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「iPadは楽譜代わり」ジャズピアニスト・松岡杏奈に聞いた、愛用アプリと活用法。クラシックの世界にも広がるAppleデバイスの魅力

著者: 山田井ユウキ

「iPadは楽譜代わり」ジャズピアニスト・松岡杏奈に聞いた、愛用アプリと活用法。クラシックの世界にも広がるAppleデバイスの魅力

現代の音楽業界では、テクノロジーの進化が演奏スタイルや練習方法に大きな変化をもたらしています。特に注目したいのが、従来の紙の楽譜からデジタルデバイスへの移行です。

ジャズピアニストの松岡杏奈さんは、数年前から音楽活動にiPadを導入。演奏や練習にヘビーユースしており、今や手放せない存在になったといいます。

なぜ松岡さんは紙の楽譜からiPadへ移行したのか。iPadがどのように音楽活動を変えたのか。導入の理由から活用方法、近年の音楽業界におけるデジタル化のトレンドまで詳しく聞きました。

ミュージシャンのiPad活用が急速に進んでいる

──松岡さんのご経歴やお仕事について教えてください。

2歳半からピアノを、4歳から作曲を始めました。国立音楽大学附属小学校・中学校、桐朋学園高等学校音楽科、桐朋学園大学音楽学部ピアノ科を卒業後に渡米し、ジュリアード音楽院でクラシックを学びつつジャズピアノを本格的にスタートしました。

その後、奨学金を受けてニュースクール大学ジャズ&コンテンポラリー科に入学し、首席で卒業しました。現在はジャズピアニストとして、ジャズクラブやホテルのラウンジを中心にライブ活動を行っています。ほかにもピアノのレッスンなどもしていますね。

ジャズピアニストの松岡杏奈さん。取材は、松岡さんがよく演奏されるジャズバーで行った。

──iPadを使い始めたきっかけは何だったのでしょう。

きっかけは、数年くらい前から周りのミュージシャンが次々にiPadを使い始めたことですね。現場で共演者と楽譜を共有する際に、AirDropでデータを配布することが増えてきたんです。そのときにiPadを持っていないと対応しづらいんですよね。

それに、以前から楽譜を紙で持ち歩くのは大変だなと感じていました。特にジャズライブでは、演奏中にお客様からリクエストを受けて弾くこともあるので、楽譜もかなりの量を用意しておく必要があります。仮に50曲分の楽譜を持ち運ぶとなるとかなり重いですし、衣装などもあるので大変なんです。

私はピアニストなので楽器を持ち歩かない分、まだいいのですが、管楽器のミュージシャンなんかはもっと大変ですよね。少しでも荷物を減らすために、iPadを使うミュージシャンは増えているのではないでしょうか。




ジャズミュージシャンにとっての必須アプリ「Piascore」

──楽譜を表示するためのアプリは何をお使いですか?

Piascore」です。ピアノ専門というわけではなく、ほかの楽器でも使える楽譜アプリで、体感ではミュージシャンの9割以上が使っている印象ですね。

Piascore

【開発】
Piascore, Inc.
【価格】
無料(アプリ内課金あり)

──どのような特徴があるアプリなのでしょうか。

「Piascore」自体に最初から楽譜が入っているわけではなく、「Piascore」のストアで購入するか、自分で用意した楽譜のPDFを読み込んで使います。

特に便利なのが楽譜をグループ化できる「セットリスト」という機能。自作のオリジナル曲だけをまとめたり、洋楽やJ-POPなどジャンルごとにまとめたり、ジャズクラブごとによく演奏する曲を整理したりしています。毎回楽譜を探さなくても、「このお店でよく演奏する曲」として呼び出せるので管理が楽なんですよ。

「Piascore」のカテゴライズ機能を使えば、目的の楽曲にすぐにアクセスできる。

また、並び順を「最近のアクセス順」や「タイトル順」、「アーティスト順」などで切り替えたり、アプリ内の楽譜をキーワードですばやく検索できたりするのも使いやすい点です。

──楽譜配信サービスといえば「ぷりんと楽譜」も有名ですが、使ったことはありますか?

私は使っていないですね。というのも、「ぷりんと楽譜」は二段譜でしっかり書き込まれている楽譜が中心ですが、ジャズではメロディとコードしか書いていない「リードシート」(一段譜)を使うことが多いのです。

理由は、そのほうが自由度が高くて、ジャズの醍醐味であるアドリブがやりやすいから。逆にクラシックのようにアレンジも含めて演奏方法が決まっている場合は二段譜が向いていると思います。

A4の楽譜とほぼ同じサイズ。12.9インチのiPad Proがミュージシャンに人気

──お使いのiPadのモデルはどのモデルですか?

12.9インチのiPad Pro(第5世代)ですね。Apple Pencilもあわせて使っています。

──12.9インチを選んだ理由を教えてください。

縦向きにするとA4の楽譜とほぼ同じサイズになり、見やすいからです。というのも、ジャズは1ページ完結の楽譜が圧倒的に多いんです。2ページの場合はiPadを横向きにして使います。場面に応じて縦横を切り替えられるのもメリットですね。

──譜めくりはタッチ操作ですか?

