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破壊的プロダクトの時代

著者: 松村太郎

破壊的プロダクトの時代

以前、本連載にて「ブランド」から「プロダクト」の時代への変化について触れたことがあります。モノを所有することに価値を感じる時代から、モノ自体の実質的な価値が重視される時代へ移行してきたという話です。

対面といった直接的なコミュニケーションが極端に減ったコロナ禍においては、ブランドの価値を披露する場が減少したことから、Z世代だけでなく幅広い層にとって、こうした価値感のアップデートが急速に進んだと見ています。

その中でも、アップルのプロダクトの価値は高く保たれています。特にアップルウォッチ(Apple Watch)やエアポッズ(AirPods)シリーズは、従来の高級腕時計やオーディオのブランド価値を打ち破るプロダクトとして成長し、同社の売上高を最大化させるディスラプター(破壊者)になりました。

それは、アップルがもともとブランド価値が高い企業だから、という単純なものではありません。そこには、ディスラプターたる所以があります。これまで大切にされてきた既存ブランドの作法や常識などとはまったく別次元の価値を提供し、あるいは長らく横たわってきた問題を解決し、人々の体験を変えているかどうかが重要なのです。

はじめてアップルウォッチが登場した際、伝統的な時計に敬意を払ってデザインしている点を、ティム・クックCEOも、当時のデザイン担当であるジョナサン・アイブ氏も強調していました。

そこからアップルウォッチは数年で、当時腕時計として最高の売上高を誇り、憧れの対象となっていたロレックスの売上高を上回りました。もちろん、これはロレックスの価値がなくなったわけではありません。長らく「時間を知ること」に限られていた時計の機能を抜本的に見直し、フィットネスや決済、通信といった新たな体験を付与した結果でした。

エアポッズシリーズは、ブルートゥースイヤフォン/ヘッドフォンのペアリングや接続性、バッテリ持続時間といった問題点を解決し、「音質重視」だったオーディオの世界を「体験重視」へと転換させました。

音楽サービスも同様です。CDからデジタルダウンロードへと流れが移行しながらも、制空権がレコード会社からアップルに替わっただけだった状況に対して、スポティファイ(Spotify)は、「もっと音楽を自由に楽しみたい」というニーズを捉えて、今や「聴き放題」が当たり前の時代の到来を引き込みました。それ以前も、アップルが、CDを1枚ずつ買う体験からiTunesで1曲ずつ買う体験へと変革しましたが、その前提をも破壊したサービスだと言えます。

ユーザ体験が重要である点を心得ているアップルは、この流れに追いつくべく、2014年にビーツ・エレクトロニクスを買収し、2015年に音楽ストリーミングサービスのアップルミュージック(Apple Music)を開始。そこから前述のエアポッズによる体験の拡張へと結びつけました。

このようにして、アップルは、ブランドではなくプロダクトの価値向上によって企業価値を伸ばす転換を実現したからこそ、高い企業価値と支持を得る存在として君臨しているのです。

しかし、プロダクトの時代になったからには、あらゆる製品ラインで破壊的な価値を提供し続けなければなりません。そして、アップルはそれを焦りながらも実現しています。Macは、M1といったアップルシリコンによって、とてつもない電力と性能のバランスを実現しました。そうした新しい体験価値の提供は、アップルがプロダクトの時代に取り残されないための使命なのです。

2014年9月のスペシャルイベント内ではじめてお披露目されたApple Watch。ティム・クックCEOは精密な時計作りの豊かな伝統に敬意を払った美しいデザインだと強調していました。時計に新しい体験を加えた破壊的プロダクトだと言えます。

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。