iPhone 16が発表された。これまで、日本は「iPhoneが世界でもっとも割安な国」だったが、iPhone 16でも同じなのだろうか。本国と同じ9月20日にiPhone 16が発売される国は数十にわたるが、それらの現地通貨価格を発表当日の為替レートでドル換算し、比べてみた。そこから、Appleのさまざまな戦略が見えてきた。
お値段据え置きの新iPhone 16シリーズ
9月10日(日本時間)、iPhone 16シリーズが発表された。うれしいことに、この値上げラッシュの中、すべての機種がiPhone 15からお値段据え置きである。
「iPhoneは日本で購入するのがいちばん割安」という話を耳にしたことがあるかもしれない。これは、発表時の為替レートでドル換算すると、日本の販売価格がもっとも割安になるということだ。実際、2022年のiPhone 14では、日本価格は米国価格の1.05倍になっている。しかし、米国は税抜き価格表示であり、日本は税込み価格表示であるため、実際に支払う額は日本のほうが小さい。米国の売上税率は州ごとに異なるため、税抜き価格表示になっているのだ(売上税がないオレゴン州などで購入するという裏技もある)。
日本はまだ、iPhoneがお買い得な国?
この「iPhoneがいちばんお買い得な国、日本」の勲章は、iPhone 16でも与えられているのだろうか。検証してみた。手法は単純だ。Apple Storeで一次発売国(本国と同時に新型iPhoneが発売される国)のiPhone価格を調べ、これを9月10日の為替レートでドル換算。そして、米国価格を1として指数化する。
その結果は、表のようになった。プエルトリコ、米国、カナダは税抜表示であり、10%前後の売上税に類する税が加算されるので除外すると、日本は安いほうだが中国に抜かれたようだ。中国は、iPhone 16が世界一お買い得な国となった(しかし、iPhone 16 PlusとiPhone 16 Proは日本のほうが安い)。
国名 | iPhone 16 | iPhone 16 Plus | iPhone 16 Pro | iPhone 16 Pro Max |
---|---|---|---|---|
プエルトリコ | 1.000 | 1.000 | 1.000 | 1.000 |
米国 | 1.000 | 1.000 | 1.000 | 1.000 |
カナダ | 1.039 | 1.046 | 1.067 | 1.073 |
中国 | 1.055 | 1.093 | 1.125 | 1.171 |
日本 | 1.090 | 1.085 | 1.116 | 1.105 |
タイ | 1.105 | 1.147 | 1.180 | 1.204 |
香港 | 1.107 | 1.098 | 1.104 | 1.091 |
マレーシア | 1.148 | 1.148 | 1.148 | 1.148 |
アラブ首長国連邦 | 1.159 | 1.151 | 1.173 | 1.159 |
韓国 | 1.163 | 1.117 | 1.154 | 1.178 |
台湾 | 1.164 | 1.138 | 1.149 | 1.164 |
ベトナム | 1.166 | 1.172 | 1.176 | 1.183 |
オーストラリア | 1.167 | 1.186 | 1.201 | 1.195 |
インド | 1.191 | 1.191 | 1.429 | 1.439 |
フィリピン | 1.218 | 1.240 | 1.240 | 1.254 |
ニュージーランド | 1.228 | 1.228 | 1.228 | 1.228 |
シンガポール | 1.241 | 1.188 | 1.222 | 1.209 |
スイス | 1.250 | 1.242 | 1.235 | 1.226 |
メキシコ | 1.257 | 1.284 | 1.306 | 1.298 |
チリ | 1.260 | 1.238 | 1.305 | 1.300 |
ルクセンブルク | 1.289 | 1.323 | 1.307 | 1.311 |
ポーランド | 1.293 | 1.293 | 1.371 | 1.358 |
英国 | 1.299 | 1.299 | 1.299 | 1.299 |
ドイツ | 1.305 | 1.343 | 1.319 | 1.328 |
オーストリア | 1.305 | 1.343 | 1.319 | 1.328 |
スペイン | 1.319 | 1.356 | 1.341 | 1.346 |
チェコ | 1.323 | 1.323 | 1.322 | 1.322 |
ベルギー | 1.333 | 1.368 | 1.352 | 1.356 |
フランス | 1.333 | 1.368 | 1.352 | 1.356 |
オランダ | 1.333 | 1.368 | 1.352 | 1.356 |
アイルランド | 1.346 | 1.380 | 1.363 | 1.365 |
イタリア | 1.346 | 1.380 | 1.363 | 1.365 |
ポルトガル | 1.360 | 1.392 | 1.374 | 1.374 |
フィンランド | 1.374 | 1.404 | 1.385 | 1.383 |
ノルウェー | 1.383 | 1.383 | 1.383 | 1.383 |
スウェーデン | 1.386 | 1.393 | 1.398 | 1.406 |
デンマーク | 1.388 | 1.398 | 1.407 | 1.419 |
ハンガリー | 1.392 | 1.392 | 1.392 | 1.392 |
ブラジル | 1.746 | 1.890 | 1.880 | 1.865 |
トルコ | 2.387 | 2.415 | 2.438 | 2.447 |
中国市場におけるAppleの戦略
中国のiPhoneの価格が安いのは、Appleの戦略的な価格設定によるものだ。2024年のQ1、Appleは中国市場で辛酸を舐めた。iPhone 15の売れ行きが想像以上に悪く、シェアを急速に落とし、前年比19.1%減とAppleが中国市場に参入して以来の下落となったのだ。これはQ2になっても改善せず、Appleは5月に価格改定を行い、iPhone 15の価格を1400元(約2.8万円)に下げた。それでもQ2は前年比5.7%減となった。iPhone 16では元の価格に戻ったが、これで売れ行きが鈍ければ、再び値下げが行われる可能性もある。
