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「ほんの少しだけ幸せに、いい意味で」

著者: 宮田人司

「ほんの少しだけ幸せに、いい意味で」

©Kempf EK CC BY-SA3.0

7年ぶりにアイツはやってきた。もうこの世は終わるんだな、と思った。

その日は朝から過密スケジュールだった。9時からの会議を終え、10時からのスカイプ会議のあと、新幹線で東京へ向かい、霞が関の某省庁での会議に出席し、最終の新幹線で金沢に戻る予定。ところが、だ。スカイプが始まる直前に、背中の右側のあたりが少し痛くなってきた。私は腰痛持ちだし、昨夜ヘンな寝方をしたかな?ぐらいに思っていた。

ミーティングが始まってしばらくすると、今度は下腹部のあたりに鈍痛を覚えるようになった。あれ? 今朝ウンコしたっけな?と数時間前の記憶を辿る。この痛みの連鎖、何か遠い記憶にあるものだったが思い出せない。しかし、当たり前だが会議は真剣な話が続いており、ウンコのことなど考えている場合ではなかった。

会議も中盤に差しかかった頃、今度は陰嚢が、右側の陰嚢に激痛が走った。ここで記憶が一気に蘇った。

「尿管結石だ」

患ったことがある方なら思い出したくもない痛みの記憶だろうが、わからない方にはせめてその痛みを言葉尻から理解してもらいたい。キ◯タマの根元を20キロクラスの小型の悪魔が両手でギュッと握りしめてぶら下がって「ケケケ」と笑っている感じである。そしてその痛みはずっと続くのだ。女性には説明し辛いし、発症率は極端に低いらしいので説明は割愛するが、私が最初に発症したのは15年ほど前のクリスマスイブの日だった。そのときは、痛みのあまり蟹みたいに泡を吹いて救急車で運ばれた。

とにかくだ。理由がわかった以上こうしてはいられない。とてもじゃないが新幹線なんかに乗ったら即死する。新幹線を止めてニュースになるのはゴメンだからまだ余力があるうちにキャンセルし、スタッフに頼んで東京での会議には出席不可能である旨を連絡してもらった。スカイプ会議も中途に、私は病院に向かうことにした。近所の泌尿器科を探し、自分で車を運転して行こうと思ってエンジンをかけたものの、ここで前回の記憶がフラッシュバック。いかん、もしモルヒネなんか射たれた日には廃人のようになり、車を運転して帰るどころではない。すぐに車を降り、スタッフに病院まで送ってもらうことにした。しかし、助手席に乗せてもらい痛みを堪えるも、軽微な段差の振動でさえ響いてくる。前を走る車が黄信号で止まろうものなら、ヌンチャクでフロントガラスを叩き割ってやりたい気分になる。

どうにかこうにか辿りついた病院の受付で深刻な症状を伝える。

「今日は泌尿器科の先生は不在ですから、明日来てください」

こいつはふざけているのか? 明日まで我慢できるなら今日来るかよ。そういえばこの病院は前にも驚愕することをいわれた病院だった。以前もどこか痛くて来たところ、「明後日まで我慢できます?」といわれ、そんなわけねーだろと返すと「だったら痛くなる前に来院してください」とムッとした顔で切り返された。学習能力のない自分を悔やむ。

こんなところにいても仕方がないが、別病院のアテがあるわけでもないしググる気力も残っていない。すると運転してくれていたスタッフが、「知り合いの病院に行きます? 泌尿器科あるけど」とまるで松茸の在り処でも隠していたかのように教えてくれた。内心、なぜ最初にいわない…と思ったものの、ここ数年でもっとも弱気になっている私は「そこで、お願いします」と、か細い声で嘆願した。なにしろ7年ぶりの激痛なのだ。万が一ここで気分を悪くされて車から降ろされたら大変だ。

11時頃に朦朧としながら病院に着く。結構年配の医師に朝からの経緯と症状を話し、おそらく尿管結石である可能性を告げた。ところが、泌尿器科の専門医は午後2時にならないと出勤してこないらしい。もう痛みは限界である。

「モルヒネでもヘロインでも、なんでもいいから注射してください」

いきなりそれは無理だよと諭され、レントゲンの刑をいい渡された。しばらくして診察室に呼ばれ、撮影した写真を見せられると、下腹部には想像以上にデカい影が写っていた。「ほぼ間違いなく結石だね」という診断。だから最初からそういっているだろう。

「4ミリ以下の管の中に、7ミリの尖った石があるからね、そりゃ痛いよね、おまけに高血圧で糖尿のケもあるよ」

なんということだ。腕にアップル・ウォッチなどしている場合ではなかったのだ。帰りに電気屋で、最新式の血圧計と体重計を買って帰った。ほんの少しだけ幸せになった、いい意味で。

【ここだけの話】

本稿締め切り日のリマインドをフェイスブックでお知らせしたまさにその瞬間、「いま尿管結石で緊急入院」と返信が届きました。ベッドで痛みに悶絶する最中でもiPhoneを手放さないワーカホリックぶりには脱帽です。さて、長らくご愛顧いただきました宮田氏の連載ですが、次号がラストランになります。

宮田人司(みやた・ひとし)

Creative Director。ミュージシャンでありソフトウェアから映像作品などのフィールドで活躍する46歳。一般社団法人GEUDA代表。動物大好き。