「Snapdragon 8 Elite」はiPhoneへの脅威となるか?
Qualcommは2022年11月、同社独自設計の高性能CPU「Snapdragon Oryon」を発表、翌年10月にはそのOryonを採用したPC向けSoC「Snapdragon X Elite」をリリースした。
今年5月には同SoCを搭載したARM版Windows PCが各社からリリースされ、「Copilot+ PC」として新しいAIパソコン時代の到来を告げたことは記憶に新しい。
そして10月22日からハワイで開催された「Snapdragon Summit」で、QualcommはOryonをCPUに搭載した新しいSoC「Snapdragon 8 Elite」を世に放った。その「8」の数字が示すとおり、プレミアムスマートフォンへの搭載を目的に開発されたSoCだ。
Copilot+ PCでAppleシリコンに匹敵する性能を世界に見せつけたQualcommの「Snapdragon Oryon CPU」が、ついにスマートフォンの世界にもたらされたのである。
MacとWindows PCはある程度の棲み分けが進んでおり、両者が直接市場でぶつかることは少ない。なぜならPC向けSoCである「Snapdragon X」シリーズの直接のライバルは、同じWindows PC市場を席巻するIntelやAMDのプロセッサだからだ。
しかし「Snapdragon 8 Elite」は世界中に普及するAndroidスマートフォン、それもプレミアムモデル向けの高性能SoC、つまりiPhoneの直接のライバルとなるスマートフォン向けのSoCである。
iPhoneは今まで、その極めて高い処理性能でライバルを圧倒してきた。とくにAppleシリコンに搭載された高性能CPUコアのIPC(クロックあたりの性能)が飛び抜けて高く、かつエネルギー効率に優れている点が大きなアドバンテージとなっていた。
しかし「Snapdragon 8 Elite」は、そのAppleシリコンのアドバンテージに正面から挑む性能を持ったCPUコア「Oryon」を搭載したSoCなのである。
iPadシリーズも脅かすほどの高性能
「Snapdragon 8 Elite」に搭載されたCPUコアは「第2世代Snapdragon Oryon」と呼ばれ、Snapdragon Xシリーズに採用された第1世代Oryonの改良型だ。
Snapdragon XシリーズはTSMCの4nmプロセスノードで製造されていると発表されたが、Snapdragon 8 EliteはA18シリーズやM4と同じTSMCの第2世代3nmプロセスノードで製造されるという。おそらくA18シリーズと同様に、新しいプロセスへの移行によってその性能とエネルギー効率を向上させているものと想定される。
さらにSnapdragon 8 Eliteに搭載される第2世代Oryonはエネルギー効率がさらに高められ、第1世代Oryonと同じ性能を57%低い消費電力で実現する。これにより高効率コアに頼ることなくパワーレンジの異なる2種類のOryonコアのみで、スマートフォンの厳しいバッテリー条件に対応できる省電力性能を実現しているという。
特徴的なのはそのコア構成で、A18シリーズが高性能コア2基+高効率コア4基の計6コア構成であるのに対して、Snapdragon 8 Eliteは同社がプライムコアと呼ぶ高性能コア2基と高効率な高性能コア6基の計8コアで構成される。各コアの性能は現時点では直接比較できないのであくまで予測の範疇だが、全コア稼働時の性能はA18シリーズを大きく凌駕するものと考えられる。
各コアの動作クロックは発表されているので、仮にSnapdragon 8 Eliteの搭載するOryon CPUコアがSnapdragon Xシリーズと同等のIPCを持つと仮定すると、Snapdragon 8 Eliteの総合(マルチコア)性能は実にM2に匹敵する。これはスマートフォン向けSoCとしては驚異的な性能だ。
一方、NPU(AppleシリコンではNeural Engineに相当)は最新の「Hexagon」が採用されており、Snapdragon 8は前モデルであるGen.3の時点ですでに45TOPS(INT4)の性能を持つとされていたが、Eliteでは45%AI性能を改善したという。GPUも同様に、ハードウェアレイトレーシングや物理エンジンをサポートした最先端の「Adreno」を採用する。
またSnapdragon 8 Eliteは、スマートフォンだけでなくプレミアムクラスのタブレットにも充分通用する性能を持っている。AppleのiPadシリーズ、中でもiPad Airや同Proは他社のAndroidタブレットを寄せ付けない圧倒的な性能を誇るが、Snapdragon 8 Eliteはその勢力をも脅かすほどの性能を有している。
Qualcommが広げる次世代SoCの活用領域とAppleへの挑戦
さらにQualcommは優れたCPUであるSnapdragon Oryonを、ほかのカテゴリ向けのSoCにも展開する。今回Snapdragon 8 Eliteとともに発表されたのは、SDV(Software Defined Vehicle)向けのSoC、「Snapdragon Cockpit Elite」と「Snapdragon Ride Elite」の2種類。
「Snapdragon Cockpit Elite」は乗用車などのデジタルコックピット向けSoCで、4Kディスプレイを含む最大12台のディスプレイを制御できる。「Snapdragon Ride Elite」は運転支援向けSoCで、ADAS(先進運転支援システム)や最大レベル4の自動運転に対応するという。
またQualcommは空間コンピューティング向けのSoC「Snapdragon XR2」シリーズをラインナップしており、今後こちらにもOryonを導入するものと考えられる。Snapdragon XR2シリーズにSnapdragon 8 EliteクラスのCPU性能が加われば、Apple Vision Proに匹敵する処理能力を獲得できるからだ。
このようにOryonの圧倒的なパワーを得たSnapdragon Eliteプラットフォームはその勢力を着実かつ急速に拡大し、さまざまな方向からじわじわとAppleのビジネス領域に接近しつつある。これに対して今後Appleはどのようにその脅威を迎え撃つのか、興味が尽きないところだ。