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Appleが初めて語った「AI(人工知能)」技術の1つだからアピールはしない

著者: 山下洋一

Appleが初めて語った「AI(人工知能)」技術の1つだからアピールはしない

AI開発の不利は克服済み

ITサービスやモバイルのユーザ体験を向上させる技術として注目されている人工知能(AI)。その開発にアップルはどのように取り組み、そして活用しているのか。これまでわずかな情報しか公にしてこなかった同社が初めて、AIについてジャーナリストのスティーブン・レビー氏に語った。

アップルのAI活用の歴史は長く、90年代にはすでに手書き認識で採用していたが、コンピュータの高速化で形になり始めたばかりの当時と違って、今日のAIは機械学習をこなしてすさまじいペースで成長している。そうした中、アップルはAI開発の競争で後れを取っていると指摘されている。学習に用いるデータの量が多いほどAIは賢くなるが、プライバシーを尊重するアップルがユーザから得られるデータ量は限られるからだ。だが、そうした問題はすでに解決済みであると明言する。

グーグルやフェイスブック、マイクロソフトのように検索サービスやSNSを使ってユーザの情報を収集しなくても、アップルにはソフトウェアとハードウェアの両方を提供しているという強みがある。たとえば、ユーザがよく連絡する人たちの情報をデバイスが把握していたら、タイピングに応じて連絡先を入力候補として提示できる。個人のデータをすべてクラウドに吸い上げなくても、個人情報を安全に保護管理するデバイスとの連動で、AIを活用した効果的なアシスタントが可能だ。

AIの学習には、アップルIDに紐付けることなく、ランダムな識別子でタグ付けして匿名化したデータを用いている。iOS 10からは、個人を特定することのない情報のクラウドソーシングを可能にする「ディファレンシャル・プライバシー」を用いて、より大規模に必要なデータを取得し始める。

インターネットソフトウエア&サービス担当のエディ・キュー氏、ソフトウェアエンジニアリング担当のクレイグ・フェデリギ氏、ワールドワイドマーケティング担当のフィル・シラーなど上級副社長に加え、Siri開発を率いるトム・グルーバー氏、Siriのスピーチ関連のチームの責任者であるアレックス・アセロ氏の5人がインタビューを受けた。【URL】https://backchannel.com

AIのコントロールが課題

デバイス内にも存在する「アップル・ブレイン」と呼ばれるAIは、Aプロセッサの高速化で実用性が増し、過去5年の間にアップルの製品やサービスでAIの採用が進んだ。

AIの活用では、その制御に関して内部で多くの議論が重ねられているという。AIは学習しながら加速度的に成長し、やがて自身でソリューションを見い出すようになる。しかし、ユーザに提供する体験を細部までしっかりとデザインするのがアップルの基本姿勢である。成長したAIがアップルの想定外の行動を取り始める可能性も考えられる。ただ、これまでのところAIの育成は順調に進んでいる。本格的にAIを取り入れ始めた頃はアップルのデザイナーが体験を細かく設計していたが、ユーザの振る舞いに関する大規模なデータセットを使った学習が進むにつれて、デザイナーが指定することなくデータからアップルが求める体験が得られるようになり始めた。

そうした不透明な要素はあるものの、今後アップルは積極的にAIの活用を拡大していく考えだ。AIは過去に不可能だったことを可能にしてくれる。たとえば、アップルペンシルの自然な書き心地である。画面に置いた手に反応しないようにするパームリジェクションにAIが用いられており、AIなしでは紙にペンで描くような自然な体験は実現できなかった。

Siriを筆頭に、無線ネットワークの切り替え、バッテリを長持ちさせる充電、アップルストアの詐欺検出など、ユーザが日々利用する製品やサービスにAIは用いられている。それにも関わらず、アップルがAIを特にアピールしないのは、AI作りが最終的な目的ではないからだ。AIは革新的な技術ではあるが、ユーザに最高の体験を提供するというアップルの目標を実現する技術の1つでしかない。その点ではタッチ操作や高精細なディスプレイなど、アップルの体験を構成する他の技術と変わらない。だから、アップル内にはAI開発のみを戦略的に進める専門部門は存在しない。すべてのチームが適切な体験を生み出せるように互いに技術を発展させ共有する体制を整えている。

アップル製品の中で特にAIが活用されているのがSiriである。音声認識、自然言語理解、命令の実行、レスポンスの4つで構成されており、レスポンスにも機械学習技術が採用されるiOS 10によって4つすべてにAIの効果が行き渡る。

機会学習のためにiPhone内に作られるダイナミックキャッシュのサイズは200MB程度。アプリの使用履歴、ニューラルネットワーク処理、スピーチモデル、自然言語イベントモデリングなどの小さなサイズのデータで、iPhone内において効果的にユーザをアシストする。

【News Eye】

スティーブン・レビー氏は、テクノロジー、インターネット、セキュリティやプライバシーなどを専門とするジャーナリスト。テクノロジー系の媒体で活躍、2011年に「In the Plex、グーグル ネット覇者の真実」がベストセラーになった。現在はBackchannelというMedium上のテクノロジー媒体の編集長を務める。