大企業の一般的な情報システム部門のあり方では、事業環境の急激な変化に対応することは難しい。そんな中、トヨタグループのKINTOテクノロジーズ株式会社は、開発者ファーストの新たな組織づくりと文化の醸成を目指し、新時代に相応しい情報システム業務のあり方を模索している。
同社のコーポレートITグループを取材し、それを支えるMacの活用状況を聞いた。
100年に一度のモビリティの大変革時代
KINTOテクノロジーズ株式会社は、クルマのサブスクリプションサービス「KINTO」の内製開発部隊として設立されたテックカンパニーだ。現在はKINTOのシステム開発のほか、「Prism Japan」をはじめとするプロダクトの開発・提供、「Woven City」や「TOYOTA wallet」に対するシステム面での支援等を行なっている。
従来であればシステムベンダーや社内の情報システム部門が担当する業務内容が中心だが、KINTOテクノロジーズが事業会社として新たに設立された背景には、100年に一度と言われる自動車業界の大変革があると同社のコーポレートITグループに勤める大森崇裕さんは話す。
「現在トヨタグループでは、来るべき未来に向けて、自動車会社から世界中の人々の移動に関わるモビリティカンパニーへと変革を目指しています。その動きの中で、サービスの開発や情報システムも従来のやり方にとらわれることなく、自ら付加価値を生み出すビジネスを確立する必要があったのです」
BtoCおよびDtoC領域のサービス開発・支援に特化した同社の従業員数は約330人前後。グループ内で屈指の内製開発組織であるのが大きな特徴だ。今回、そうした内製開発組織のためのIT環境の整備に取り組むコーポレートITグループに話を聞いた。同グループには、東京・名古屋・大阪にある4つの拠点で約20人のメンバーが勤務している。
「コーポレートITグループでは、業務で利用するデバイスの選定や導入、SaaSの管理や運用などのオペレーションを主に担当しています。20人ほどのメンバーが5つのチームに分かれ、それぞれが連係しながら業務にあたっています。このようにエンジニアに適した環境を内製組織で作り上げていくのは、改善スピードがかなり速くナレッジも蓄積されるメリットがあります」(大森さん)
エンジニアの6割がMacを選択
KINTOテクノロジーズでは、会社から貸与されるデバイスを、従業員自身がMacとWindows PCから自由に選択できる制度を採っている。
Macの場合、現在の標準モデルはM2チップ搭載のMacBook Airとなり、搭載メモリは16GB、ストレージは512GBだ。一方、Windows PCの場合はIntel Core i7搭載の「Surface Pro 5」であり、メモリは同じく16GB、ストレージが512GBの構成となっている。
また、複数の開発環境を同時に起動するなどマシンへの負荷が高い作業に関わるエンジニアは、ハイスペックモデルとしてM3 Proチップを搭載したMacBook Proを申請でき、メモリ36GB、ストレージは1TBのモデルも選択可能だ。
入社するエンジニアが自由にデバイスを選択できるようになったことで、現在はメンバーの約6割がMacを使用している。しかし、なぜデバイス選択制度を導入したのだろうか。大森さんは次のように話す。
「弊社が設立された経緯とも関係してきますが、エンジニアの生産性を最大化していこうと考えると、従来の画一化されたデバイスの調達方法では対応しきれない場合があります。特に最新のテクノロジーは進化のスピードが速いため、業務用のデバイスは2年程度のライフサイクルで新しいモデルに更新していかなければパフォーマンス不足となる可能性も十分に考えられます」
Macの調達方法と管理ツール
適切なタイミングで最新のMacやWindows PCを柔軟かつ安定的に調達するため、同社では残価設定型のリース契約である「AFS(Apple Financial Services)」を採用している。
さらに、調達と導入時のキッティングから保守管理、修理対応、将来のリプレースに至るまでのプロセスを一部アウトソーシングしつつ、ゼロタッチキッティングの実装による自動化によって効率化しているという。
「Macはリース終了後の残存価値が高いので、AFSでリプレースする際に導入コストを抑えられるだけでなく、買い取りに切り替えてそのまま使い続けることも可能です。そして何より、どんなタイミングでも最新スペックのモデルを必要な台数だけ調達できるAFSのメリットは大きいと言えます。また、弊社では在庫が確保されていないハイスペックモデルの承認プロセスについても合理化しています。これは、エンジニアがあらかじめ用意されているSlackの専用チャンネルで利用目的とともに申請し、副社長の承認スタンプが押されれば、それをもってPC調達プロセスが開始されるというものです」(大森さん)
Appleデバイスを選択する従業員が多いことから、管理ツールは「Jamf Pro」を採用し、Windows PCを管理する「Microsoft Intune」と連係する環境を作り上げていると同グループの高木昭さん。
さらに、社内で利用するシステムの多くをクラウドをベースに構築することで、異なるOS、デバイス下でも同様のシステムを利用できるようにしているそうだ。
開発者が正しく評価される組織を目指す
コーポレートITグループの及川竜也さんは、KINTOテクノロジーズはエンジニアの生産性と開発力を高め、技術力の向上を目指していると話す。
「会社の文化としてアジャイル開発などの手法を柔軟に取り入れながら、開発者の生産性向上を最優先としています。デバイスを自由に選べるのも、月8回までのリモートワークを認めていることも、各メンバーがもっとも効率よく働けるスタイルを尊重したいという考え方をしているからです。今後の展望としては、生成AIの活用事例などをトヨタグループ内の他部門に横展開するなど、技術と文化の発信を目指しています」
従来の大企業のルールや慣習にとらわれず、変化の大きな時代に迅速に対応していくためには高い技術力と組織としての文化の醸成が必要だと及川さんは言う。
「開発者が開発者として正しく評価される組織」のあり方を考えるうえで、KINTOテクノロジーズはひとつのモデルケースとなるのではないだろうか。
※この記事は『Mac Fan』2024年7月号に掲載されたものです。
著者プロフィール
栗原亮
1975年東京都日野市生まれ、日本大学大学院文学研究科修士課程修了(哲学)。 出版社勤務を経て、2002年よりフリーランスの編集者兼ライターとして活動を開始。 主にApple社のMac、iPhone、iPadに関する記事を各メディアで執筆。 本誌『Mac Fan』でも「MacBook裏メニュー」「Macの媚薬」などを連載中。