年配者にはストレスが溜まる「高機能」インクジェット
実は、「各メーカーが高機能だと誇ってきたインクジェットプリンタは本当にそのとおりなのだろうか?」という疑問をずっと持っていました。プリンタに限らず日本のメーカーはあらゆる機能をてんこ盛りにすることが高機能だと勘違いしている傾向がありますが、機能が多くなるほど操作が難しくなり、故障の対象箇所も増えてしまいます。また、印刷品質も付加機能もすでに飽和状態になっている現在、新製品は関連アプリの機能を強化したり、ちょっとデザインを変更したりという小手先の変更が多くなり、型番だけ変えたような製品もよく見ます。
さらに、インクカートリッジは1本1000円前後もするのに頻繁にインクがなくなり、交換作業が面倒。メーカーは「カートリッジはネットで購入すればいい」「交換作業は簡単だ」といいますが、ある年配の方はインク交換が面倒だといって感熱紙のファクスに買い換えてしまいました。パソコン好きのユーザ以外にはかなりのストレスが溜まるのがインクジェットプリンタなのです。加えて、構造上必ず発生する印刷ヘッドの目詰まりを解消するためには大量のインクを消費し、運が悪いとプリンタ本体の購入代金よりも遥かに高額なインク代金を払うこともあります。各メーカーには「インクカートリッジの交換が必要ないプリンタが欲しい」と長年お願いしてきましたが、消耗品によって成立しているビジネスモデルのためかずっと黙殺されてきました。
しかし、ついにこれらの問題を解決しそうなすごいプリンタが発売されたのです。なんとユーザがボトルから直接タンクにインクを充填できるのです。「エコタンク搭載プリンタ」と呼ばれるこの製品は、昨年9月に発売されたPX-M650Fと比べてA4カラー1枚約13・5円だったコストが約0.8円(モノクロは約4.1円が約0.4円)で印刷できるだけでなく、ボトル1セット分で約6000ページは印刷できるというのです。
インクを交換は手動で
インクの残量はタンクの一部が露出しており、目で直接確認して減ったら入れるというアナログチックな方法。ゴム製のキャップを外してインクをユーザ自ら注ぎます。キャップを外すときにインクが手につきやすいので注意しましょう。筆者はキャップを外しただけでつきました。なお、Macから残量を確認することはできます。
少なくとも10年以上はインク交換がいらなそう
「エコタンク搭載プリンタ」を発売したのは、日本国内におけるインクジェットプリンタシェアの40%以上を占めるエプソンです。同社は2010年に「EC-01」という画期的なプリンタを発売したことがありました。大容量のインクパックを本体に内蔵して約8000枚の印刷ができるという革新的な構造でしたが、古いプリントエンジンを搭載していたために印刷が極端に遅く、すぐに姿を消しました。
今回発売されたのは、フルカラーMFPの「EW-M660FT」、モノクロMFPの「PX-M160T」、単機能モデルの「PX-S160T」の3製品で、ターゲットユーザはビジネスだけでなくコンシューマも含まれています。ユーザが自分でボトルからタンクにインク充填する仕組みはエプソンでも初の試みであり既存事業の根幹を揺るがし兼ねない製品です。
印刷速度は、カタログ値だけ見るとカラーが約7.3ipmでPPM最速値約20枚/分、モノクロが約13・7ipmでPPM最速値約33枚/分となっています。ipmとPPmは1分間で印刷できるページ数を表していますが、4種類の異なるデータ(ISO/IEC 24734)を使用するipmに対して、PPMはスカスカのレイアウトデータ1種類のため今ひとつリアリティがありません。
そこで今回は、編集部のサンプルデータを印刷したものを使いました。パソコンのスペックに左右されないようにADFに原稿をセットしてコピー機能で計測。ファーストプリントは1回目で約30秒で、これは富士ゼロックスの「DocuColor 7171P」という大型コピー機のファーストプリントとほぼ差はありません。
2回目以降はEW-M660FTがほぼ横這いの約27秒なのに対してDocuColor 7171Pは約12秒したが、そもそも1分間で最高71ページを印刷できる500万円近いプロダクションプリンタと5万4980円のインクジェットプリンタを比較するのが無茶な話ではあります。連続印刷については10枚コピーするのにDocuColor 7171Pは20秒ほどでEW-M660FTは140秒ほどかかってしまいましたが、ストレスを感じる速度ではありません。
なお、エプソンのカタログを見るとL判の印刷速度は写真高画質モデルの「カラリオプリンター EP-808シリーズ」の約13秒に対して5倍弱の約60秒となっており、用紙合計の印刷コストはEP-808シリーズが約26・5円に対して約5.5円と5分の1ぐらいでPX-M650Fとの比較よりも値がかなり悪くなっています。これは、そもそも写真高画質モデルとは印刷ヘッドの構造などが異なるためで、写真印刷がメインのユーザはEP-808シリーズがオススメですが、普通紙への印刷が多いのであればEW-M660FTがいいでしょう。
