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自主性と実社会で生きていく力を養う協働学習

著者: 牧野武文

自主性と実社会で生きていく力を養う協働学習

東京学芸大学附属世田谷小学校(http://www.setagaya-es.u-gakugei.ac.jp/)の河野広和教諭のクラスでは、2014年1月からiPadを13台導入。5月から本格的な活用を始めた。世田谷小学校ではiPadを使った授業を河野教諭を中心として試行しているが、他の先生は別の方法で、それぞれ教育のベストデザインを模索している。藤田留三丸副校長によると、どのような方法論を採用するかは、各教諭の自主性に任せる教師文化なのだという。

手書きがクラスに伝わる

メタモジ(MetaMoJi)は、東京都港区に本社を置くソフトウェア開発会社だ。株式会社ジャストシステムの創業者で「一太郎」の開発者でもある浮川和宣・初子夫妻が設立し、iOSにも対応した日本語手書き入力「マゼック(mazec)」をはじめとする、IT技術をベースとしたさまざまな革新的な表現手段やコミュニケーション手段を提案し続けている。

同社が2015年1月から提供開始する「メタモジ・シェア・フォー・クラスルーム(MetaMoJi Share for ClassRoom)」(以下、メタモジ・シェア)は、「書くこと」を大切にしたリアルタイム授業支援アプリだ。iPadなどのタブレット端末上で滑らかに手書きが行え、書いた内容をクラスルーム内で共有できる。手元のiPadで誰が何を書いているかがリアルタイムにわかるため協働学習に向いているほか、先生の手元で一人一人の進捗状況も確認できるため、個別学習にも威力を発揮する。1つの画面をクラスルーム全員で共有するだけでなく自由に共有グループを作成できる点や、なんらかの理由で授業に参加できない子がいてもインターネット越しに遠隔地からもリアルタイムで授業に参加できる点などからタブレットを導入した教育現場での活用が見込まれる。

2014年12月4日、そんな画期的なアプリとiPadを用いた公開授業が東京学芸大学附属世田谷小学校で開かれた。授業の内容は、「リサイクル新聞を各班でつくる」というもの。児童たちは実際の新聞を見てどのようにつくれば読者に内容が伝わりやすくなるかを考えたあと、クラス全員のiPadに配付された新聞のひな形を用い、各班4人が1つの画面を共有して同時編集しながら新聞を完成させていく。

メタモジ・シェア・フォー・クラスルームの教師用画面。各班の作業状況が一目でわかるようになっている。各班が作業中には、カーソル枠が表示されるので作業の頻度などもわかる。

全員が持つことの効果

今回見学したのは、9つの班が別々の新聞を実際に制作しているところだった。指またはスタイラスを使ってiPad上のひな形に新聞のタイトルや本文を思い思いに書き込む児童たち。各班には「ゴミの行方」「ゴミの集め方」「リサイクルの良い悪い」といった異なったテーマが設定されており、そのテーマによって新聞の名前を決めたり、キャラクターをつくったり、どの順番で記事を配置するかなどを熱く話し合っていた。

その様子を見ていて、ふと思い立った。企業内のプロジェクト会議にきわめてよく似ているな、と。たとえば、家電量販店で経営陣から「今までにないコンセプトの新店舗を出店したい」という社命が下ったとする。こうした新規プロジェクトを遂行するときには、責任者が1人で考えていてもらちが明かないので特命チームをつくり、販売や購買、流通、店舗設計などの各担当者が並行して議論をし、全員で方向性を共有したあと次回までの課題設定をする。こうした会議を何度か繰り返して、出店計画をまとめるのが一般的だろう。世田谷小の公開授業でも、授業の最後に各班がその日どのような考え方でどのような作業をしたかを順々に発表していき、それを先生が板書してまとめていた。この児童たちが将来働き出すときには、とても大きな力を発揮するに違いない。

「私たちの授業がそのように見えたのだとしたら、とてもうれしいことです。私は、児童たちに世の中で生きる力をつけてあげたいと思っています。児童たちはいずれかは学校を卒業して、実社会の中に身を置くことになるのですから」(河野広和教諭)

もちろんそこには、子どもらしく、ほほえましいシーンが垣間見えるときもあった。新聞のタイトルをどうするかで議論となって、作業がまったく進まない班。キャラクターを描くことに夢中になってしまっている児童(リ“サイ”クルなのでサイのキャラクターを描いていた)。中には、作業に飽きてしまってスタイラスで自分の頭を叩いて、どのぐらい痛いかを確かめている児童もいた。しかし、不思議なことに、そのような児童も先生に注意されたわけでもないのに、15秒ほどで作業に戻っていく。

児童全員がiPadを持ち、全員で作業する。新聞をつくるのであれば、大きな模造紙を使って作業させても同じことのように思えるが、そうではないと河野教諭は言う。「全員がiPadを持つと、作業をしない“お客さん”が生まれません。全員が作業に参加し、意見を出すようになります。この参加意欲が高まるというのがとても大きいんです」。