はい。1ページずつ、2ページずつなど、めくり方を細かく設定できます。ウインクでページをめくる機能もあるのですが、表情の動きで誤検出が起きやすいので私は使っていません。

ジャズは盛り上がると表情も大きく動くので、ウインクのつもりではないのにどんどんページがめくられていったりすると困ってしまいますから(笑)。

──それは困りますね(笑)。Apple Pencilはどのような用途でお使いですか。

「Piascore」にはメモ機能があって、楽譜に自由に書き込みができるんです。演奏に関する内容をメモしたり、作曲のアイデアをメモしたり。ペンの色や太さをいろいろと変えられるのも便利なポイントです。

既存の楽譜は黒一色であることが多いので、自分が書き込んだ箇所をわかりやすくするために色を変えたりしています。これもiPadならではですね。紙だと書き込むのも躊躇してしまうし、消すのも手間がかかって大変なので。

赤ペンを使えば、強調したい箇所を目立たせるのも簡単だ。紙の楽譜ならば書き込みを躊躇してしまうこともあるが、iPadなら書き込みを取り消せる。




コード進行の確認や練習用に「iReal Pro」アプリを使用

──ほかに使っている音楽アプリはありますか。

iReal Pro」です。おそらく、ほとんどのジャズミュージシャンが使っているアプリではないでしょうか。このアプリはジャズスタンダードと呼ばれる定番曲を約2000曲も収録していて、コード譜を簡単に呼び出せるのが特徴です。

iReal Pro

【開発】
Technimo LLC
【価格】
3000円

メロディは表示されませんが、ジャズではコードだけを見ながら演奏する場面が多いので問題ありませんよ。

また、練習にも便利です。再生ボタンを押すと伴走が流れるのですが、その際に各パートのボリュームを個別に調整できるんです。たとえば、ピアノだけミュートにしてピアノの練習、ドラムだけミュートにしてドラムの練習、といった使い方ができます。キーも変更できるので、ボーカルの練習にもぴったりです。

「iReal Pro」の画面。画面右下のスライドバーから、各楽器の音量を調整することが可能だ。

──練習から本番まで活躍するアプリですね。

はい。曲のフィーリングを変えられるのもジャズミュージシャンにはありがたい機能です。たとえば「スイング」から「ラテン」に変更すると、同じコード進行でも一気に曲の雰囲気が変わります。現場のイメージに合わせていろいろなリズムを試せるんです。

──ライブ本番で「Piascore」ではなく、「iReal Pro」を使うこともあるのでしょうか。

あります。メロディはだいたい覚えていて、コードだけ確認しながら弾きたいときは「iReal Pro」で十分です。

また、「Smart Metronome & Tuner」というシンプルなメトロノームアプリも使っています。いろいろ試したなかで一番好みでした。以前は振り子式のメトロノームを使っていたのですが、デジタルに比べるとわずかに揺れが気になることもあり、アプリのほうが正確に練習できると感じています。

Smart Metronome & Tuner

【開発】
Tomohiro Ihara
【価格】
無料

iPadなら大量の楽譜を持ち歩かなくていい! オシャレだからホテルの雰囲気にも合うんです

──iPadを導入したメリットについてどう感じていますか。

やはり一番は大量の楽譜を持ち歩かなくてよくなったこと。荷物が減り、AirDropで楽譜を共有できるので印刷の時間や紙の節約にもなっています。

見た目がスマートなのも良いですね。たとえばパーティー会場とかホテルのお仕事では見栄えが重視されることがあり、紙の楽譜だと黒い台紙で隠すように言われることもあります。iPadなら見た目の印象も良く、そういった作業も必要ありません。

──ホテルのような会場では紙の方が雰囲気に合う、という考えもありそうですが。

演奏のジャンルや現場の方針によりますね。オーケストラのようなクラシックなコンサートでは「紙でなければならない」という考えの方もまだ一部にはいらっしゃるので、私もクラシックの現場では事前にiPadの使用の許可を得ています。とはいえ、大規模なコンサートでは楽譜が何十ページにも及ぶので、クラシックの現場でもiPadを使うことが増えてきていると聞いていますね。

──iPadの視認性についてはいかがですか。

紙よりiPadのほうが見やすいですね。画面が光るので、暗い現場でも使いやすいんです。また、野外演奏だと風で飛んでしまう紙と違って、iPadは重さがあるため安定するというメリットもありますよ。

ホテルやジャズバーでは照明が抑えめに設定されていることが多いため、画面が光るiPadは紙より視認性がよいのだそう。

──故障時の備えはどうしていますか。

今のところ故障はありませんが、万が一現場で壊れるようなことがあったら…ひとまずiPhoneで代用すると思います。「Piascore」も「iReal Pro」もiPhoneと同期しているので。ただ、「iReal Pro」はともかく「Piascore」の譜面はさすがにiPhoneだと小さすぎるという問題はありますね。




Apple製品は専門的な知識がなくても“直感的に”いいものが生み出せる

──音楽関係以外でiPadをどのように活用していますか。

MacBook AirやiPhoneと併用しながら、デザインや動画撮影・編集にも使っています。ライブのフライヤーや、公開している演奏スケジュールのグラフィック、名刺も含めて、すべて「Canva」というアプリで自作しています。

──デザインはどこかで学ばれたのでしょうか。

専門的には学んでいませんが、Apple製品はさわっていると直感的にいいものができるんです。それがApple製品の魅力だと思いますね。

──今後、iPadをどのように活用していきたいと考えていますか。

ライブではいつもiPhoneで自分の演奏を動画撮影しているんです。ただ、iPadのほうが画面が大きくて見やすいので、いずれ2台目のiPadを買って撮影にも使いたいですね。

「音楽が好きな方は、デザインへのこだわりがある人が多い気がします」と松岡さん。

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著者プロフィール

山田井ユウキ

山田井ユウキ

2001年より「マルコ」名義で趣味のテキストサイトを運営しているうちに、いつのまにか書くことが仕事になっていた“テキサイライター”。好きなものはワインとカメラとBL。

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