中国は、Appleにとって北米、欧州に続く第3の市場だ。その市場が縮小してしまわないよう、今回の価格設定を行っているのではなかろうか。
ちなみに、日本は中国に続く第4の市場だが、じわじわ縮小している。日本価格が割安なのは、この縮小を食い止めたいという狙いがあるのかもしれない。
インドが「割安価格」に傾いた理由
逆に割高な国を見ると、Appleの戦略が見えてくる。近年、Appleが力を入れているインド市場は、iPhone 14は米国の1.26倍、iPhone 14 Proに至っては1.63倍という割高国だった。また、ブラジルも1.85倍と非常に割高だ。
しかしiPhone 16では、インドはiPhone 16が1.19倍、iPhone 16 Proが1.43倍と割安方向に傾いていた。一方ブラジルは、iPhone 16が1.75倍、iPhone 16 Proが1.89倍と割高が続いている。
この2つの国は、スマートフォンなどの通信機器に対して高い輸入関税をかけている。インドは20%(2024年7月に15%に改定)、ブラジルは16%にもなる。これは、スマホメーカーと相手国政府の駆け引きゲームのようなものだ。メーカーはその市場が重要だと思えば、関税を避けるためにその国に製造拠点を作ろうとする。インドとブラジルは、国内にAppleの製造拠点を設けてもらい、雇用を創造し、経済を成長させ、技術水準をあげたいと考えているのだ。
iPhoneのインド生産の行方
実際、iPhoneなどの製造を行っている台湾の鴻海精密工業(フォクスコン)は、2011年にはブラジルに、2014年にはインドに製造拠点を作った。しかし、これは失敗だったようだ。
続く2017年には台湾の「緯創」(ウィストロン)、2018年にはフォクスコンが再びインドに製造拠点を置いている。ウィストロンの工場はタタグループに買収されてしまったが、フォクスコンがインドのタミル・ナードゥ州で、iPhone 14からインド国内向けiPhoneの生産を始めた。これにより、インドにおけるiPhone 16は米国価格の1.19倍まで値段が下がっている。
一方iPhone 16 Proに関しては、まだインドでの生産は行われていない。だから、今もなお1.43倍という割高の価格設定なのだ。しかし、Appleは年内にもインドでのProシリーズの生産を始める予定で、そうなると将来的にはインドでのProシリーズの値下げが行われるかもしれない。
めざとい読者は、トルコのiPhone 16が異常に高額であることにお気づきだろう。米国価格の2.39倍もする。これはトルコリラが急落していることによる影響だ。1年前の2023年9月には1ドル26.9リラだったものが、2024年9月には1ドル34.1リラとなった。おそらくAppleにとっても想定外のリラ安進行だったのだろう。これもどこかで価格調整が入るかもしれない。
「iPhone 16/Plus」と「iPhone 16 Pro/Pro Max」の“価格”比較
もうひとつ面白いのが、標準シリーズ(iPhone 16と16 Plus)とProシリーズ(iPhone 16 Proと16 Pro Max)の価格比較だ。(16 Pro+16 Pro Max)/(16+16 Plus)という計算式で、標準シリーズとProシリーズの乖離率を計算してみた。数字が大きいほど、標準シリーズに比べてProシリーズの価格が割高だということになる。
国名 | 標準とProの乖離率 | 国名 | 標準とProの乖離率 |
---|---|---|---|
スイス | 1.278 | オランダ | 1.297 |
香港 | 1.288 | スペイン | 1.300 |
フィンランド | 1.289 | 台湾 | 1.303 |
ポルトガル | 1.291 | アラブ首長国連邦 | 1.306 |
ドイツ | 1.293 | ベトナム | 1.306 |
オーストリア | 1.293 | スウェーデン | 1.306 |
アイルランド | 1.294 | デンマーク | 1.313 |
イタリア | 1.294 | フィリピン | 1.314 |
ハンガリー | 1.294 | トルコ | 1.317 |
マレーシア | 1.294 | オーストラリア | 1.317 |
チェコ | 1.294 | 日本 | 1.321 |
ニュージーランド | 1.294 | メキシコ | 1.326 |
ノルウェー | 1.294 | 韓国 | 1.327 |
英国 | 1.294 | カナダ | 1.328 |
プエルトリコ | 1.294 | ブラジル | 1.330 |
米国 | 1.294 | チリ | 1.350 |
シンガポール | 1.297 | ポーランド | 1.365 |
ルクセンブルク | 1.297 | タイ | 1.370 |
ベルギー | 1.297 | 中国 | 1.385 |
フランス | 1.297 | インド | 1.559 |
すると、標準シリーズは国内生産できるが、Proシリーズは関税を払って輸入しなければならないインド、台数を販売して市場を維持したい中国などで、Proシリーズが割高となった。一方、この乖離が少ないのがスイスと香港だ。つまりProシリーズが割安ということになる。
スイスと香港はProシリーズがお買い得
この2つの国は輸入関税が撤廃されていることもあり、スイスは国際的なリゾート地、香港はアジア圏の買い物天国になっている。iPhoneは、自分が使うためであれば免税品として母国に持って帰れるため、スイスや香港に遊びに行ったついでにiPhoneを買うという人が一定数いると思われる。そのような人たちはある程度経済的にも余裕があり、Proシリーズを購入する人の割合が多いのかもしれない。
もちろん、Appleは価格設定戦略を緻密に行っており、ひとつの単純な理由で決めているわけではないはずだ。しかし、こうしてて価格を一覧して見るだけでも、Appleが取ろうとしている戦略が見えてくる。ひとつ言えるのは、Appleは世界の隅々にまできめ細かく価格設定をしていることだ。時間があったら、この表を眺めていただきたい。何か、新たな発見があるかもしれない。
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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。