スマートフォンのホーム画面でアプリを探すとき、何を頼りにしていますか? おそらく、多くの人が小さな「アイコン」で瞬時に判断しているのではないでしょうか。普段何気なく使っているアプリも、そのアイコンのデザインは記憶に刻まれていると思います。
これらのアイコンが、突然まったく異なるデザインに変わったら、どれほどの人が戸惑うでしょうか。アイコンは、それほどユーザにとって重要な役割を果たしているのです。
Appleが公開する「Apple Developer ドキュメント」には、「美しいアプリアイコンは、すべてのプラットフォームにおけるユーザエクスペリエンスの重要な部分であり、すべてのアプリとゲームに必要です」と記載されています。ここから、Appleもアイコンのデザインを重視していると読み取ることが可能です。
アプリのアイコンは単なる飾りではありません。ユーザの利便性やブランドの認識に関わる、極めて重要な役割を持っているのです。
では、「アイコン」をAppleはどのように守っているのでしょうか。知的財産の観点から解説していきます。
アイコンを保護する「商標権」と「意匠権」とは? 実例をもとに解説しよう
アイコンは、上述したサービスの識別標識という側面のほか、デザインという側面を持っています。
そのため、二つの知的財産権によって保護することが考えられます。一つは、他者の商標使用を排除できる「商標権」。もう一つは、他者によるデザインの模倣を排除できる「意匠権」です。
Appleは、一つのアイコンに対して「商標権」と「意匠権」の両方を取得していることがあります。これはなぜでしょうか。
まず、Appleのアイコンに関する「商標権」と「意匠権」の取得例を挙げてから、その理由を考えていこうと思います。
(1)商標権の取得例
商標権を取得するためには、特許庁に出願する必要があります。その際、商標を使用する商品・サービスを指定しなければなりません。
つまり、商標権を取得したからといって、すべての商品・サービスにおいて他者の使用を排除できるわけではないのです。あくまで、指定した範囲内において他者の使用排除が認められます。
Appleは、以下のようなアイコンについて商標権を取得しています。

「商標登録第5789468号」を取得するために行った出願の願書より。商標登録を受けようとする商標として記載された商標。
ご存じのとおり、上記は「写真」アプリのアイコンです。出願の際、第9類「インターネットを利用して受信し及び保存することができる画像ファイル」などの商品が指定されています。

「商標登録第6750002号」を取得するために行った出願の願書より。商標登録を受けようとする商標として記載された商標。
上記の商標登録第6750002号の登録商標は、「Breathe」アプリのアイコンとして使用されているものです。出願の際、第41類「呼吸法の分野における訓練」などのサービスが指定されています。
(2)意匠権の取得例
次に、Appleのアイコンに関する意匠権の取得例を見ていきましょう。
意匠権を取得するためには、商標権と同様に、特許庁に出願する必要があります。その際、願書に「意匠に係る物品」を記載しなければなりません。
意匠権により排除できる範囲を決める要件の一つに、「意匠に係る物品が同一・類似であること」というものがあります。つまり、意匠に係る物品が非類似であれば、意匠権の効力範囲外になるわけです。
Appleは、以下のようなアイコンについて意匠権を取得しています。

「意匠登録第1498958号」を取得するために行った出願の願書より。【アイコンのみの拡大図】として添付された図。
意匠登録第1498958号の意匠は、上述した商標登録第5789468号の商標と同様に、「写真」アプリのアイコンを保護するためのものです。出願の際、「意匠に係る物品」を「携帯情報端末」としています。

意匠登録第1588805号を取得するために行った出願の願書より。【正面図の表示部拡大図】として添付された図。
意匠登録第1588805号の意匠は、上述した商標登録第6750002号の商標と同様に、「Breathe」アプリのアイコンを保護するためのものです。出願の際、「意匠に係る物品」を「呼吸運動支援機能付き電子計算機」としています。
アプリアイコンを、「商標権」と「意匠権」の両方で保護する理由
一例ですが、上述の「写真」や「Breathe」のように、「商標権」と「意匠権」の両方で保護されているアプリアイコンがあります。それはなぜなのでしょうか。今回は、幾つか推測できる理由の中から、2つの理由について解説します。
(1)指定商品・役務の範囲外での使用を抑止するため
Appleのアプリアイコンは、デザインがシンプルで文字情報がない形態がほとんどです。これらの形態は、小さくても視認性が高いのですが、ほかの用途に流用される可能性が高い形態であるともいえます。
上述のように、商標権では指定した商品・サービスと非類似のサービスにおける使用を排除できません。
だからといって、商標を使用する予定のない商品・サービスを指定するのも危険です。なぜなら、指定した商品・サービスのうち一定期間使用していないものについて、商標登録の取り消しを請求できる制度があるからです(商標法第50条第1項)。
これに対し、意匠権は意匠に係る物品が同一・類似であるか、形態が同一・類似であるか、によって権利侵害が判断されます。そのため、仮に商標出願時に指定したサービスと非類似のサービスで使用されていても、権利侵害が成立する可能性があります。
つまり、使用する商品・サービスの範囲においては、更新すれば半永久的に存続させることができる商標権によって、同じアイコンの長期的な使用による信用の蓄積を実行。一方、「アイコンをスマートフォンに表示させる」のようにデザインを表示させる物品が決まっている場合には、意匠権を併用することで、指定した商品・サービス以外の複数の商品・サービスについて商標権を取得しなくても、他者を牽制できる場合があるのです。
(2)使用開始時の類似デザインの確認をするため
商標法では、需要者の間に広く認識されているが未登録の商標と、同一・類似の商標について出願しても、登録を受けることができないと規定されています。つまり、類似するアプリのアイコンがすでに存在していても、需要者の間に広く認識されていなければ、ほかの登録要件の具備を条件に登録を受けることが可能です。
これに対し意匠法では、公然に知られた意匠と同一・類似の意匠について出願しても、登録を受けることができないと規定されています。つまり「意匠権を取得できた」ということは、少なくとも同一・類似の「意匠に係る物品」において、類似するアイコンが他者に使用されていないということです。
そのため、Appleがアイコンを意匠権で保護するのは、ユーザの“誤認”を防止するという狙いもあるではないでしょうか。たとえば健康関連のアプリの場合、類似したアイコンのアプリをユーザが使った場合、ユーザに深刻な影響を与えてしまう可能性もあるからです。
アイコンは“単なるデザイン”ではない。ほかの企業の学びにもなる、Appleの知財戦略
Appleは、アイコンを単なるデザインとして捉えていません。ユーザの利便性や安全性を守るための、重要な要素として位置づけています。そして、信頼関係を築くための重要な取り組みの一つとして、商標権と意匠権の両方を活用し、アイコンの保護を強化しているのでしょう。
企業がユーザから信頼を得るためには、知的財産権の適切な活用が不可欠です。Appleのこういった戦略は、ほかの企業にとっても参考になるのではないでしょうか。
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著者プロフィール

緒方昭典
複数の弁理士事務所に勤務したのち、スタートアップに対して、特許や商標などの権利取得だけでなく知財活用を支援するため、くじら綜合知財事務所を設立。 現在は、広くベンチャー企業の知財活用の支援に注力。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。