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iPhone 16eに採用された独自セルラーモデム「Apple C1」を徹底解剖/そもそもセルラーモデムって? C1のルーツも解き明かす

著者: 今井隆

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iPhone 16eに採用された独自セルラーモデム「Apple C1」を徹底解剖/そもそもセルラーモデムって? C1のルーツも解き明かす

Photo●Apple

Appleは2月19日、iPhone 16シリーズのエントリーモデルであり、iPhone SE(第3世代)を置き換える存在となる「iPhone 16e」を発表した。

その本体には最新のプロセッサであるApple A18とともに、セルラーモデム「Apple C1」が搭載された。

ここでは初のApple自社開発となるセルラーモデム用Appleシリコン「C1」について、その経緯とともに解説しよう。

Appleの独自設計セルラーモデム「C1」とは

まず最初にセルラーモデムについて説明しておきたい。

Apple AシリーズやMシリーズのような単一チップのアプリケーションプロセッサとは異なり、セルラーモデムは複数のチップで構成される「チップセット」だ。

たとえば、iPhone 16およびiPhone 16 Proはセルラーモデムに「Qualcomm Snapdragon X70」を採用しており、モデム全体は10個以上のさまざまな機能を備えるチップで構成されている。

セルラーモデムは中核となるモデムプロセッサと、無線信号の送受信や変調&復調を担う複数のフロントエンドモジュール、無線モジュールへの電力供給を制御するエンベロープトラッカー、そしてアンテナモジュールなどで構成されている。

おそらくApple C1も同様に、モデムプロセッサやフロントエンドモジュールなど複数のチップで構成されるチップセットのことを指しているものと考えられる。

Appleは2023年5月、BroadcomとFBAR(バルク弾性波)フィルタをはじめとする5G関連の無線通信部品の開発で契約を結んでいることから、Apple C1にはBroadcomの無線技術や部品も導入されていると推測される。

iPhone 16 Proのセルラーモデムは、Qualcomm Snapdragon X70を中核に複数のフロントエンドチップやトランスミッタ、各種コントローラなど数多くのコンポーネントで構成されており、2枚のロジックボードのうち無線基板の大半の面積を占めている。
Photo●iFixit

波乱に満ちたApple C1のルーツ

Appleは2016年9月リリースのiPhone 7以降の製品において、Intelの4G/LTEセルラーモデムを採用した。

iPhone 7シリーズにXMM 7360、iPhone 8/XにXMM 7480、iPhone XS/XRにXMM 7560、iPhone 11シリーズにXMM 7660がそれぞれ搭載されている。

Intel製モデムが採用されていたのは、当時AppleがQualcommと特許使用料等をめぐり法廷で争っていたことと深く関係している。

こういった背景もあり、2020年秋にリリースされたiPhone 12シリーズは当初、Intelが開発を進めていた5G対応のセルラーモデム「XMM 8160」の採用が計画されていた。

IntelもAppleの期待に応えるべく、2018年11月に当初計画よりXMM 8160の開発を前倒し、2019年下半期には出荷を開始すると発表した。

しかし2019年4月、Intelはスマートフォン向けのセルラーモデム事業からの撤退を発表する。

これを受けてAppleはQualcommとの控訴を取り下げて和解し、6年間のライセンス契約を締結した(Qualcommは2024年2月、Appleがグローバル特許を含むライセンス契約を2027年3月末まで延長したと発表した)。

この結果、iPhone 12シリーズにはQualcommの第2世代5Gセルラーモデム「Snapdragon X55」が採用されている。

一方Appleは2019年7月に、Intelのスマートフォン向けセルラーモデム事業を10億ドルで買収することで合意したと発表。

Intelは2019年末をめどに、技術者を中心とする2200人の従業員とモデムチップに関する設計技術などの知的財産をAppleに譲渡すると発表した。

この買収により、Appleはセルラーモデムを開発するために必要な人材や技術を獲得した。

2018年11月、IntelはスマートフォンやPCなどのデバイス向け5G対応マルチモードモデム「XMM 8160」を発表、グローバル展開のために開発を前倒しして2019年後半に発売するとしていた。XMM 8160はミリ波帯(mmWave)とSub-6帯に対応、LTEと5Gの同時接続サポート、4Gおよび3G接続もフルカバーするなど、意欲的な仕様のモデムだった。
Photo●Intel

5年あまりの沈黙を破ってついにリリースへ

セルラーモデムはその開発から実用化までに多くの時間とコストが必要となる。

Apple製品内で完結するアプリケーションプロセッサなどとは異なり、セルラーモデムには「通信相手」が存在するためだ。

通信のための無線周波数や送出レベルは各国の電波法によって異なり、それぞれの国の主要なセルラー(携帯通信事業者)との間で通信局との接続検証や認証が必要になる。

そのうえで、ライバルと競い合えるだけの性能やコストを実現する必要があり、Appleは5年の歳月をかけてこれらの課題を解決してきた。

Apple C1の性能は、今回発表されたiPhone 16eのスペックから見る限り、iPhone 16やiPhone 16 Proが採用するSnapdragon X70と比べて遜色ないように見える。

なおiPhone 16eはNTTドコモが使用するBand 21およびKDDIとSoftbankが使用するBand 11のいずれも1500MHz帯に対応していない点が指摘されているが、これはiPhone 16eの対応チャンネルの仕様であってApple C1自体の制約ではない。

ミリ波帯に対応していない点は気になるが、これは主にフロントエンドモジュールの選択とミリ波アンテナの非搭載による戦略的な判断であり、モデムプロセッサ自体はミリ波もサポートできる能力があると思われる。

もとよりミリ波帯に対応するiPhoneは従来より米国向けモデルに限定されており、日本国内での利用にはまったく影響がない。

iPhone 12シリーズはAppleで初めて5Gに対応した製品だが、すでに当時からミリ波をサポートしていた(ただし米国のみ)。ミリ波アンテナモジュールは比較的大きなサイズの部品でコストも高い。iPhone 12シリーズの米国モデルは、現在のiPhone 16シリーズのカメラコントロールの位置にアンテナモジュールを搭載していた。
Photo●iFixit

むしろ気になるのは、今後普及が期待されるAdvanced 5G(5.5G)や6Gに対応する次世代セルラーモデムの開発動向だ。

すでにQualcommはAdvanced 5Gに対応する「Snapdragon X75」および「Snapdragon X80」をリリースしており、次世代iPhoneはこれを搭載した他社スマートフォンと市場で競うことになる。

Appleが満を持してリリースした独自開発のセルラーモデム「Apple Cシリーズ」の真価は、今秋に明らかになるだろう。

また現在セルラー通信機能を持たないMacBook AirやMacBook Proにも、Apple Cシリーズの採用によるセルラーモデルの登場に期待したいところだ。

著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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