iPhoneのインド生産が本格化している。iPhone 15の発売時点で、インド製iPhoneが欧州と中国に出荷された。しかし、数々の問題が生じ、Appleは生産機能の多くを中国に戻す決断をしている。一体、インドで何が起きていたのだろうか。
「インド産iPhone」に対する根も葉もないデマ
iPhoneが中国で生産されていることは、一般によく知られた事実だろう。しかし、2023年発売のiPhone 15からはインド製のiPhoneが中国と欧州で発売され、セールスにも大きな影響を与えた。全体の7%ほどがインド製だと言われている。
中国市場ではインド産iPhoneを避ける人が多く返品が相次ぎ、2024年のQ1では、中国市場の出荷シェアが前年比19.1%減という悪夢のような状況になった。Appleは今年5月、中国でのiPhone 15シリーズの販売価格を1400元(約2.8万円)から2250元(約4.5万円)値下げすることで対処したが、Counterpointの調査によると、2024年のQ2でも前年比5.7%減と依然として苦戦しているのが実情だ。
中国のSNSでは、「インドのFoxconnで製造されたiPhoneの合格品率は50%以下」という根も葉もない話が拡散され、それをメディアが報道する事態になった。また、「欧州でインド産iPhoneから基準値を超える大腸菌が検出された」というデマまで拡散されている。
一歩後退せざるを得なかったAppleの「インド戦略」
Foxconnを運営する台湾の鴻海精密工業の劉揚偉会長は、台湾メディアからの質問に答える形で、こういった話を否定せざるを得なくなった。「インドと中国での製造に大きな違いはありません。いろいろ言われていることの多くは事実ではありません。もし、歩留率が50%であれば、もっと早く撤退しています。私たち鴻海が撤退を考えるだけでなく、クライアント(Apple)からも撤退しろと迫られるでしょう」。
少し考えてみればわかることだが、多くの生産工場ではまずテスト生産を行う。そして、歩留率が90から95%程度になるまで製造工程の課題を徹底して洗い出す。また大腸菌の話にいたっては、なぜそんな検査をわざわざしたのかが疑問だ。つまり根拠はなく、「インド製iPhoneなんか怖くて使いたくない」という偏見なのだ。
しかし、iPhoneが売れないというのは事実である。ティム・クックCEOは中国に飛び、サプライチェーンの再編成を行った。iPhoneの製造は、中国のFoxconnとLUXSHARE-ICTが中心となり、EVで有名なBYDがProシリーズを製造する。インドでもFoxconnとタタ・エレクトロニクスが製造するが、iPhone 16は輸出をせず、インド国内にのみ出荷されるようだ。Appleのインド生産計画は、一歩後退することになった。
Appleが重要視するインドを含むアジア市場
そもそもなぜ、AppleはインドでiPhoneを生産しようとしているのか。最大の理由は、インド市場が重要だからだ。Appleの市場別売上高の構成比を見ると、北南米と欧州は安定しているが、中国市場の2024年は減少する可能性がある。その中で重要になるのが、インドを含むアジア市場だ。人口14億人のインドは経済成長が始まっており、今後の大きな成長が予想できる。2023年4月には、ムンバイとニューデリーにApple Storeもオープンさせた。
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ところが、インドは通信機器に高い輸入関税をかけている。今年7月に15%程度に調整したが、それまでは20%前後だった。中国で生産したiPhoneをインドに輸入すると、輸入関税の分割高になってしまうのだ。
iPhone 16のインド現地価格を9月10日の為替レートでドル換算して米国価格と比べると、iPhone 16では1.19倍、iPhone 16 Proでは1.43倍になる。iPhone 16はインドで現地生産しているため輸入関税がかからないが、iPhone 16 Proは輸入をせざるを得ず関税がかかる。それゆえの差だ(2024年末までに、Proシリーズもインド国内で生産する予定)。
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iPhone生産の“脱中国化”の必要性
また、地政学的リスクを回避するために、脱中国化を考えなければならないという側面もある。中国企業はいつ米国政府の制裁対象となるかわからない。それで生産が滞らないよう、中国企業に頼る比率を減らしていく必要があるのだ。
iPhoneを製造する台湾Foxconnは、2014年にインドに工場を設立したがすでに撤退している。そして2017年にはWistronが、2018年にはFoxconnがインドに工場を作りテスト生産を始めた。この2社は中国でもiPhoneの生産をしているが、台湾企業であることがポイントだ。
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しかし、Wistronの工場は2021年に大規模な暴動が発生するなど、計画は難航した。結局、この工場はインドのタタ・グループに売却されている。iPhone 14から生産は軌道に乗り、インド国内向けの出荷がスタート。iPhone 15では欧州と中国に輸出するまでになった。ところが、中国で思わぬトラブルに見舞われたのである。
iPhoneの「Assembled in India」は“待ち”の状態
インドでは、物流インフラ、エネルギーインフラがまだ整備されていないという問題もあった。首都デリーでは2024年5月29日に52.9度という異常な気温を記録。気象局は、あまりの暑さによって観測機器が故障した可能性を調査しているという。また、普及が始まったエアコンが一斉に使用されたことで、深刻な電力不足を引き起こした。地方政府は、生産工場に対して電力制限令をたびたび発令しているようだ。
つまり、Appleのインドシフトは性急すぎたのだ。インドの環境はまだ成熟としているとは言えない。また、インド製iPhoneを嫌う中国の消費者もまだ成熟をしていない。いずれもまだまだ時間がかかる。インド生産はインド国内向けに限定し、世界各国向けは以前と同じように台湾企業が中国で生産するという体制にいったん戻すことになった。
しかし、Appleは脱中国化を進めざるを得ない。インドの環境が整えば、再びインド生産の比重を高め、各国に輸出をすることになる。いずれ日本でも「Assembled in India」のiPhoneが販売されることになるかもしれない。
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牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。