初代iPod nanoに与えられた“重要な役割”
米国現地時間の9月7日、故スティーブ・ジョブズは、数あるAppleの新製品発表の中でも、秀逸さにおいて個人的ベスト5に入る演出(順位は付け難いが、ほかの4つは、初代Macintosh、初代iMac、初代MacBook Air、初代iPhone)で、初代iPod nanoを披露した。
その後、さらに小型化したiPod miniは、2005年夏までの時点でiPod史上もっとも売れたモデルとなった。初代iPod nanoには、その人気製品を置き換えるという重要な役割が与えられていたのだ。
ジョブズは、初代iPodのお披露目のときに“1000 songs in your pocket(ポケットに1000曲)”のキャッチフレーズによってコンパクトさと容量の大きさをアピールし、発表会の席上でジーンズのフロントポケットに仕舞い込むことで、それを印象付けた。
iPod nanoを“コインポケット”から出すキラー演出
ジョブズは、ステージ上でまずiPod nanoという製品名を明らかにしたので、聴衆は、この新製品がiPod miniよりも小さくなることに期待した。しかし、ジョブズは、プレゼンテーション画面にジーンズのフロントポケット部分の写真を映し出している。そして、自分のジーンズのフロントポケットをライブカメラで映し出し、「このポケットは伝統的にiPodを入れるためにある」といいながら手を突っ込むのだが、そこからは何も出てこない。
続いて彼は、本来、小銭などを入れるコインポケットを指差し、とぼけた声で「こっちのポケットが何のためのものか、知ってる人?」といって会場を見回す。あちこちから笑い声が起こる中、ジョブズは「私もずっと何のためにあるのか知らなかったんだけど、今、ようやくわかったよ」といって、そこからiPod nanoを取り出し、大きな拍手に包まれたのだった。
iPodのフラッシュメモリ供給契約の秘密。さらなる飛躍への“踏み台”だった
iPod nanoの小ささ、薄さは、内蔵ストレージをハードディスクからフラッシュメモリに置き換えたことで実現されたものだ。しかし、単に小さく薄いiPodであるという以外に、将来の製品開発に向けた布石でもあった。それは、同じ年の11月にAppleが、業界を驚かせる発表を行ったことから、徐々に明らかとなっていく。何と、ハイニックス(現SKハイニックス)、インテル、マイクロン、サムスン電子、東芝の各社と、2010年までNANDフラッシュメモリの長期供給を受けることについて合意し、計12億5000万ドルを前払いするというのだ。
表向きは、爆発的な人気を博しているiPod(nano)のためという名目だったが、このような好条件を出されて、拒める半導体メーカーはない。Appleは、この取引によって他社がiPodのライバル製品を出そうにも、思うようにメモリを入手できず、できたとしても高い納品価格に甘んじざるを得ない状況を作り出すことに成功し、iPodシリーズはさらなる独走状態となった。
しかし、それからわずか2年後の2007年に初代iPhoneが発表されたことを考えると、先述のフラッシュメモリの大量確保がiPodのためというのはカモフラージュに過ぎなかったと理解できる。ジョブズは、iPod人気をさらなる飛躍への踏み台とし、大胆極まりない賭けに出て、成功を勝ち取ったのである。
※この記事は『Mac Fan』2021年3月に掲載されたものです。
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著者プロフィール

大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。