菱 真衣 教諭
大学時代に、特別支援教育に魅了され、特別支援学校の教員へ。東京都立青峰学園を経て、令和5年度より現職。Apple Distinguished Educator class of 2023。「Reality Composer」を活用したARの実践で、ICT夢コンテスト2021 文部科学大臣賞と、令和四年度文部科学大臣優秀教職員表彰「社会に開かれた教育実践奨励賞」を受賞。学習や生活を豊かにするようなテクノロジーの活用を目指し、日々取り組んでいる。
アクセシビリティの有用性
東京都立あきる野学園は、知的障がいと肢体不自由のある児童・生徒約300人が通う特別支援学校だ。東京都立特別支援学校の高等部では、保護者の経済的負担なく1人1台の学習者用端末を整備しており、同校では多くの子どもたちがiPadを利用している。昨年度より同校に勤める菱真衣教諭は、その理由についてiPadの「アクセシビリティ」機能の豊富さを挙げる。
「iPadは誰でも簡単に操作でき、特に特別支援教育の現場では、そのアクセシビリティ機能の豊富さが魅力です。障がいのある子どもでも、さまざまな活動が可能になります」
菱教諭が強調するのは、ICTが生徒の「できる」を増やすツールであるということ。前任校でも、iPadを使ってAR(拡張現実)技術を活用し、文化祭で生徒の作品展示をオンライン化する試みを行い、ICT夢コンテスト2021 文部科学大臣賞を受賞した。
「新型コロナウイルス感染症拡大の影響で文化祭の開催が困難だったため、ICTを活用したオンライン文化祭の実施に踏み切りました。肢体不自由教育部門の中学部・高等部では、本来は美術作品の展示を予定していましたが、AppleのARコンテンツ構築アプリ『Reality Composer』を活用して作品を表現しました」
肢体不自由の児童・生徒は、車いすを使用していることが多いため、これまでの文化祭においては作品を展示するための会場作りは教員が行っていたそうだ。しかし、ARを使用した場合、手先の操作で展示用の机や装飾品のオブジェクトを簡単に回転・移動させたりできるため、場所の制約を受けない。ARを活用して、子どもたちは自分の作品のイメージを展示スペースごと創造することができたそうだ。
特別支援教育の世界へ
菱教諭は、もともと教員になりたいと考えていたものの、大学時代は学芸学部数学科に属し、特別支援教育とは無縁の学生生活を過ごしていた。転機になったのは、教員免許取得に必要な介護等体験だった。
「特別支援学校の実習で目の当たりにした、子どもたちの学びに向かう姿勢に、『なんだこの世界は!?』と思いました。授業を心から楽しみにしている子どもたちの姿や、子どもたち一人ひとりの特性や良さを引き出そうとしている先生の姿にも感動して。特別支援学校の児童・生徒は得意・不得意がありますが、秀でた部分が私の想像を軽々と超えてきます。iPadを使って創作すると、それを強く感じるのですが、絶対に私には思いつかない発想がポンポン出てくるんです。そんな子どもたちの可能性を広げたくて、さまざまな実践を考えています」
菱教諭が現在力を入れているのが、探究学習だという。菱教諭の学年では、今年度は「木」をテーマに、学習の中に情報デザインを落とし込んでいる。生徒たちは、「Keynote」を使って木材製品のデザインを行い、そのデザインをレーザーカッターで製品化。その後、国際協力に役立てるという社会とのつながりを意識した取り組みを進めている。
「特別支援学校でも、SDGsなどの社会の流れに沿った授業に取り組んでいますが、“知って終わり”になってしまうことが多く、実際の行動に移す場面に結びつきにくいという課題がありました。特別支援学校の子どもたちは、社会と関わる機会が限られてしまうため、iPadを使った創造的な活動を通じて、彼らも社会に貢献できるんだということを感じてほしいと思っています」
個別最適の鍵は選択肢
これまで一斉授業を中心に画一的な教育を行ってきた日本の学校だが、現行の学習指導要領では「個別最適な学び」と「協働的な学び」がキーワードになっている。菱教諭はまさに個別最適で協働的な学びを、ICTを活用し実現している。菱教諭のもとには、小中学校の先生から相談が届くそうだ。
「よく小中学校の先生から『個別最適を実現することは難しいです』と相談を受けるんですが、個別最適というのは一人ひとりに合わせた教材を作ることではなく、子どもたちがアウトプットするツールなど、学習の選択肢を多様にすることで実現できると思っています。
たとえば、iPadのKeynoteを使った授業では、文字が苦手な子どもには図形を使って考えを伝えてもらったり、逆に文字で表現したい子どもには文字入力を、絵を描きたい子どもにはスタイラスペンを使ってもらって表現してもらうし、音声入力でもいいと思います。アウトプットの方法も、Keynoteに限らず、動画編集アプリ「Clips」を使ってもらっても構いませんし、好きな方法で選んでいいと伝えています。子どもたちが得意な方法で学習できるようにすることが、私の考える個別最適です」
スライド素材も、ヒントが多く書かれたものと枠だけのものの2種類を用意し、子どもたち自身に選んでもらっているという。菱教諭の授業では、選択肢の多さが子どもたちの自発的な学びを促していると感じる。
今でこそ情報科の免許も取得し、ICTを活用した学びを積極的に発信する菱教諭だが、決して元からICTに明るいわけではない。常に「どうやったらできるだろう?」と考えた先に、iPadが解決策になることが多かったのだという。「社会に開かれた教育」を目指し、子どもたちの学びと社会との接点を広げるその挑戦は、ICTとともにこれからも続いていく。
※この記事は『Mac Fan』2024年11月号に掲載されたものです。
著者プロフィール
三原菜央
1984年岐阜県出身。 大学卒業後、8年間専門学校・大学の教員をしながら学校広報に携わる。 その後ベンチャー企業を経て、株式会社リクルートライフスタイルにて広報PRや企画職に従事。 「先生と子ども、両者の人生を豊かにする」ことをミッションに掲げる『先生の学校』を、2016年9月に立ち上げた。