シリコンバレー一強時代の終焉

ITの首都といえば、シリコンバレーを思い浮かべる人が多いだろう。スマートフォン市場に圧倒的な影響力を持つアップル、世界の検索とインターネット広告で圧倒的地位を築いたグーグル、ソーシャルメディアの定番であるフェイスブックやツイッター、クリエイティブツールをつくるアドビなど今日の我々のITインフラのほとんどはシリコンバレー企業が押さえている。

これをアメリカ西海岸という表現に拡張すると、OSメーカーでビジネスソフトでも圧倒的シェアを持つマイクロソフトやEコマースの頂点に君臨するアマゾンも入ってくる。それだけに今でも「日本のシリコンバレー」を目指す企業が多いし、政府主導のプロジェクトも多い。

だが、ITが1日中画面を覗き込んでいる技術好きの人たちのものだったのは今は昔。今日のITは老若男女を問わず、1次、2次、3次産業を問わず、誰もが１日24時間、なんらかの形で恩恵を受ける重要な社会基盤となっている。そんな中、シリコンバレー一辺倒の時代から少しずつ状況は変わってきている。シリコンバレーは世界の中でも、特にITリテラシーが高い特異な地域。ここでつくられた常識が、無理矢理世界の常識となるのはそもそも無理がある。

この数年台頭してきているのが「La FRENCH TECH」という名前で知られるフランスのテクノロジー業界だ。政府も後押しをしており、CESやSxSWといったテクノロジーイベントでも際立った存在感を放つようになってきた。IoTという言葉が広まってきた頃からフランスのIoTメーカーは、世界的に有名なプロダクトデザイナーのフィリップ・スタルク氏などトップデザイナーと組んだりすることも多かった。人々の生活に入っていこうとするなら、製品の見た目にも魅力を持たせようという考えは、「アップルを除き」シリコンバレーの企業からは欠けている（あったとしても、その嗜好が一般向けではない）。

世界トップクラスのファッションブランドやシャンパンブランドを併合しラグジュアリーな生活を体現するLVMHグループや、化粧品メーカーのロレアルなどもフランスのテクノロジーベンチャー育成にかなり熱心で、テクノロジーで進化させた次世代美容品を開発するビューティーテックのトレンドでもフランスが世界を先導している。

2年前にはVIVA TECHNOLOGYというかなり大きなテクノロジーイベントも始まり、今年はGDPR（欧州データ保護規則）の施行前日にエマニュエル・マクロン大統領の「善良を目指すテクノロジー」という基調講演とフェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOの公開インタビューで幕を開けた。人々の生活やプライバシーを第一に考えるITの活用は、「アップルを除く」シリコンバレー企業とは真っ向から対立するものだ。

一方、シリコンバレー系IT企業の自由なビジネスを受け入れずにきた中国でも、特にEコマースを含む決済関係や交通関係で面白い巨大ITベンチャーが登場しており、最近ではこれらが欧米や日本などにも進出を果たし始めている。シンガポールは政府が道路や無人で動く電車網、自動運転車やドローンレストランなど社会のインフラ部分でのIT活用を積極的に後押ししている。このように最近になってシリコンバレーとは異なる「IT社会」の提言が世界のそこかしこから出始めてきている。

日本の強みといえば圧倒的に質の高い部材と労働、そして他の国とはまったく着眼点が異なる活用方法、隅々まで配慮が行き届いたサービスなどだが、これらを活かしてIT社会にどんな提言ができるのだろうと、最近よく考えてしまう。