iPhoneの中国市場でのセールスが厳しい状況になっている。Appleはたびたび値引きセールを行い、その期間は売れるものの、セールが終わると途端に売れなくなる状況が続いているようだ
その大きな理由は、中国製スマホがバッテリを進化させ、その性能を大きく向上させていることにある。
中国で常態化するiPhoneの割引。販売数の減少には歯止めがかからず…
iPhone 16の中国市場での販売状況が厳しい。2023年に発売されたiPhone 15では、インド製iPhoneが中国と欧州市場に投入され、返品する人が続出。しかしその後、1000元(約2万1500円)から2000元(約4万3000円)の値引きを行い、iPhone14並の販売量を確保した。では、2024年に発売されたiPhone 16はどうかというと、あいかわらず厳しい状態が続いている。
中国では、11月に「独身の日セール」がある。この期間、各オンライン販売店は思い切った割引を行う。Appleも、アリババの天猫(Tmall)内で最高1600元(約3万4000円)の割引を行った。ところが、Counterpointの記事「Singles’ Day 2023: China Smartphone Sales Fall 9% YoY」によると、セール期間中のiPhoneの販売数は、昨年と比べて2桁%の落ち込みになったという。
問題は、Appleの割引が常態化していることだ。2024年12月23日段階で、Apple正規リセラーのライブコマースを見ると、セール期間でもないのに700元(約1万5000円)から800元(約1万7000円)の割引になっている。しかも、送料無料かつ30分で届けてくれるという超好条件だ。独身の日セールが終わった11月28日、BCIのアクティベーション数速報で第6位にまで落ちてしまった。
iPhoneの優れた動画撮影性能。購入者の7割がProシリーズを選択している
私もそうだが、読者の皆さんの多くは、このような話を聞くと切なくなってしまうのではないだろうか。かつてiPhoneといえば、値引きされることはまずあり得なかった。それでも多くの人が買い求めることで、Appleは、自社のブランド価値を証明してきた。しかし、中国では1万円以上の値引きをしなければ売れない状況になっているのだ。
ただし、iPhoneのProシリーズは好調に売れている。台湾・天風国際証券の調査によると、最上位モデルであるiPhone 16 Pro Maxは、中国におけるiPhone 16シリーズの販売台数全体の46%を占め、iPhone 16 Proは26%だった。つまり、Proシリーズが72%も占めているということになる。
iPhoneのProシリーズは、動画の撮影性能が高く評価されている。特に注目されているのが手ぶれ補正だ。アングルを大きく振ると、他社製スマホは画面が飛び、カクつく感じが出てしまう。一方iPhoneはそれがなく、非常に滑らかに画面が移動する。歩きながらや車に乗っての撮影では、スタビライザーを使っているのかと思うほど画面が安定する。
映像の美しさに関してはiPhoneより高い評価を受けるスマホもあるが、撮影環境に応じて露出などを細かく設定しなければならない。iPhoneはそのような必要がなく、デフォルト設定で美しく自然な色合いになることが評価されている。
消費者ビジネスに携わる中国企業は、ほぼすべてがライブコマースを行ったり、ショート動画の配信をしている。普通の人でも、インフルエンサーを目指してショート動画を配信するセルフメディアを運営している人は多い。そのような人たちにiPhoneのProシリーズは撮影機材として購入されている。
中国で起きたバッテリのブレイクスルー。5000mAhの壁を突破し、さらなる高みへ
iPhone 16とiPhone 16 Plusのセールス状況が厳しい理由に、バッテリ性能がある。
2023年から中国でバッテリのブレイクスルーが起こり、バッテリ容量が増え始めている。リチウムイオンバッテリの仕組みは単純で、負極に黒鉛(グラファイト)を使う。黒鉛は層状の構造をしていて、充電すると隙間にリチウムイオンが格納される。この格納されるイオンの数が多いほどバッテリ容量は大きくなる仕組みだ。
