今年のAI分野の大きなトレンドの一つに「AIエージェント」が挙げられます。
現在、AIエージェントの導入は、主に業務オートメーションやソフトウェア開発支援、医療や金融といったビジネス用途や専門分野が中心です。一般ユーザ向けの普及はまだこれからという段階ですが、その先駆けになると目されているのが「AIブラウザ」です。
次世代の覇権はどこに? AIが変えるブラウザの勢力図
独占禁止法訴訟でGoogleの事業分割が議論される中、AIスタートアップPerplexityが345億ドル(約5兆円)でChrome買収を提案していることが明らかになり、大きなニュースとなりました。
これは、AI検索の時代においても、ブラウザが「インターネットの入口」として重要な地位を維持し続けることを示唆する出来事と言えるでしょう。
ChromeやMicrosoft Edge、Operaなど、多様なブラウザがAI機能の導入を進める一方で、Appleの「Safari」のApple Intelligence機能はページ要約にとどまっています。
そうした中、Appleユーザの注目を集める新ブラウザが登場しました。米ニューヨークを拠点とするThe Browser Companyの「Dia」です。


「Arc」の成功と失敗を活かし、AIを中心に再設計したブラウザ「Dia」を開発
Diaという名前をはじめて聞いた方も多いかもしれません。
開発会社のThe Browser Companyは、2022年に「Arc」というブラウザをリリースしています。これは、ある種OSのように進化した現代のWebに合わせ、UI/UX(ユーザインターフェイス/ユーザ体験)をゼロから再構築した意欲作でした。
しかし、新しい技術やデザインに関心を持つユーザから熱烈な支持を得たものの、その斬新な操作性は習得のハードルが高く、一般への普及は進みませんでした。


そこでThe Browser Companyは、Arcで培った知見を活かし、AIを中心に再設計した新しいブラウザの開発に乗り出しました。それがDiaです。
Arcは最終的にWindows版もリリースされましたが、同社は主にApple製品向けに開発を行っており、Diaは「Macユーザが試せる、AI時代にゼロから設計されたブラウザ」となっています。
もう検索しない? AIが能動的に情報収集を助ける時代へ
基本的に、AIブラウザはAIチャットボットが統合されたブラウザです。Diaでは、ホーム画面や新規タブ、アドレスバー、サイドバーなど、さまざまな場所からAIアシスタントを利用できます。

従来のブラウザでは、検索ボックスにユーザが検索キーワードを入力し、結果から必要な情報を自分で探し出す「受動的」な利用が一般的でした。
それがAIブラウザでは、AIアシスタントがユーザの探しているものや求めていることを理解し、「能動的」に支援してくれます。そして、まだ限定的ではあるものの、ブラウザのAIアシスタントはWebを横断的に扱える汎用型エージェントとしての潜在力を秘めています。
具体的に、普段ブラウザを使っていて、以下のような経験はないでしょうか?
現在のWebブラウザが抱える課題の一例
・検索すると広告やSEO狙いの記事が上位に並び、欲しい情報になかなかたどり着けない。
・検索結果のページを開いてみたら、情報が古かった。
・Web記事を理解するために専門用語や背景知識を調べる必要があり、複数のタブを開いて行き来している。
・効率よく調べるには、検索演算子や適切なキーワード選定が必要。
・調査、翻訳、要約、文章作成などを、別々のサービスやアプリで行う必要がある。
これらはほんの一例ですが、Diaはこうした情報処理の負荷を軽減し、作業を効率化する手助けをしてくれます。
複数サイトの比較も一瞬。Diaの具体的な活用シーンとは
たとえば、iPadのセルラーモデルとWi-Fiモデルのどちらが自分に合っているか迷ったとき。従来ならAppleの製品ページを読み、複数のキーワードで検索して記事やレビュー動画をチェックし、2つのモデルの違いやそれぞれの長所・短所などを自分でまとめる必要がありました。
Diaでは、「iPad ProはセルラーモデルとWi-Fiモデルのどちらがおすすめ?」と尋ねるだけで、必要な情報をわかりやすくまとめて提供してくれます。さらに、Diaがユーザの利用状況を学習していれば、よりあなたに合った回答を提案してくれるでしょう。

閲覧中のページに不明な点があれば、わざわざ新しいタブで検索する必要はありません。「eSIMのみになって、SIMカードスロットがなくなって困ることは?」のように、その場でAIに質問できます。
さらにDiaは、閲覧中のタブだけではなく、開いている複数のタブを情報処理の対象にできます。


