。かなりの重量があり、ゲートを移動させるときは、1人では難しいほど。スキャンの読み取り失敗による時間ロスもあった。現在は、旧機種となったiPhone 5を利用したハンディスキャナであるジェイボードに変更。搭乗情報は、瞬時にクラウド基幹システムにアップロードされる。

カウンター業務もiPadの中に

ジェットスターでは、さらに従業員のオペレーションにも、ITをフル活用している。地上スタッフ用に10台のiPadを配備し、「マックス・エアポート(Max Airport)」というアプリを利用している。これはLEVARTI社が航空会社向けに開発した業務用アプリを自社用にカスタマイズしたもの。便の検索やチェックイン、座席の指定や変更、手荷物の追加、搭乗便の振替など、ほぼすべてのカウンター業務が可能な機能が詰まっている。

現在主に利用しているのは、搭乗ゲートでの追加手荷物料の請求の際だ。ジェットスターでは、機内持ち込み手荷物は7キロまでが無料だが、それ以上になると料金が発生する。搭乗ゲートまで来てから、実は手荷物が既定の重量を超えていたということがたびたびある。その場合に、追加の手荷物の処理をiPad上のマックス・エアポートで行うのだ。また、気象条件などにより欠航、到着地変更などが生じた場合、搭乗客に振替便を案内しなければならない。そのような作業も行えるようになっている。幸いにもまだそのような事態になったことはないが、悪天候で欠航便が出たときにはカウンターは大混雑し、搭乗客は混乱することになる。そのような場合にも、iPadとマックス・エアポートがあれば臨時カウンターとして搭乗客の対応に当たることができる。

「カウンターでは現在、ウィンドウズPCを利用して業務を行っていますが、将来的にはすべての搭乗手続き業務をiPadのみで行えないか検討しています」(吉田氏)。もしそれが可能になれば、カウンターそのものも不要になるかもしれない。カウンターの行列に並ぶのではなく、搭乗客はベンチに座ったままで、iPadを持ったスタッフがやって来て、チェックイン処理や荷物の預入処理を行う。そうした顧客本位のサービス態勢も見えてくる。

地上スタッフのiPadに入っているマックス・エアポート。現在は、搭乗口で受託手荷物の追加の処理と追加料金の請求に使われている。また、車椅子が必要などの情報も入力でき、キャビンクルーのiPadに自動的に伝えられる。カウンター業務に必要な機能はすべて入っており、欠航などの非常時には臨時カウンター業務をすることもできる。

地上スタッフと客室乗務員が協力

搭乗口に設置してある搭乗券スキャナにも、iPhoneを利用した工夫が見られる。以前は、自動販売機のようなスタンド型改札機を利用していた。

「搭乗券改札機はゲートに設置してあるのではなく、必要なゲートへと移動させて使っています。スタンド型の改札機は非常に重かったので、この移動に2人は必要でした」(吉田氏)

しかも、専用端末なので価格も高い。これをiPhone 5を用いたハンディタイプの搭乗券スキャナ「ジェイボード(J Board)」へと替えた。これを紙の搭乗券やスマートフォンに表示したモバイル搭乗券のQRコードにかざすだけで、搭乗処理が行える。

狙いは、機器導入のコストを下げることと、搭乗処理のオペレーション効率を上げることだが、搭乗者の利便性を上げることにもつながっている。スタンド型改札機の場合はスキャナの精度が必ずしも高くはなく、2度、3度かざし直さなければならないこともあったという。また、スキャナはスタンド型改札機に結びついているため係員の行動範囲は限られていた。イレギュラー運航が発生した際に、改札手続きのためにお客様に並んでいただく必要もありストレスを感じさていたことも少なからずあったそうだ。一方で、ジェイボードならば、搭乗客は搭乗券をスタッフに見せるだけでいい。しかも、赤外線スキャナに加え、iPhoneのカメラもスキャナとして使用できる。

一般的な航空会社では、搭乗業務に複数のスタッフが対応している。搭乗口では、搭乗便のアナウンスと搭乗処理の2つを主に行わなければならない。しかし、ジェットスターでは国内線の場合、それを基本1人で行っているという。

「航空機の中のキャビンクルー1人が、受け入れ準備が終わると搭乗口まで出てきて搭乗業務を手伝います。以前のスタンド型改札機のときは、この態勢で搭乗業務を行うのは、スタッフの負担が大きかったのですが、ジェイボードになって、搭乗準備から搭乗開始まで、1人+キャビンクルー1人の態勢で十分に行えるようになりました」(旅客サービスマネージャー・田鍋英恵氏)

パイロットにもiPadエアが配布され、「ジェットロード(JetLoad)」というアプリが使われている。パイロットは飛行前に機体の重量バランスを計算しなければならないため、乗客の数や搭載物の重量、搭載位置などを考慮して重心位置を計算する必要がある。その計算を自動的に行ってくれるのがジェットロードだ。重心位置は飛行中刻々と変化しているが、航空機メーカーがあらかじめ定めている範囲内に収まっていれば飛行の安全に影響はない。ただし、パイロットは出発から到着まで機体重心がどのように変化するかをあらかじめ知ったうえで、航空機を操縦することが重要なのだという。このようなIT技術とパイロットの取組みが、安全運航と快適な飛行を支えている。

また、燃費向上にも寄与する。飛行機は高度を上げるほど、空気が薄くなり燃費は向上する。しかし、その高度に上がるまでに大量の燃料を消費する。機体の総重量がどのくらいであれば、どのぐらいの高度を飛ぶのが、もっとも安全で効率的な運航ができるか。それを判断するのもパイロットの技術のひとつなのだ。