4人の児童がそれぞれのiPad上で作業する。メタモジ・シェアでは別の児童が書いた内容がリアルタイム表示されるが、それに戸惑うことなく、どんどん作業を進めていた。この班は、左二人が紙面構成担当、右二人がキャラクター作成担当。こうした協働学習では、「何もしない」児童が生まれない。

青い文字は同じ班の児童からのコメント。アプリにレイヤー構造が存在することを自然に理解し、iPad経由でコミュニケーションを図っている。

自主性とメタ認知

実際に、児童の参加意欲の高さはさまざまなシーンで見られた。たとえばメタモジ・シェアには、「先生に注目モード」という面白い機能が搭載されている。教師のiPadからある操作をすると、児童全員のiPadの画面が「先生に注目!」という画面に変わり、作業を中断させることができるものだ。河野教諭は予定時間の1分ほど前から「さあ、そろそろあの機能を使っちゃおうかな」と予告をし、児童たちは口々に「待って、待って」と明るい声を上げる。そして実際に「先生に注目モード」が実行されると、クラスルーム中に大きな歓声が上がるのも束の間、すぐに皆作業を中断し、主体的に河野教諭へ注目を向ける。

また、授業が始まる前に全員のノートや教材を用意する、机の配置を変えるなどの準備は、河野教諭の「次の授業の準備をして」の一言だけで、児童それぞれが役割分担にしたがって動いていく。また、授業中も少しでも困ったことがあると、自分から河野教諭のところに相談に行く。授業のまとめの時間の各班の発表時も、積極的に手が挙がる。教壇横に設置されたアップルTVが接続されたプロジェクタに、各班のiPad画面を写しながら発表する場面では、「ミラーリングします」と児童が言って自分で「エアプレイ(AirPlay)」の操作を行うのだ。

児童たちの自主性に加え、河野教諭は「メタ認知能力」も重要視していると語る。自分で自分を客観視して修正していく能力のことと言えばいいだろうか。そのため、何かを皆の前で発表させることを重要な機会と捉え、児童たちには他人の発表の仕方と比べたり、発表する姿をiPadのカメラで撮影することを推奨する。これによって単に児童たちの発表スキルを上げるだけでなく、メタ認知能力を高め、養うことを目的としている。

実際に河野教諭のクラスに、人前で話すときにもじもじしたり、恥ずかしがったりする児童はいなかった。ただ、10歳なりの語彙しかもっていないので、自分の考えを上手に伝えられない場合もある。「話題が3つあって、新聞も3段あるので、それで書いていこうと思いました」などという発表の仕方になるのだが、それを河野教諭は「それは段落構成のことだね。新聞をつくるときには段落構成がとても大切だね」と大人の語彙で補完していく。

世田谷小におけるこうした授業は普段から行われており、公開授業もiPadがないときから付箋紙や模造紙を活用して行われていたそうだ。つまり、今回は授業で使うツールがiPadになっただけで何も「学び方」は変わっていない。

「教育へのICT導入はチャンスでもあるし、危機でもあるんです。現場不在で機器の導入だけ進んでいるような学校もあります。そういうところではどのような教育が行われるか。ドリルを出題するのはICTは大得意です。採点をして集計をするのはICTは大得意です。点数から偏差値を計算するのはICTは大得意です。ICT教育がそういう方面ばかりに使われないかが心配です」。そうならないように河野教諭は児童と向き合い、意欲と自主性を引き出すツールとしてiPadを活用している。

発表するときはエアプレイを使って、教壇横のアップルTVが接続されたプロジェクタにミラーリングする。「ミラーリング」という言葉自体、このクラスでは日常用語になっており、すべての児童が操作に慣れている。

児童たちの発表は、河野教諭が大人の語彙に変換をしたうえで板書していく。黒板をノートに写している子は少数派で、iPadのカメラで撮影し、その後の授業で振り返る必要があるときはその写真を使うそうだ。

児童たちに人気の「先生に注目モード」。教員がこの機能を実行すると、全員のiPadがこの画面になり、作業ができなくなる。実行すると、児童たちから大きな歓声があがり、やがて静かになって先生に注目が集まる。実用性とゲーム性を兼ね備えた面白い機能だ。

【自主性】

河野教諭のクラスの児童たちは、自主性が驚くほど高い。メタモジの開発者が見学をしていることを知り、iPadに「こんな機能を付けてください」というメッセージを書いて、開発担当に見せていた。

【Wi-Fi】

河野教諭のクラスでは3台のWi-Fiルータを利用できる。しかし、それでも38台のiPadを同時使用すると、接続が切れるなどのトラブルがあるそうだ。学校のネット回線は帯域が細いこともあるため、インフラの充実が大きな課題だ。