ストーリーの豊かさに触れる
アップルやグーグル、フェイスブックが膨大な資金を使って、一斉に新しいキャンパスの建設に動いている昨今。サンフランシスコにあるアドビのオフィスビルは、いくらお金を積み上げても手に入れることができない歴史的建造物だ。その歴史は1904年頃に遡る。完成直後の1906年にサンフランシスコを襲った大地震と火災にも耐えた誇り高き建物は、周囲の景色が新しく塗り替えられる中で異彩を放つ。
メインエントランス前には一段高いプラットホームがあり、その周囲の道には古い線路が埋まっている。この建物は当初、パシフィックハードウェア・アンド・スチールカンパニーという、米国西海岸の開発に重要な役割を果たした企業のためのビルだった。その後、1918年にベイカー・アンド・ハミルトンと合併し、引き続きオフィスビルとして使われた。2004年にフラッシュやドリームウィーバーなどで知られるマクロメディアがビルを買収、そのマクロメディアを2005年にアドビが買収してアドビのオフィスとなった経緯がある。
経済発展の道具という共通点
ビルのエントランスに足を踏み入れると、ベイカーアンドハミルトン社が1940年に扱っていた全商品のカタログが飾られていた。20センチになろうかという分厚いカタログは、何度も壊れて交換せざるを得なかった金具と、作られた当初のままの状態のハンドル付き革表紙に包み込まれていた。当時の営業マンは、このカタログをいつも持ち歩いて客先を回っていたという。
今ならタブレットやスマートフォンに、こうしたカタログが何十冊も収まることは容易に想像がつく。インターネットによって顧客が自分でWEBサイトにアクセスして情報を得て、その場でクリックして購入することも可能だ。デザインをビジネスの力に変えるツールを発明し、常に時代をリードしてきた最先端カンパニーの入口でこうした過去に触れ、実に感慨深い気持ちになった。
Lobby
メインエントランスを抜けると開放感の溢れるロビーが広がる。ピラミッド型のガラスからは、晴れたサンフランシスコの日差しが差し込み、ソファーは清々しいリラックス空間になっていた。
ベイカーアンドハミルトンの製品カタログ。膨大な紙を、頑丈な鉄と革の表紙でまとめ、これを手にしながら営業に回っていたというから驚かされる。
昔のオフィスビルで重要だったのは、資金を火災や盗難で消失しないよう保管すること。つまり、作り付けの金庫の存在が求められた。防火扉付きの金庫は今でも残されているが、扉の金属加工は特殊なものだという。
クリエイティブに囲まれて働く
大地震と火災を逃れたこのビルを、アドビは使い始める前に改装した。長年、サンフランシスコの産業や人々の生活を支えてきたオフィスビルを、現代のより高い生産性を発揮する内装へと作り替えたのだ。その際、自然光を多く取り込んで多くの壁に残るレンガの暖かみをより強調すること、なるべく大きな空間を取れるようにして開放的な雰囲気を作り出すことに努めた。
その象徴的な場所ともいえるのが、オフィスのエントランスから入ってすぐの、カフェテリアへと抜けるロビースペースだ。ピラミッド型のガラスの天窓の下にはローソファーが配置され、仕事やちょっとした打ち合わせが開かれたり、催し物が開催されたりする、「人々が集まる場所」を形成している。
ちょうどクリスマスの休暇直前だった取材日には、休暇前まで続くブックフェアが開催されており、毎日書店から日替わりで本が展示・販売されていた。ランチのついでに足を止めて休暇中に読む本を品定めする社員の姿に、空間作りの妙を感じることができた。
アドビのオフィス内には、数々のクリエイティブ作品が展示されていたのも印象的だった。エントランスには操作可能なデジタルサイネージが並び、エレベーターのドアも、シーズンごとにアドビのクリエイター向けSNS、ビーハンスの作品が掲示される。また、社内の吹き抜けには立体的なアートワークや、アドビのソフトウェアで使われているツールアイコンで描かれた、イラストレータの起動画面でおなじみだったビーナスも飾られている。
オフィスの中で、クリエイティビティの結果としてのアウトプットに触れない空間はないというほど、作品がオフィス内に配置されている点は、創造力を刺激する工夫であり、アドビらしさでもある。クリエイターを支援するツールを作るなら、自分たちがクリエイティブでいなければ。そんな強い意志を感じることができた。
Cafeteria
1階のロビーを直進すると、広々としたカフェテリアがある。毎日5つのジャンルの料理が楽しめる。屋内でも外の日差しを楽しめるが、テラス席で風を感じながらの食事も気持ちが良さそうだ。
カフェテリアの天井にはアート作品が展示されている。その下のボックスシートには、ディスプレイが用意されており、デバイスを接続して画面を見ながらのランチミーティングも可能だ。
Passage
イラストレータの起動画面を長年飾っていたビーナス。アドビのアプリのツールアイコンで構成されている。制作過程はビーハンスでも公開されている。
「BUILD IT」と書かれた立体のオブジェ作品。よく見ると、アドビのソフトウェアの中に出てくるツールやスライダ、ボタン、ベジェ曲線などによって構成されていることがわかる。
働き方の変革を進める
アドビは、2012年から、それまで複数をセットにして買い切りで販売してきたソフトウェアを、段階的に購読型へと切り替えていった。変化の早い時代にクリエイターを支援するには、ツールのアップデートを1~2年も待たせてはならない。そんな大変革を、3年かけて行ってきた。
世界中に散らばる開発チームは、ユーザとの対話に基づいて、より迅速に新機能を追加し、不具合を取り除き、新たな創作に備える道具へと進化させ続けている。素早い製品の更新はアジャイル開発によるもので、クリエイティブにもチームやコラボレーションがより重要となっていることが感じ取れる。一人で籠もるタイプのクリエイティブから脱却しよう、というわけだ。
そこでアドビは、旧来のブース型のオフィスデザインから、仕切りを廃したオープンなオフィスへと刷新を行っている。隣の席の人と膝をつき合わせて話す、あるいはスタンディングデスク越しに会話を交わす。
コミュニケーションをしながらクリエイティブを引き出す、そんな新しいオフィスでの働き方は、クリエイティブツールで生み出したコンテンツを、マーケティングツールで広めるという、アドビブランドのクラウド製品を体現しているようにも映る。
Office
リノベーションされたオフィスは、極力外光を取り入れようと工夫がなされていた。光を浴びながらリラックスできるスペースは、ちょっとしたミーティングや1人での作業に人気のあるスポットとなっている。
オフィス内に配置されているテックカフェ。パソコンの不調やソフトウェアの問題などをすぐに直してくれる、社内ジーニアスバーのような場所だ。
オフィスエントランスにある、操作可能なアート作品。手前にあるタブレットを操作すると、アドビのロゴや各アプリのアイコン、絵文字などを表示することができる。