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iPadで広がる特別支援の美術教育。子どものリズムに寄り添う表現を支える、大阪府立堺支援学校の授業づくりとは?

著者: 三原菜央

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iPadで広がる特別支援の美術教育。子どものリズムに寄り添う表現を支える、大阪府立堺支援学校の授業づくりとは?

※この記事は『MacFan』2026年2月号に掲載されたものです。

編集:Mac Fan編集部
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大阪府立堺支援学校で美術を教える太田雄哉教諭は、アナログ制作とデジタル表現を往復させ、特別支援の子どもたち一人ひとりのリズムに合う学びを設計し、子どもたちの「自分らしい表現」を支えている。iPadをとおして生まれる創造とつながり、その先に見える“造形的な視点”の育ちに迫る。

ミュージシャンから特別支援学校の美術教員へ。太田教諭の「表現」に向き合う姿勢とは?

大阪府立堺支援学校は、肢体不自由と知的障がいのある子どもが学ぶ併置校で、今年で創立70周年を迎えた。太田雄哉教諭が担任を受け持つ高等部では、1人1台のiPadが整備され、日常の学びや発表、振り返りの場面で自然に使われている。

太田教諭は、専門は美術だが、もともと大学卒業後は音楽活動をしていたという異色の経歴を持つ。その後、縁あって特別支援学校の非常勤講師として働く中で、特別支援教育の道に進むことを決めたそうだ。

「特別支援学校での毎日が本当に楽しくて。生徒が純粋にまっすぐ笑うんですよ。それにつられて、教員も自然と笑顔になる。この雰囲気が居心地よくて、特別支援教育にのめり込んでいくようになりました」

太田 雄哉
大阪府立堺支援学校教諭/美術科/Apple Distinguished Educator 2023。大学卒業後に音楽活動を経て、特別支援学校の常勤講師として教壇に立ったことをきっかけに、特別支援教育の道へ。現在は大阪府立堺支援学校高等部で担任を務める。校内のiPad1人1台環境を活かし、アナログ制作とデジタル表現を往復する美術の授業を実践している




暗闇に光で描く協働制作「ライトドローイング」。美術を“一人作業”から解放する

ICTと美術の授業の親和性が高いと語る太田教諭の実践は、多岐にわたる。

たとえば、「ライトドローイング」は、暗闇でペンライトを使用して空間に絵を描き、撮影するカメラのシャッタースピードを落とすことで、実際には目にすることのできない映像を映し出すことができるという実践だ。

暗闇でペンライトを使用して空間に絵を描き、撮影するカメラのシャッタースピードを落とすことで、実際には目にすることのできない映像を映し出すことができる「ライトドローイング」で制作した作品。
暗闇でペンライトを使用して空間に絵を描き、撮影するカメラのシャッタースピードを落とすことで、実際には目にすることのできない映像を映し出すことができる「ライトドローイング」で制作した作品。

ペンライトにカラーセロファンを貼ったり、さまざまな形のライトを使用することで、多様な表現が可能になる。

この実践では、長時間露光できるカメラアプリで光の軌跡を描き、グループで作品化した。構図の工夫や役割分担が自然に生まれ、「個人制作になりがちな美術」を協働の学びへと開いている。

紙に描き、iPadで重ねる。アナログとデジタルを往復する

太田教諭の美術の授業は、紙と絵の具などの物理的な制作と、iPadによる撮影・編集・合成・共有などを組み合わせるハイブリッド型が特徴だ。

たとえば、皆で一つの作品をつくる活動として、学習発表会の劇の背景づくりに取り組んだ実践がある。

「まず生徒それぞれが紙に絵を描き、それをiPadで撮影します。撮影した絵は、『Keynote』を使って背景を透過させ、それぞれの絵を組み合わせて1つの背景に仕上げていくのです。複数の絵を自由に組み合わせたり、配置を変えたりできるのはデジタルの強みです。iPadの直感的な操作性が、創造の幅を大きく広げてくれたと感じています」

「水からキレイ!を見つけよう」という実践では、水と絵の具で色水をつくり、それぞれが「ここが一番きれいだな」と感じた瞬間をiPadで撮影。Keynoteで編集・言語化して共有した。
「水からキレイ!を見つけよう」という実践では、水と絵の具で色水をつくり、それぞれが「ここが一番きれいだな」と感じた瞬間をiPadで撮影。Keynoteで編集・言語化して共有した。




スマホでゲームをつくり、体育館をゲームセンターに!

