書籍を購入する際、電子書籍にするか紙の本にするか迷う場面が増えた。紙の本を選ぶ理由としては、物理的なデザインが詰まっている書籍の装丁を、アイテムとして所持しておきたいという欲求がほとんどだ。
一方で電子書籍のメリットは、いくつも思いつく。まず場所を取らないこと。何冊購入しても、物理的なスペースはゼロだ。データはクラウド上にあるので、いつでも好きな端末で読める。そして、検索ができること。これはデジタルとアナログを分ける、重要な要素だ。保管場所の確保やいつでも読める体制作りは、紙の本でも努力次第で実現できるが、検索については限度がある。
物語などは、むしろ印象や記憶に頼って読み返すことも楽しみのひとつなので気にならないが、実用書や学術書などでは、キーワード検索したい場面はよくある。
書籍は、まさにデジタルとアナログを行き来しているジャンルなので、アナログの本を読んでいる際に「検索したい」とデジタルの欲求が生まれても不思議ではない。しかし気がつくと、生活の中のデジタル的でない場面でも、「検索したい」という思うことがあるのだ。
たとえば、はじめて訪れたスーパーで探している商品がどこにあるのか知りたいとき。店員に聞けばいいのだが、それよりも先に「店舗内を検索したいのにできない」という考えが、一瞬頭をよぎる。
いくら何でもデジタル脳が過ぎるとは思うが、長年アナログだったものがいつの間にかデジタル化していることが頻発し、境目が曖昧になっている影響もある。
早くに課題に気がついていた大型書店などでは、かなり以前から書籍の検察端末が店内に導入されていた。ずっと車の中だけだったGPSにつながる地図も、今や高精細な情報を備えた状態で手元のスマホにある。コンビニや駅はもちろん、たとえば郵便ポストの位置すら検索すれば場所がわかる。多様なネットサービスを組み合わせれば、もっと細やかな検索も可能だ。ちなみに先のスーパーだって、ネットスーパーを備えた店舗であれば、その場でWEBを検索することで店頭にありそうなラインナップは確認できる。
これは、目の前の物理的な情報から目を離し、端末からデータベースを覗いて確認し、物理世界に戻ってくるという作業だ。そのフローを支えるグーグルマップなどの定番デジタルツールは、技術やインフラの発展とともに便利な世界をゆっくりと構築してきた。もはやフローとしての致命的なエラーが出ることも少なく、生活の中でのPCやスマホの稼働率をかなり高めてきた。要するに、モニター内のバーチャルな世界を生きる時間が長くなっているのだ。
デジタルの常識で生きている時間が長くなれば、アナログ作業中に「検索したい」というデジタル特有の欲求は、さらに湧き上がりやすくなる。それは検索だけではない。現実世界にあるものを「コピペしたい」「デリートしたい」「別名保存したい」と、バリエーションは多様だ。
もはやiPhoneがあれば、屋外の看板に書いてある文字でさえコピー&ペーストできる。これはデジタルとアナログの境界を曖昧にし、両者を行き来する重要な機能といえる。しかし、実際のアナログな世界はデジタルの作法とは異なり、一歩踏み出せば後戻りできない場所だ。何かやらかしたあとで「アンドゥしたい」と思っても不可逆で、致命的なエラーが発生したら取り返しはつかない。発言も行動も、世に放てば取り消せないのだ。そんなことはわかっているのに、油断するとデジタル脳があふれ出てきて、いつの間にか紙の書籍に興味を失ってしまうのではないかと、ときどき不安になる。
写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)
編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。