ジョン・スカリーによるシェア拡大戦略。低価格帯のMacintoshが3機種同時にデビュー
1990年、Appleは、それまでの高価格、高付加価値戦略に基づく製品戦略を軌道修正し、同社で初めて1000ドルを切る価格設定のローコストモデル3機種を発表した。当時のCEO、ジョン・スカリーは安価なDOS/Windowsマシンとの競争の中で、Macのシェアを伸ばすには何としても価格競争力をつける必要性を感じ、Macintosh Classic、Macintosh LC、Macintosh IIsiという低価格モデルを3機種同時に華々しくデビューさせたのだった。
Macintosh Classicは、その名のとおり、当時すでに古典的存在となっていた初代Macintosh〜Macintosh Plusのデザインをモダナイズした一体型筐体の中に、Plusの上位機種だったMacintosh SEをわずかに上回る性能を発揮する基盤を収めたモデルである。9インチのCRTディスプレイは、約2500ドルの初代と同じ512×342ドットのモノクロビットマップ仕様であり、いうなればAppleはMacの誕生から6年の歳月をかけて価格を5分の2に圧縮したことになる。
Macintosh LCは、製品名自体が”Low-cost Color”の略であるとされ、高価でプロのデザイナーが使うようなマシンだったMacintosh II(1987年発売)の半分程度の性能と、640×400ピクセルで8ビット(256色)、640×480ピクセルで4ビット(16色)のカラー表示機能を、初代Macよりも安価(2400ドル)に提供するモデルとして人気を博した。
Macintosh IIsiは、siが何の略称かは不明ながら、3機種の中では最上位に位置し、CPUも20MHzの68030を搭載して、ビジネス市場をターゲットとするモデルだった。Macは高品質な資料作成や効果的なプレゼンテーションに強みがあったが、やはり高い価格が災いし、企業への普及が進まなかったため、その壁を打ち破ろうとしたのである。
一般ユーザの注目を集めたMacintosh LC。その仕様は次世代マシンへと継承された
Macintosh Classicは1000ドルを切ったことで話題となったものの、内容的な革新性は少なかった。また、Macintosh IIsiは当時のMacとしては安かったものの価格は3800ドルで、ビジネス市場を意識してデザイン的な遊びも少なかったこともあり、一般ユーザの注目がもっとも大きく感じられたのはMacintosh LCだった。
LCはピザボックススタイルと呼ばれた薄い筐体を持ち、専用の12インチカラーディスプレイと組み合わせると、まるで一体型のような雰囲気になる。おそらく、一体型のカラーマシンに仕立てると製品単価が上がるため、ディスプレイ分離型にして、本体の安さをアピールする価格戦略だったのだろう。
Macintosh LCのもう1つの大きな特徴は、内部にPDS(プロセッサ・ダイレクト・スロット)と呼ばれる拡張スロットを持ち、純正のApple IIeカードを差し込むと、Apple II用ソフトを走らせることができたという点だ。この機能は、それまでApple IIのソフトウェアを数多く揃えて教育に利用してきた小中学校にMacを購入させるための方策で、ソフト資産が無駄にならないことをアピールしたのだった。
PDSを除くMacintosh LCの基本的な仕様は、その後のMacintosh Color Classicや初期のPerformaシリーズに受け継がれることになったが、その意味からも、1990年の方針転換はAppleにとって重要なターニングポイントといえたのである。
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著者プロフィール
大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。