印刷の品質については、わざと設定を変更はせずに初期設定のみ(普通紙/標準)で確認しました。解像力ではさすがにDocuColor 7171Pには及びませんが、5ポイント以上の文字であれば複雑な漢字でも印刷できました。写真はEP-808シリーズのような鮮やかで自然な再現は厳しいのですが、昔のビジネス向け顔料モデルよりも美しい仕上がりになっています。
印刷ページ数は、エプソンでは1カ月に300ページ印刷して2年で1万1300ページが可能だという宣伝をしています(測定画像にISO/IEC24712を使用)。このページ数はインクボトルが各色2本付属しているためで1セットなら約半分ぐらいになります。印字面積が極端に広いユーザはインクの消費量が多くなりますが、それでも一般の家庭であれば10年以上はインク交換が必要ないかもしれません。もちろん、タンク式なので水分は徐々に減りますし、インクそのものにも使用期限があります。また、いつかは故障も発生しますが、耐久性が5万ページとタフな造りになっているのでかなり長く使えそうです。
標準モードでも十分満足なプリント品質
上がEW-M660FT、下がDocuColor 7171Pのプリントサンプルです。ビジネス的な文書では、解像度はDocuColor7171Pには及びませんが、5ポイント以上の文字であれば複雑な漢字でも印刷できます。
多少高くてもいいのでさらなる進化を望みたい
最近の製品はプラスチックの加工技術が進化して見た目はかなり高いクオリティの仕上げになっているのですが、この製品の外観はややチープな印象です。ボタンを押した感じも貧弱で、もう少し高級感を出してもらいたいところ。また、液晶パネルはモノクロ2.2インチとかなり小さくまるで昔のゲーム機のような表示です。赤外線通信やメディアスロットもありませんが、ADF、自動両面印刷(スキャニングは片面)、イーサーネット、Wi-Fi、5万ページの耐久性などプリンタとしての基本機能はきちんと搭載されているので問題はありません。
他のプリンタにない特徴としては、ユーザ登録をすると保障が1年から2年に延長されたり、MyEPSONのサポートページより修理受付をすると引取修理サービス(ドアtoドア)が無償になるなど、ユーザにとってメリットの大きい特典が付いていることです。これに加えて、インク交換が必要ない、何枚打ち出しても壊れにくい、印刷コストが安い、引取修理をしてくれる、という恩恵は他のプリンタでは得ることができないものであり、インクカートリッジタイプのコンシューマ機と比べて少々割高でも何者にも代えがたい価値の高い製品であることは間違いありません。
チープな造りはなんとかして
最初に目にしたときに感じたのが「ちょっとチープな造りだな」ということ。ボタン類の押した感じも貧弱で、いくらビジネス向けだといっても自分の机の横にはあまり置いておきたくない感じです。2.2インチのモノクロ液晶パネルは4行で見やすいのですが、エラーや警告は2行目と3行目を使用してテロップのように2行目が流れたら3行目が流れるという表示方法なので、すべて読むには少々時間がかかります。
不思議なボタン
用紙カセットは150枚までセットできて便利ですが、前面に「1」と書かれた不思議なボタンが付いています。押してみると引っ込んでしまい戻りません。実はこれ縦側の用紙ガイドのつまみ。なぜかボタンのように露出している不思議なデザインです。
上条幸一の評価
● インクは充填だけで交換は不要
● ビシネス文書の印刷は高速
● 染料インクで写真印刷もOK
● 見た目がチープな造り
● 液晶パネルが小さい
● 写真印刷は設定に注意
● フチなし印刷ができない
SPEC
[使用期間]20日
【発売】エプソン販売
【価格】5万4980円(エプソンダイレクト価格/税別)
【URL】http://www.epson.jp
【サイズ】515(W)×360(H)×241(D)mm
【重量】約7.3kg
【インターフェイス】USB2.0、100BASE-TX/10BASE-T、IEEE 802.11b/g/n
【備考】ファーストプリント時間(A4):カラー約15秒、モノクロ約9秒、解像度:最高4800×1200dpi
【台数】
インクジェットプリンタの国内総出荷台数は、2015年間で492.4万台(IDC Japan調べ)。ピークは2012年の622万台なのでかなり減りましたが、携帯電話のように一日中必要とされることがなく、買い替えサイクルも長く、操作に多少のスキルが求められる製品の割には結構多いなと感じます。
【限界】
多くのインクジェットプリンタは印刷品質も付加機能も飽和状態になっていて、進化は限界に達しています。今後MFPを購入するのであれば新製品ではなく一年前の旧製品のフラッグシップモデルを購入するのがお得な状況であり、このような状態が続くと今後も出荷台数の減少に拍車がかかりそう。
上条幸一 Kouichi Kamijo
30年以上Mac一筋の人生を送ってきたアップルドランカー。ファイルメーカーが大好きで、仕事用のテンプレートを100近く自分で作成して日々利用している。座右の銘は「寝ても印刷!起きても印刷!」