負極材料を黒鉛からシリコンに換えると、よりたくさんのイオンが格納できる。しかし、シリコンはリチウムイオンと反応して結晶構造が大きく変わり、体積が3倍近くになってしまう。シリコン負極は充放電のたびに膨らんだり縮んだりを繰り返し、構造が破壊されていく。つまり、バッテリ寿命が極端に短くなってしまうのだ。
そこでXiaomiは、シリコンをナノ粒子化して黒鉛に6%添加するという手法で、寿命を減らさず容量も大きくなる「金沙江電池」を開発し、ミドルレンジ以上のモデルに搭載している。また、vivoが半固体電池である「藍海電池」を開発するなど、容量を大きく増やす競争が始まった。
このような電池はバッテリ容量5000mAhの壁を突破し、6000mAhを超えつつある。
スマホに求めるものは何か? 中国で「バッテリ性能」が重要視される理由
では、iPhoneはどのくらいのバッテリ容量があるののか。Appleは公表していないが、ブラジル政府に提出した技術資料が公開されたことで明らかになっている。その資料によると、もっともバッテリ容量が大きなiPhone 16 Pro Maxで4685mAh。これは中国のスマホでいえば2年前の水準だ。
急速充電はさらに大きな差がつき始めている。これもAppleは公表していないが、公式では「27W以上の充電器を使用する」ことを求めており、さまざまなメディアの実測値によると、30W前後で充電されるようだ。ところが、中国製のスマホは80Wから90Wの競争をしている。iPhoneは0%から50%まで30分かかるが、中国製のスマホは15分を切るところまできた。数字だけでみると、iPhoneの充電速度は中国製のスマホの5年前の水準にある。
しかし、バッテリ容量や充電速度がスマホ選びの重要な要素になるかどうかはユーザによる。それだけで“iPhone離れ”が進むか?と思う人もいるだろう。ただ、中国ではスマホが生活の中で極めて重要な存在になっていて、決済や公共交通の利用だけでなく、本人確認や商品の注文など、ありとあらゆる場面で使用される。もしバッテリ切れしてしまうと、都会の真ん中で立ち往生してしまう。そのため、誰もがバッテリ容量を気にしてモデルを選ぶのだ。
Appleのバッテリ戦略。iPhoneが追求するのは、容量ではなく“連続使用時間”
中国ではそういった状況にあるが、Appleはバッテリ容量ではなく、長く使うことを追求しているようだ。実際、充電パターンを学習し、状況に応じて80%で充電を止める「バッテリ充電の最適化」機能も提供している。バッテリには充電量が80%以上あるいは20%以下のときに負担がかかり、寿命が短くなるからだ。
Appleがバッテリ容量の数値を非公開にしている理由も想像がつく。iOSやiOS向けのアプリは省電力性能が高い。そのためバッテリ容量の数値では中国製のスマホと差があるものの、実際の連続使用時間では大きな差がつかないという実測テストの結果も出ている。Appleとしては、バッテリ容量ではなく連続使用時間で比較してほしいはずだ(ただし、連続使用時間は条件によって大きく変わるため、客観的で公平な試験をすることが難しい)。
日本、中国と国を問わず、現代社会には充電できる場所が非常に多い。カフェや図書館、飲食店などに入れば充電用のコンセントが用意されていることは珍しくない。さらには、ChargSPOTといった、すぐに使えるモバイルバッテリのレンタルサービスが全国の駅やコンビニなどで展開されている。
iPhoneユーザは一気に充電するのではなく、夏場の水分補給と同じように、こまめに充電するという使い方が適しているのかもしれない。そうすると、Appleが充電速度は遅い(最大25W)がMagSafeというユニークな充電スタイルを推進している意図もなんとなく理解できる。カフェのテーブルにMagSafe充電器が埋め込まれているという日も、そう遠くないかもしれない。
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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。