連携で変わっていく空の旅

他のLCC同様に、ジェットスターも機内販売に力を入れている。キャビンクルーは、マニュアルなどがインストールされたiPadとは別に、「マックス・ポス(MAXPOS)」と呼ばれるiPadベースの機内販売用端末を使用する。マックス・ポスでは商品カタログの表示のほか、通貨計算、クレジットカードや現金での決済処理、e−領収書の発行などが可能となっている。機内販売では機内食のほか、さまざまなグッズも販売されている。季節により、さまざまなに販売商品が変わっていく。

「そのため、キャビンクルーがすべての商品知識を把握するのは大変なことでした。しかし、マックス・ポスでは商品カタログが自動的に書き換えられ、クルーはそれをタップするだけで決済処理まで行うことができます。また、領収書は電子化され、目的地に到着して電波が使える状況になると購入した搭乗客のメールアドレスに送られる仕組みになっています」(カスタマーエクスペリエンスマネージャー・宗次昭友氏)

一般的な機内販売というと、航空会社のグッズや免税品などが多く、利用した経験がある人はそうは多くないかもしれない。しかし、ジェットスターはここでも工夫をしている。ユニークなのは、成田着便の機内で、成田から東京駅までのリムジンバスのチケットを販売しているのだ。しかも、価格1000円のチケットを900円で販売している。これは搭乗者としては大いに助かる。特に、初めて日本にきた人には、大きな荷物を引きずりながら、空港から市内までのバスチケットの販売カウンターを探すのは大きな心理負担になるのだ。さらに進んで、到着後のレンタカーやタクシーチケット、オプショナルツアーなどの機内販売があれば有り難い。

「ジェットスターは、常にさまざまな企業の方との連携を模索しています。これまでの航空会社が行ってこなかった商品も扱えることで、より空の旅を楽しんでいただきたいと思っています」(宗次氏)

現在のリムジンバスチケットの販売方法は、運行会社の京成バスから一定枚数を仕入れて、機内販売をしている形だ。そのため数量限定であり、自由席のみなので、成田空港でいったんバスカウンターに寄って、乗車便の指定をしなければならない。

「理想を言えば、弊社のシステムとバス運行会社のシステムが連結をして、機内から空席情報を見れたり、座席指定ができたほうが、お客様の利便性は高まります。そういう環境が近い将来やってくると考えています」(宗次氏)

そこで、今は、基幹クラウドシステムのAPI開発に力を入れているという。さまざまな関連企業のシステムがAPIを持つようになれば、システムを連動させるときに、それぞれのAPI同士で通信を行うことで簡単に情報をやりとりできるからだ。そうなれば、機内でレンタカーやバス、タクシー、ツアー、レストランなど旅先で必要なものの予約と購入ができるようになる。機内の退屈な時間を、旅先での予定を立てる楽しい時間に変えることができるのだ。

ジェットスターにとって、機内販売は重要な収益源だという。食事、飲み物、ブランケット、ジェットスターブランドのさまざまな商品のほか、空港バスのチケットまで販売している。

キャビンクルーには、1人1台のiPadが配布されていて、機内マニュアルや客室スタッフ同士のSNS機能などが入っている。

マックス・ポスは、機内販売の際に使用され、購買POSやe-領収書発行などを行うことができる。

パイロットが使っているジェットロードで計算した重心位置の表示の一例。必要な情報を入力すると、航空機の重心をビジュアル表示してくれる。安全な運航には不可欠な情報だという。一般の航空会社では、地上にいる運航管理スタッフが計算してパイロットに情報を渡すが、ジェットスターではパイロットが自ら計算を行う。また、ジェットロードの計算結果は運航管理者も確認できる。

LCCではなくFCC

ジェットスターは、“サービスを簡素化することで、航空運賃を低価格する”LCC(格安航空会社)のひとつと呼ばれる。しかし、そうした呼び方には違和感を感じざるを得ない。ジェットスター自ら「格安航空」と名乗ったことはなく、メディアや世間がそう呼んでいるだけだからだ。

「もちろん、低運賃であることはとても重要です。1円でも安くして、多くの方に空の旅をもっと身近に感じていただきたい。でも、それだけはありません。一人一人に満足いただけるサービスを提供することも大切です」(吉田氏)

ジェットスターが目指しているのは、空の旅のオーダーメイドだ。たとえば、飛行時間2時間程度の韓国や台湾へ行くときに、機内食は必要だろうか? スマホやタブレットがあり、機内でも使える時代にiPadよりも小さく解像度の粗いシートモニタで映画を見る必要はあるのだろうか。

これまでの空の旅は、乗客によって必要なサービスが異なるとオペレーションが複雑になってしまうといった航空会社側の理由から、全員一律のサービスというのが基本だった。しかし、当然のことながら、どんなサービスを希望するかは人によって異なる。見方を変えれば、これまでの航空会社は、一人一人へ寄り添う接客はまだ行えていなかった。

ジェットスターはそれを実現するために、ITの力を活用する。ITによって効率化できる部分は徹底的に改善してコスト削減を図り、その分だけ多くの人に低運賃で乗ってもらう。そしてITの力によってオペレーションが複雑にならないような体制を整えながら、同時に搭乗客それぞれが望むサービスを幅広く届けようとする。サービスを求めない搭乗客にはコスト負担が少なく、手厚いサービスを求める搭乗客には見合ったコストを支払ってもらう。つまり、LCCではなくFCC(フェアコストキャリア=公正コスト航空会社)が、ジェットスターが目指している世界なのだ。

私たち消費者は、とてもわがままだ。1円でも安く、サービスは手厚くという矛盾したことを平気で口にする。ジェットスターは、その消費者の“わがまま”に果敢に挑戦している。それは空の接客業として本来のあるべき姿へ向かう正しい姿勢のように思えるし、それが実現して初めて価格以外の「破壊」が起こり、私たちにとっての空の旅が一変するのだろう。