さらに太田教諭は、知的発達に課題や特性のある子どもたちは、地域や社会との関わりがどうしても少なくなりがちという点に着目し、実社会とつながる実践としてスマホでゲームがつくれるアプリ『Springin’』を使った実践を行った。

「ワクワクさせようオリジナルゲームづくり」をテーマに、生徒一人ひとりが自分でゲームを制作し、文化祭の日に体育館を“ゲームセンター”に変身させた。7〜8台のプロジェクタを並べ、地域の方々に実際にプレイしてもらったそうだ。

「ゲームの説明は作った本人が担当します。役割を持って取り組むことで、生徒たちはとてもイキイキと活動してくれます。取り組みに対する食いつきや、周囲への影響も大きく、やってよかったと感じました。こうした“つながりづくり”の場面でも、iPadをよく活用しています。言葉を書いたり、絵を描いたりすることが苦手な生徒でも、iPadを自然な選択肢の一つとして使うようになったことも大きな変化です。自分の得意や特性に合わせて表現できるようになっていきました」

「Springin’(スプリンギン)」を使って生徒一人ひとりがオリジナルゲームを制作。文化祭の日には体育館を“ゲームセンター”に変身させた。
「Springin’」を使って生徒一人ひとりがオリジナルゲームを制作。文化祭の日には体育館を“ゲームセンター”に変身させた。

さらに、学習の見通しづくりには表計算ソフト「Numbers」を活用し、やることを段階化した表を共同編集で共有し、“今やる・次にやる・終わった”を可視化した。

近畿大学附属小学校で見た自由進度学習の仕組みに学び、支援学校でも視覚的構造化を徹底。評価は作品一点ではなく、プロセスと選択の質に置いた。こうしてアナログとデジタルの往復が、子ども一人ひとりの表現の扉を開いている。

作品の出来より、どんな視点が育ったか。評価軸をプロセスに置く理由

iPadやICTツールの導入時に重視するのは、“土台づくり”だそうだ。はじめにiPadのカメラやキーノート、iMovieなど基本的な機能・操作を繰り返し扱い、表現の「文房具」として扱える状態を目指している。作品の“出来栄え”よりも、過程でどんな視点が育ったかを評価軸に置いているという。

「やはり美術を教えているので、「造形的な視点を育てる」ことが一番大切です。作品そのものよりも、作る過程や作った後にどんな学びがあるかを重視しています。それは地域の学校でも支援学校でも、どんな生徒でも共通して大切なこと。 どの子にも“造形的な視点”が育つように、道具としてiPadを使わせてもらっている感覚です」




違いがあるから道具を増やす。アナログとデジタルが開く表現の選択肢

特別支援の教室では、理解の速度も、集中の続き方も、得意な感覚モダリティもさまざまだ。だからこそ、視覚支援を土台にタイムタイマーを大画面に映し、手順はループ動画で提示するなどの工夫も忘れない。

さらに聴覚支援が必要な生徒には、読み上げやガイド付きアクセス、文字サイズ調整などiPadのアクセシビリティを個々に合わせて設定し、活動の自立を支えている。

この“個に合わせる設計”が、後の高度な表現活動の土台になっている。今後の展望を尋ねると、返ってきたのはシンプルで強い言葉だった。

「それぞれの自分らしさが発揮できる授業を。アナログもデジタルも、子どもに合わせて、そのための設計を続けていきたいです」

“違い”があるからこそ、道具を増やす。増えた道具は、表現の選択肢になる。太田教諭の実践は、ICTの“新しさ”ではなく、子どもに必要な視点を真ん中に据えることの大切さを教えてくれる。

絵の具を使う場面では、絵の具の配置や片付け方がわかる写真・動画を大画面に映して、生徒が途中でわからなくなっても自分のペースで再確認できるよう工夫されている。
絵の具を使う場面では、絵の具の配置や片付け方がわかる写真・動画を大画面に映して、生徒が途中でわからなくなっても自分のペースで再確認できるよう工夫されている。

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著者プロフィール

三原菜央

1984年岐阜県出身。 大学卒業後、8年間専門学校・大学の教員をしながら学校広報に携わる。 その後ベンチャー企業を経て、株式会社リクルートライフスタイルにて広報PRや企画職に従事。 「先生と子ども、両者の人生を豊かにする」ことをミッションに掲げる『先生の学校』を、2016年9月に立ち上げた。

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