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ジョブズ流のAppleへの“逆襲”か? NeXT ADBキーボードで示したデザイン哲学

著者: 大谷和利

ジョブズ流のAppleへの“逆襲”か? NeXT ADBキーボードで示したデザイン哲学

※この記事は『Mac Fan』2019年4月号に掲載されたものです。

NeXTが高等教育市場向けにコンピュータを開発した理由

1985年、Appleを追い出された故スティーブ・ジョブズは、高等教育市場向けのコンピュータシステムの開発と販売を手がけるNeXTを設立した。高等教育市場向けとしたのは、Appleを出るにあたって交わした取り決めによって、同社と競合する製品を開発する会社の起業を制限されたためだった。そこでジョブズは、ノーベル化学賞受賞者のポール・バーグからの要望をヒントに、大学や研究施設をターゲットとするコンピュータ製品を手がけることにし、Macintosh以上に簡単に使えるワークステーションの開発を目指したのだ。

しかし、実際にプロトタイプの公開に漕ぎ着けたのは1988年のことであり、出荷は1989年にずれ込んだ。ところが、開発の遅れを指摘されたジョブズは意に介さず、製品自体は5年も先を行っているとうそぶいた。

初期のNeXTコンピュータは、販売先が高等教育機関に限定されていたうえ、基本価格が6500ドルと高価だったため、僕自身も実物を目にしたのは、後にキヤノンがNeXTに投資して日本で大々的な発表会を開いたときのことだった。日を改めてホテルオークラでジョブズのインタビューも行い、このときに初めて彼と直接会話したのだが、意外なほど上機嫌だったことを覚えている。

ジョブズが古巣・Appleに示した「キーボードかくあるべし」というメッセージ

自分が去ったあとのAppleがMacのキーボードにファンクションキーを加えたことを批判していたジョブズは、NeXTの純正キーボードにもファンクションキーを設けなかった。さらに、Mac的なCommandキーとWindows的なAlt(=Alternate)キーは両方備え、ShiftキーがCapsLockキーを兼ねるなど、ユニークな特徴を持っていた。

あるとき、スタンフォードの学生からApple製キーボードにサインを頼まれたジョブズは、愛車のキーでファンクションキーをすべて取り外してからサインし、「一度にキーボード1台ずつ、世界を変えていく」(「一度に1人ずつ、世界を変えていく」のもじり)といったそうだが、まさに、それを地で行く製品開発だったのだ。

初代のNeXTキーボードとマウスはMacとは互換性がなかったが、1992年のモデルチェンジでデザインを一新するとともにADB化され、Macでも使えるようになった。そして、その新キーボードは、同じく(Apple Desktop Bus)フロッグデザインが手がけたApple II GSキーボードを拡大したようなフォルムを持ち、ブラックを基調にグリーンの電源ボタンを配したスタイリッシュなものだった。また、マウスも初代の直方体に近い形から、半球と傾斜したボタンを組み合わせた、より個性的な外観へと変化した。

CapsLockはShiftキーから独立したキーとなる一方、スペースバーの左右には大きめのHelpキーが設けられ、手前のベゼルの一部がCommandキーとして機能する大胆なアイデアが加えられた。

僕は、Apple II GSキーボードと同様に、NeXT ADBキーボードとマウスも入手し、Macにつないで利用したが、少し幅が広すぎる以外は打鍵感や使い勝手も良好だった。ジョブズがあえてADB版のキーボードを開発させた真意は不明だが、当時のAppleに対して「キーボードはかくあるべし」という自身のメッセージを、製品を通じて伝えようとしたのかもしれない。それは、彼のささやかな逆襲だったのではと思うのだ。

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著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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