大座畑重光さんは、漢字Talkの名付け親として知られているプログラマ。創業期のアップルジャパンで活躍され、独立後もmacOSやiOSの動向をウォッチし続けてきた業界のレジェンドに、当時の思い出やご自身の夢を語っていただいた。
大座畑重光 Shigemitsu Ohzahata
1949年茨城県水戸市生まれ。筑波大学大学院修士課程理工学研究科修了(人工知能研究室)。Macプログラマーズグループ「マッカーズ」会長。フリーランスプログラマとして、macOSやiOSのアプリ開発を行い、AI、IoT分野にも造詣が深い。1988年に、現在のARやMRより先行し、それらを含むようなNaviGlassesの概念を発案し、以来、その実現に向けた取り組みを行っている。
マイペースで仕事ができたアップルジャパン
大谷●今日は、大座畑さんならではのアップルのエピソードや、現在のソフトウェア環境をどのようにご覧になっているのかを、ご自身のビジョンも含めてお聞かせいただければと思います。まず、アップルジャパン時代には、どのようなお仕事をされていたのですか?
大座畑●ソフトウェア技術課で、テクニカルサポートの最初のスタッフでした。仕事の内容は、LisaやMac用のソフトウェアの開発支援ですね。ASD(Apple Software Developers)の「リサ・パスカル(Lisa Pascal)」言語や「インサイド・マッキントッシュ」関連の講師も仕事の一部でした。オブジェクト指向プログラミング環境の「スモールトーク(Smalltalk)」に興味があったので、Lisaはアップル製のスモールトークも走りますし、大学院時代から使っていたパスカルもありました。それで、Lisaのテックサポートをぜひやってみたいと思い、アップルジャパンを希望したわけです。
最初は1983年の12月に面接を受けてすぐに決まったので翌年1月入社になるのかなと思っていたら、アップル側が初代Macintosh発表の準備で忙しかったらしく、2月1日となりました。入社当日に初めてMacというコンピュータを見たんですよ。「これ何だ?」「こちらもサポートしなくてはならないのか」と思う一方、外観が小さくてかわいいので、Lisaと比べれば大したことはないだろうと高を括っていました。ところが実際にはLisa以上の技術が盛り込まれていて、ジワジワと技術ドキュメントも整備され、紙のドキュメントで米国本社から到着するたびにいつもわくわくしました。当時は、Macのソフトも、リサ・パスカルで開発していたんですよ。ところが、パスカルを知っている開発者は少なかったため、それをサポートしたり、何しろ人手がないので、イベントでコンパニオンに「マックペイント(MacPaint)」や「マックライト(MacWrite)」の使い方を教えるようなこともしました。でも、彼女たちも面白がってすぐに使い方を覚えてしまったのが印象に残っています。
大谷●Macらしいエピソードとはいえ、実にいろいろなことをされていたんですね。それで漢字Talkのネーミングも?
大座畑●もともと決まりかけていた名前が商標の関係で使えなくなって、急遽、今日中に誰でもいいからアイデアを出してくれということになったんです。それでマーケティング部長たちと晩飯を食べに行ったときに、漢字Talkはどうかと提案したら、そのまま決まりました。漢字Talkのトークは、スモールトークから採ったものなんです。
大谷●何だか、スティーブ・ジョブズがアップルの社名を決めた経緯にも通じる話で、興味深いですね。ジョブズに直接お会いになったことは?
大座畑●当時、アップルジャパンが入っていた東京・赤坂のツインタワー本館の16階で一度だけチャンスはあったのですが、テックサポートの仕事で外出してしまい、残念でした。また会う機会もあるだろうと考えていたものの、実現しませんでした。彼の人物像はぼんやりと知るのみですが、とても魅力的な方だったと思います。
大谷●当時と今とでは、アップルの社内の様子もずいぶん違っていると思うのですが。
大座畑●あの頃のアップルジャパンの社員は、十数名程度だったでしょうか。家族的でしたが、自分自身の責任でマイペースで仕事を進めることができました。現在のアップルは大規模ですから、組織化され管理も徹底していて、1つのことを複数人で行うような環境に変わっているのではないかと想像します。
大谷●当時は牧歌的だったんですね。昔も今も変わらないアップルの魅力はどのようなところにあると思われますか?
大座畑●技術的なチャレンジをし続けているところに魅力を感じます。複数のOSを開発して、そのどれもがディペンダブル(信頼できる)ですし、Xcode、Swiftのようなプログラミング環境や言語まで作り出して、革新的なソフトウェアの創出に貢献し、さらに個人や企業のユーザが革新的なアプリを創出できるような(ツールやアップストアのような)社会基盤を与えたことが素晴らしいと思います。
アメリカで初代Macintoshが発売された1週間後の1984年2月1日にアップルジャパンに入社し、LisaとMac用ソフトウェアの開発支援や開発者向けの公式技術資料「インサイド・マッキントッシュ」の講師をされていた頃の大座畑さん。左手下方に、テンキーのないシンプルな初代Macのキーボードが見える。
初代モデルに重要性を感じるアップル製品
大谷●アップルの製品や技術で、ご自身がもっとも重要と感じているもの、個人的に気に入っているものは何でしょうか?
