日本独自の仕組みでスタート
日本国内でアップルペイがスタートするにあたり、フェリカ搭載というハード面だけでなく、アップルペイの仕組みも日本独自の仕様となるようです。「日本のアップルペイは、クレジットカードには直接対応せず、クイックペイ、iD経由で決済するという異例の方式です」と、fjコンサルティングの瀬田陽介氏は言います。
たとえば、JCBのクレジットカードをアップルペイに登録したとしましょう。すると、そこにはクイックペイの機能が付加されます(別途手続きが必要な可能性もあります)。iPhoneをかざすとクイックペイで決済され、その代金がJCBカードに請求されるという仕組みです。
なぜ、このような複雑な方式にしたのでしょうか。「アップルペイはNFCタイプ A/Bという規格を使って、加盟店の決済端末と通信します。しかし、日本で普及している決済端末は、このタイプA/Bとは別規格のフェリカに対応したものがほとんどなのです」。日本独自のフェリカにアップルペイを対応させるため、既存の電子マネーであるクイックペイやiDの仕組みを利用した、ということのようです。
このフェリカ対応は、決済端末の普及規模だけの問題ではありません。「フェリカ対応したことにより、カード会社がアップルペイに参加することを強力に促すことができました」。
カード会社にとって、アップルペイに参入するとき、アップルへの支払い手数料(米国では決済金額の0・15%)は重い負担となります。カード会社の主な収入源であるカード手数料は、現在3%台前半が相場になりつつあります。この手数料は、時代が下るにつれて圧縮されてきたもので、さらにそこからアップルに0・15%を支払うのは決して小さくない負担。これがアップルペイ参加への大きな障壁となっていたのです。
しかし、アップルはフェリカ対応により、この支払い手数料以上の魅力をカード業界に提供しました。それがクイックペイ、iDの利用です。おサイフケータイ用の電子決済手段として、フィーチャーフォン時代に一時代を築いたクイックペイ、iDですが、フェリカをベースにした電子マネーであったために、スマートフォンの時代になると市場が急速に縮小し、まさに風前の灯といえる苦しい状況にあったのです。実際、iPhoneやギャラクシーなどのグローバルデバイスは、日本独自のフェリカを搭載してきませんでした。
それがiPhoneのフェリカ対応により、息を吹き返すどころか、主役にさえなることができます。「アップルへ手数料を支払ってもメリットがある」と各社が判断したのではないかと瀬田氏は見ています。
日本でのアップルペイ決済の流れ
米国でのアップルペイ決済の流れ
米国と日本でのアップルペイ決済の流れ。米国の場合、カード番号そのものを利用せずに決済を行うため、ブランドから発行されるトークンを使用する。一方、日本での決済にはクイックペイ、iDのトークンを使うためブランドトークンは使用されない見込みだ。
後押ししたのはJR東日本
一方で、グローバル対応は棚上げされた形です。10月後半のスタートの段階では、日本のユーザが日本でアップルペイに登録をしても、海外に行った場合は決済に利用することができないと思われます。また、海外でアップルペイを登録をしているインバウンド客が、日本でアップルペイを使おうと思っても利用することができないものと見られています。ガラパゴス規格だったフェリカに対応したことにより、アップルペイも当面はガラパゴス状態でのスタートとなりそうです。
グローバル展開をするアップルが、なぜこのようなローカル対応の施策を打ったのでしょうか。「JR東日本の存在がなによりも大きかったと思います」。JR東日本のスイカは、フェリカを利用する交通カードですが、通勤ラッシュ時でも多くの乗客を改札を通すため反応速度が極めて速いという大きな特長があります。JR東日本は、この優位性のあるスイカを海外展開する戦略を立てているようです。
そのために、日本独自のフェリカ規格を「NFCタイプF」として国際標準規格として認めさせ、GSMアソシエーション(国際的な移動体通信業者の団体)にもスマートフォンにタイプF採用するという合意を取りつけました。それによると、2017年4月以降に発売されるスマートフォンにはタイプF(フェリカ)が搭載されることになりました。アップルはこの流れを先取りし、もしスイカが国際的に普及すれば、日本ローカル規格に対応したのではなく、グローバル規格を日本起点で先取りしたことになります。アップルは、やや異例なものの、スイカ対応もグローバル戦略の1つであると考えて、今回のフェリカ対応に踏み切ったのでしょう。
日本でも、現在は電子マネー決済にタイプF(フェリカ)を利用していますが、新しい決済端末はタイプA/B/Fの全対応のものになっているといいます。時間はかかるかもしれませんが、国内でも国外でもNFCタイプA/B/F全対応決済端末が主流になっていくでしょう。そうなれば、アップルペイも国や地域に関係なく、世界中で同じように使えるというアップルの理想とするグローバルサービスが実現できることになります。現在は、あくまでも過渡期、理想を達成するための現実解として考えているのかもしれません。
アップルペイの死角
しかし、アップルペイに死角がないわけではありません。今回の発表では、電子マネーの大手である「楽天エディ(Edy)」「ナナコ(nanaco)「ワオン(WAON)」は対応を表明していません。すでに大きな市場を確保している3社にとっては、アップルへの手数料を支払ってまで参入する価値があるのかを検討しているというのが常識的な見方です。
また、国際カードブランドのうち、VISAが対応を表明していません。VISAは以前、おサイフケータイ用に「ビザタッチ(Visa Touch)」という電子マネーを日本でのみ提供し、クイックペイ、iDと競っていました。しかし、おサイフケータイ市場が縮小するのを見て撤退を決定、すでに新規入会を停止しています。素早い決断が、結果的に裏目に出てしまった形です。
瀬田氏は「今後のVISAの動向に注目したい」と語ります。VISAの選択肢は2つ。1つはビザタッチ的な仕組みを復活させ、日本のアップルペイ市場に参入すること。もう1つはあくまでもグローバルサービスにこだわり、海外での対応にとどめ、日本でもNFCタイプA/B/Fの決済端末が普及してから海外と同じ方式で参入すること。
「タイプF(フェリカ)が海外進出をして国際的に普及するか、あるいはタイプFはあくまでも日本国内の規格にとどまるのか、それを見極めるうえでもVISAがどちらの方式で参入してくるか、とても興味があります」
2014年10月16日、VISAは米国のVISAカード保有者を対象にアップルペイへと対応することを発表済み。国内では対応を表明していませんが、カード本体がアップルペイに対応していればVISAロゴの付いたカードでも利用できます。たとえばVISAロゴの付いた三井住友カードはアップルペイで利用でき、実際の決済はiD経由で行われます。
fjコンサルティング株式会社 CEO・瀬田陽介氏
カードセキュリティの認証機関などの代表取締役を経て、カード業界のコンサルティングとして活躍。カードビジネスの現場から複雑な技術的解説まで、カードについてのすべてを包括的に語れる第一人者だ。