クラウドベースのワークフロー
病院を訪れる患者は受付や診察、リハビリ、会計といった一連の行動を行う。これらのフローを俯瞰して効率化するために、千葉県船橋市にある習志野台整形外科内科ではさまざまなテクノロジーを導入している。
まずは受付の仕組みから見ていこう。患者の診察券はNFCに対応しており、自動受付機でこれを読み取ることで、受付が完了する。受付情報は院内のサーバにアップロードされ、待合室にあるディスプレイの待機人数とリンクする。医師・スタッフは常にiOSデバイスを携帯しており、WEBブラウザからサーバを確認すれば、今誰が待合室にいて、どのような処置を待っているのかを確認することができる。
患者を診察したり、リハビリ処置を行ったりする際には、医師やスタッフが手持ちのiPadやiPodタッチのブラウザでWEBサーバにアクセスし、患者に対して「診察済み」「リハビリ処置中」などのフラグを立てる。このフラグを変更することで、待機人数を最新の状態に更新し、フローを円滑に進めていく。
習志野台整形外科内科では以前から問診票にiPadを活用しており、もともと院内では多くのiPadが使われていた。汎用性の高いブラウザベースのシステムを作ることで、既存のiPadやコンピュータから受付情報に簡単にアクセスできるようになった。最近では、持ち歩きに便利なiPadミニやiPodタッチの稼働率が高くなっている。
また、患者の待機人数はWEBで一般にも公開されているため、患者は来院前に混雑状況をチェックしたり、受付後にいったん外出して、スマホで待ち時間を確認して時間を潰すこともできるわけだ。
診察券はNFCとQRコード
受付機では医院の発行する診察券のほかにも、さまざまなNFC対応製品を読み取り可能で、たとえば、SuicaやWAONといった電子マネー系のICカードも診察券として使用できる。普段からこうしたカードを持ち歩いている患者にとっては、診察券を忘れる心配がなくなるので非常に便利だ。同院では電子マネーでの決済が可能なので、ICカードだけで受付から支払いまで済ませてしまう患者もいるという。
また、最近の活動量計にはパソコンなどに簡単にデータを転送できるように、NFCを内蔵したモデルがある。活動量計に内蔵されているNFCも同様の使い方が可能で、同院の受付機は、活動量計内のNFCの情報を読み取って患者を認証できる。活動量計を診察券にしている場合は、受付と同時に活動量計内の歩数データもサーバにアップロードされ、電子カルテに反映される。活動量計1つで日常の運動記録、診察券、記録の報告という3役を兼ねていることになる。
ただ、患者の中には活動量計による運動管理が不要な人もいるし、SuicaやWAONを持っていない人もいる。そういった患者にも手軽に診察券を扱えるように、病院の受付機をNFCに加えてQRコードの読み取りに対応させた。
何でも診察券になる
QRコードはパソコンから簡単に印刷でき、低コストで発行可能なだけでなく、プリントしたコードを貼り付ければ、何でも診察券にできるというメリットがある。たとえば同院では患者のお薬手帳や血圧手帳にQRコードを貼って、診察券として使えるようにしている。
お薬手帳に限らず、治療や診察に必要なものや、患者が普段持ち歩くものを何でも診察券にできる。現在、約半分近くの患者が各種NFCデバイスやQRコードを貼ったお薬手帳を診察券として使っているそうだ。NFC対応の活動量計を使っている人は40人ほどだ。
患者に合わせてさまざまな物が診察券として機能するこのシステム。なかでもNFC内蔵の活動量計には、医療機関が患者の日頃の運動状況を容易に把握できるという大きなメリットがある。習志野台整形外科内科の宮川一郎院長は、次のように語る。