定型作業を自動化。Diaを自分だけのAIアシスタントに育てる
DiaのAI機能はOpenAIの大規模言語モデルを使用しており、高度なタスクも自然言語によるプロンプトで依頼できます。標準機能として、文書作成やコーディングの支援に特化したAIモードを備えており、チャットで「/write」や「/code」と入力するだけで切り替えることが可能です。
こうした呼び出し可能なAI機能は「Skill(スキル)」と呼ばれていて、ユーザが作成したプロンプトもスキルとして登録できます。
たとえば、「作成中のメッセージについて、送信後に後悔する可能性を判断し、その理由を説明してください。作成中のメッセージは、 内にあるテキストです」というプロンプトを使うと、書いている文章の選択部分の表現が失礼にあたらないかチェックしてくれます。
これを「will-i-regret」というショートカットで登録。すると、次回からは「/will-i-regret」と入力するだけで同じリクエストを行えます。

“スキル”を共有。Diaは、ユーザコミュニティの力でさらに便利に
どのようなスキルを利用するかで、Diaで「できること」の範囲は大きく変わります。しかし、はじめてChatGPTを使う人が空白の入力ボックスを前に戸惑うように、カスタムスキルも最初は使い方のイメージが湧きにくく、試行錯誤の時間が必要となります。
そこで、The Browser Companyはユーザが作成したSkillを紹介・共有できるギャラリーを用意しています。
「文章をZ世代語に変換」といったユニークなものから、「GitHubのプルリクエストからリリースノートを生成する」といった専門的なものまで、幅広いプロンプトの活用法を学び、自分のブラウジングにとり入れられます。

AIブラウザの普及に立ちはだかる収益化の壁。Diaの柱は有料サブスクの見込み
ブラウザは単なる閲覧ツールを超えた存在へと進化しています。Diaは、情報収集と分析が日常業務の中心となるナレッジワーカーにとって特に有効なブラウザですが、それ以外のユーザにとっても、自然言語での対話を通じて直感的にAIを活用できる設計は大きな魅力です。
一度その便利さを体験すれば、従来のブラウザには戻れなくなるかもしれません(私はそうでした)。
ただし、この新しい情報収集ツールの普及には、避けて通れない「収益モデル」という課題があります。生成AIの進歩は目覚ましく、その可能性は日々拡大していますが、その裏では計算処理にかかるコストも急増しているのが現実です。
The Browser Companyは、限定ベータとしてDiaをリリースしてから2カ月後に、「Dia Pro」という有料プランを開始しました。月額20ドルでAIチャット機能を無制限で利用できます。
正式版のサービス体系はまだ明らかにされていませんが、同社は有料サブスクリプションを収益の柱に据える方針を示しています。無料プラン、月額数ドルの基本プランから高度なAIモデルを活用できる数十ドルのプレミアムプランまで、ユーザのニーズに応じた選択肢を提供する考えです。

「ブラウザは無料」の終焉か? 広告収入に依存する従来パターンが破綻する未来
ChatGPTの有料プラン契約者の伸びを見ると、消費者は生成AIツールへの支出に必ずしも否定的ではないことがわかります。しかし、ブラウザはその登場から数十年にわたって「無料で使えるツール」であり続けました。この常識を覆し、有料化を受け入れてもらうには高いハードルがありそうです。
この課題はDiaだけが直面するものではありません。AI活用の効果を最大化するには、ユーザの行動や嗜好に合わせたパーソナライズが不可欠となり、プライバシー保護の重要性がますます高まります。
従来のWeb検索以上に、個人情報の取り扱いに対するユーザの懸念は強くなるでしょう。
広告収入に依存した従来の無料モデルでは、こうしたプライバシーの問題を完全に解決するのは困難です。安全で信頼性の高いAI体験を提供するためには、ユーザ課金という選択肢は避けられない道なのかもしれません。
Apple Intelligenceへの期待と課題。新たなデジタル格差の懸念も
Macユーザとしては、Apple Intelligenceが将来的にDiaのようなAIブラウジング機能を提供してくれることに期待したいところです。
ただ、生成AIの処理コストはAppleにとっても大きな課題であることに違いはありません。Apple Intelligenceがより実用的になる将来、高度な機能が有料提供になる可能性は否定できません。
AIブラウザの登場は、ブラウザが単にWebページを表示する「窓」から、ユーザの思考を助ける「知的パートナー」へと役割を変える大きな転換点です。しかし、この高度なAI体験を支えるコストは、「ブラウザ=無料」という数十年来の常識と正面から衝突します。
無料のネットは今後も存続するでしょうが、その一方で「AI活用にいくら支払うか」という問いから、情報処理力の差という新たな「デジタル格差」が生じる可能性があります。
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