大座畑●プロダクトでは、Lisa、Macintosh、iPhone、iPad、アップルウォッチ(Apple Watch)ですが、いずれも最初のバージョンが重要だと思っています。アプリケーションだと、マックペイントやマックライト、それにハイパーカード(HyperCard)ですね。他の技術では、「インサイド・マッキントッシュ」に記述されているAPIセットのツールボックス(Toolbox)とか、描画ルーチンのクイックドロー(QuickDraw)、プログラミング言語のリサ・パスカル、オブジェクト・パスカル(Object Pascal)、アップル・スモールトーク(Apple Smalltalk)も気に入ってますが、ブルース・ホーンによるリソース(プログラムにさまざまな付加情報を簡単に含めることのできる仕組み)の概念の発明も素晴らしいものです。
大谷●現在のアップルで一番注目されていることは、どのような部分でしょうか?
大座畑●やはり、技術開発に関するビジョンと、それを実現するためのツールを提供していることです。ARキット(ARKit)などのAPIが公開されることで、社会に対して新しいサービスを提供するためのソフトウェアの開発が行いやすくなりますし、より素晴らしい世界を創造することに注力する姿勢にも期待しています。
大谷●なぜ、アップルを離れることになったのですか?
大座畑●自分でやってみたい研究開発がいくつかあり、それをアップルの中で行うことが困難だと判断したためです。テックサポートは結構大変ですからね。
当時の大座畑さんが使われていた、Lisaと3台のProFile(容量5MBの純正ハードディスク)。大座畑さんはSmalltalkやWorkshop3.0(Lisa/Macのソフトウェア開発環境)をインストールして使われていた。LisaはSmalltalkを実行中で、画面にシステムブラウザが表示されている。1979年12月、AppleのLisa/Mac開発チームの主要メンバーがXerox PARCへの訪問で見たSmalltalkのデモはスティーブ・ジョブズやビル・アトキンソン等に巨大な影響を与えた。
AR環境を先取りした「ナビグラス」
大谷●そのこととも関係するかと思いますが、1988年から「ナビグラス(NaviGlasses)」というものを研究されて、論文も書かれていますが、これはどのようなものなのでしょうか?
大座畑●従来のGUIの(デスクトップ上の)アクセス対象を実世界のオブジェクトへ拡張する概念で、メガネのレンズ自体が超小型のカメラやディスプレイを兼ねていて、それを通して見た相手や物に関して、オープンになっている情報にアクセスできるというものです。今でいうIoT的な概念もカバーされています。実世界をベースとしているので、マウスではなく、アイコンタクトを利用していろいろな処理ができないだろうか、GUIの次は何かなどをいろいろと考えていたとき生まれた概念です。
大谷●今ではナビグラス実現のためのインフラもかなり整ってきているように感じますが、そのあたりはいかがでしょうか?
大座畑●見える物すべてに送受信可能なタグが添付されている必要があり、それらの情報を取得して実時間で処理しなくてはならないので、実際にはまだ課題は多いと思います。
大谷●ARキットを利用してナビグラスのサブセット的なものを開発するような計画はありますか?
大座畑●ナビグラスという概念のもっとも重要で本質的な部分を見極めて、それをコンパクトにまとめたあと、そのあたりを重点的にコード化したいと考えています。そのためにも、ARキットやSwift、Xcodeの環境を一層使いこなしていく必要がありますので、そのための努力をしています。
大谷●ぜひとも研究を続けていただき、プロトタイプなどができましたら体験させてください。いつまでも学び、新たな領域に挑戦されようとする姿勢を、大いに見習いたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。
NaviGlassesの外観(概念図)。一見普通のめがねに見えるが強力な計算・通信パワーを持っている。このめがねをかけることで,歩行中の人や走行中の自動車、ビルなど、実世界オブジェクトやNaviGlassesレンズ(ディスプレイ)上に現われた(従来のGUI風の)オブジェクトをポイントし、多様な対話を可能にする。
実世界でユーザがNaviGlassesレンズを通して見ず知らずの人をポイントし、その人の公開情報を得ているところ。レンズ上には「Alan」という情報が表示されている。Alanという人はこの情報をWEBなどに公開情報としてアップしている。これをピックアップ機能と呼んでいる。
NaviGlassesレンズは、ユーザの視線を常に正確に追跡し、実世界の何を見ているか、またレンズにディスプレイされた仮想のオブジェクトの何に注視しているかを把握している。レンズ部は外側と内側を向いた大規模数のマイクロTVカメラがピクセルに対応して交互に散りばめられている。外側を向いたマイクロTVカメラはユーザの視野をモニタし、内側を向いたマイクロTVカメラはユーザの目の動きと表情をモニタしている。
取材当日に大座畑さんが着ていたのは、大変貴重なAppleジャンパー。前面に赤色のアップルロゴ、背面にカラフルなAppleの文字がある。アップルジャパン退職後、展示会への出展の際にアップルブースでHyperCardのデモを行う人向けに配られたものだという。