iPod shuffleの「シャッフル」という言葉の魔術。これこそが新しい音楽の聴き方だ
2001年に誕生し、Appleのビジネスにそれまでとは異なる可能性をもたらしたデジタル音楽プレーヤのiPodは、より小型のiPod miniや、写真表示が可能なiPod photoなどをバリエーションに加えて成長を続けた。しかし、依然として価格の点で手が出ないユーザも多く存在し、そうした層に対してアピールできるエントリーモデルの登場が渇望された。
ところが、ディスプレイやマイクロハードドライブ(当時のストレージはSSDではなく可動部を持つハードドライブだった)を内蔵する限り、本体のサイズも価格も、ある一定レベル以下には下げられない。実際に、当時のシリーズ中でもっとも安価なiPod miniでも2万6800円だった。
そこでAppleが開発したのが、画面を持たずストレージをフラッシュメモリにすることで、価格を1万980円に抑えたiPod shuffleだった。画面がないので、楽曲リストなどを表示して聴きたい曲を選ぶことはできない。そのため、この製品は転送された曲を順番に再生するか、ランダムに再生するモードしか持っていなかった。
しかし、Appleは、製品名にもなった「シャッフルプレイ」という言葉を使い、これこそが新しい音楽の聴き方だとアピールすることに成功。“Enjoy uncertainty”(不確かさを楽しめ)、“Life is random”(人生はランダムだ)というコピーと相まって、爆発的な人気を博した。
iPod shuffleの“板ガム”を思わせるサイズと形
iPod shuffleには、ユーザが用意したプレイリストを転送することもできたが、音楽ライブラリの中から任意に選択された楽曲を内蔵メモリいっぱいになるまでコピーする、オートフィルと呼ばれる機能も用意された。つまり、楽曲転送の時点からシャッフルできる仕組みになっていたのだ。
全体形は、標準的なiPodがシガレットパックをイメージしたものであったのに対して、iPod shuffleは板ガムを思わせる。どちらも身近にあるオブジェクトを想起させることで、はじめて見た人にも親しみを抱かせるものとなっている。
また、本体下部のキャップを外すとUSB端子が出現し、ケーブルを使わずにコンピュータに直挿しできるため、気軽に利用できる点もiPod shuffleならではの特徴だった。この特徴を活かして、USBメモリとして利用できるモードも用意され、iTunesの設定画面を使って、内蔵メモリを音楽データの領域と一般データの領域に分けて管理することを可能としていた。
機能面では、機械的な稼働部分を持つハードドライブの代わりに、振動や衝撃の影響を受けないフラッシュメモリを採用したため、ジョギングなどの運動中に利用するのに向いていることから、既存のiPodユーザのサブプレーヤとして購入されるケースも少なからず見られた。さらに、22gという軽さから、そのままヘッドフォンに取り付けて、ケーブルに煩わされないようにするユーザも現れるなど、工夫次第でいろいろな使い方ができる音楽再生コア的な存在でもあった。iPod Shuffleは、コストダウンのために生じた弱点を強みに変え、消費者の意識をスイッチすることでヒットにつなげた商品だったのである。
※この記事は『Mac Fan』2021年8月号に掲載されたものです。
おすすめの記事
著者プロフィール

大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。