青天の霹靂とはまさにこのこと。東日本大震災から5年が過ぎ、この連載では違う話題に触れようと思っていた矢先に熊本地震が起こった。東日本大震災のときには、自分でも揺れを感じてしばらくMacに張り付いていたが、今回はミラノに出張中だった。しかも、インターネット接続がほとんどないに等しい状態。おまけに、ミラノ直後にはラスベガス、ニューヨークの出張が続いた。海外にいても「ヤフー!防災」のアプリが度重なる余震を知らせてくれるものの、それだけではうかがい知ることができず、ただただ日々の仕事を続けながら心配をするばかりだ。
21世紀の人類は科学技術を発展させ、宇宙の謎もかなり解明し、生物の遺伝子を自由に書き換え始め、自らをも脅かしそうな能力を持つ人工知能やロボットまでもつくろうとしている。しかし、いくら頭ばかり賢くなっても、地球の表層がほんのちょっと伸び縮みしただけでこれだけ翻弄される存在でしかないのも、また事実だ。
そして、たった5年前の東日本大震災の教訓を活かせず、ソーシャルメディアでのデマをはじめ、再び5年前と同じ過ちの多くを繰り返している。環太平洋地域での地震活動が活発化しているという話もあるようだが、この分だと近くまた災害に見舞われても、再び同じ過ちを繰り返すだけなのかもしれない(自分だって偉そうなことはいえない)。
我々はスマートフォンも、パソコンもまだ普及していなかった時代と比べると一日あたり千倍以上もの情報にさらされている。何かの経験で得た情報も、映像として、文字の記録として外部記憶には残すものの、それらの多くは自分の血肉になっているわけではなく、あとから再び検索して探すような、さながらトランクルームに預けたような状態の少し疎遠な情報として所有しているだけに過ぎない。
ここ十数年の我々は、この情報がいっぱいのトランクルームを増やすことばかりに精を出し、その情報を活かす「自分」の鍛錬はそれほど行ってこなかった。我々を取り囲むさまざまなデジタルテクノロジーやサービスも、我々自身の一次的な能力を伸ばすことにはあまり役立ってこなかった。
もしかしたら、そうした役割を担うのはデジタルテクノロジーではなく、より身体に近い製薬技術なのかもしれない。
実際、最近急速に「スマートドラッグ」が注目を集め始めている。認知能力や記憶力などの脳機能を向上させたり、注意力や論理的思考能力にも影響する神経伝達物質を調整したり、まさに人間そのものを「スマート」にする薬だ。日本ではまだほとんどが認可されていないが、これが人類が進むべき正しい進歩の道なのか、と考えると疑問も浮かぶ。
こうした薬を使って、あるいは再生医療やDNA操作の技術、あるいは身体の一部の機械化などで改造した自分は本当に自分自身なのだろうか。現実味を帯びてきた今、これは我々に突きつけられた大きな課題だ。とはいえ、人類の能力を超えた人工知能にもつながるデジタルの外部能力ばかりが肥大化していくこともアンバランスだ。人類はどこに進んでいけばいいのだろう。
こういうことを考えると、我々は何かとんでもない時代に足を踏み入れつつある印象すらしてくるが、バイオアーティストの友人、福原志保からジョー・デイビス氏のこんなステキな言葉を教わった。
「(バイオテクノロジーには)たくさんの悪夢が潜んでいるが、いずれ、どんな夢も現実になる。それならば誰かがいい夢を見ていかなければならない」
我々はステキな体験をたくさんして、これから先の人類のためにステキな夢を見なければならない。今回の地震で被災した方々も、苦しいときが過ぎて、早く再びステキな夢がみられるようになることを祈っている。
Nobuyuki Hayashi
aka Nobi/IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタント。語学好き。最新の技術が我々の生活や仕事、社会をどう変えつつあるのかについて取材、執筆、講演している。主な著書に『iPhoneショック』『iPadショック』ほか多数。