「一般的な仕事では、プランを立てて実行し、効果を分析して改善していくというPDCAサイクルを回すでしょう。しかし医療の場合には、我々が立てたプランを患者さんがどのように実行しているのかを確認することができません。病院の診察では、その瞬間の身体の情報を見ているに過ぎないので、それが前回の診療時に立てたプランの実行結果なのかどうか、わからないことが多いのです。今までは患者さんが普段どうしているのかを知る方法が、問診以外にありませんでした。そこで、何かせめて1つだけでもわからないかな、と考えたのが活動量計です」
活動量計のデータだけでも、歩数と血圧の関係やメンタルヘルスとの相関関係など、医師が得られる情報は少なくないという。患者に対しても実測データのグラフを見せながら具体的なアドバイスが行える。もっと歩くように、というだけでなく、たとえば心疾患を抱えているような人には、歩数を減らすように勧めることもある。
「今後、医療はもう少し患者の日常生活にも踏み込んでいく必要があると思っています。医師の立てたプランを患者さんがきちんと実行できているのか、日頃の生活に対するアドバイスがどれだけ的確にできるのかが、1つのテーマになるでしょう。ウェアラブルデバイスが普及して、体の状態をより簡単に記録できれば、血圧、睡眠などの情報も取れるようになります」
多くの患者にITの恩恵を
宮川院長はNFCデバイスに着目した理由について「今までITを利用できなかった人にも、ITの恩恵を受けられるようにしたかった」と語る。同院は、いち早くiPadによる電子問診票を開発・運用するなど、IT活用に積極的に取り組んできた。タブレットやスマートフォンはIT利用のハードルを大きく下げたが、それでも一定の層は自ら使いこなすところまではいかないという。
「スマートフォンやタブレットでも、やはり最低限の操作は覚える必要があります。音声入力の場合も〝これから音声で入力する〟ための操作が要りますし、話す言葉も機械に合わせる必要があります。ITを使える層と使えない層には明確な線があって、使える層の人が便利になる機能は、使えない人たちを押し上げるものにはなりにくいのです」
たとえば患者にiPhoneで歩数を計測するよう促し、それを直接クラウドにアップロードしてもらう、というような方法も考えられる。しかし、それではiPhoneを使いこなせる一部の人しか恩恵を受けられない。
「自動改札を見てもわかるように、NFCでリーダにタッチする操作なら、本当に誰にでも使えます。また、患者さん本人の操作で歩数の情報を渡す点もわかりやすい。患者さんの知らないうちに全部クラウドでつながっているよりも、自分でタッチしてデータを渡す形のほうが、今は理解されやすいと思います」
さまざまなIT活用に取り組んでいる宮川氏だが、「ITで医療を変えたいわけではない」という。
「ITを使ったからといって医療の方針が変わるわけではありません。医療の一部をちょっと便利にしていこう、というだけです」
こうしたスタンスが、地に足のついたシステム開発につながっているようだ。
習志野整形外科内科では診察のほか、ウォーターベッドなどを使ったリハビリ診療も行っている。2012年からiPadを使った問診票をいち早く導入するなど、テクノロジーを用いた効率化、診療体験の改善にも取り組んでいる。
サーバに転送された患者のリストは、スタッフがiPadやiPodタッチからチェックしている。診察やリハビリなどを行うときには、スタッフが患者のフラグを更新する。待合室のディスプレイに表示される待機人数もこの情報をもとに更新され、この人数は患者が病院の外からチェックすることもできる。
【NFC】
近距離無線通信技術(Near Field Communicationの略)。EdyやSuicaなどに使われている「フェリカ(Felica)」の上位互換規格。リーダにかざすだけで簡単にデータのやり取りが可能なので、さまざまな機器で採用されている。
【活動量計】
歩数を数えることに特化しているのが歩数計、歩く以外の動作も計測するのが活動量計。最近はコンパクトで高性能な活動量計が増え、コンピュータやスマートフォンでデータを記録できるなど、格段に便利になった。iPhoneも標準のヘルスケアアプリなどで歩数やさまざまな活動の計測が可能だ。