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僕は初代Macの何に感動したのか?/Macintosh 128K

著者: 大谷和利

僕は初代Macの何に感動したのか?/Macintosh 128K

実世界の“当たり前”をコンピュータ内で実現

初代Macintoshの誕生前夜にあたる1970年代後半〜1980年代初頭のコンピュータの話をするのは、中世の生活について語るのと同じくらい隔世の感がある。

たとえば、コンピュータ雑誌にはたいていBASIC言語やアセンブリ言語(コンピュータが実行する機械語を人間にも理解しやすい英単語略記で置き換えたもの)のプログラムが掲載されており、それを、ホビイストが中心だった当時の読者たちは嬉々として自分のマシンに打ち込んだ(個人用ハードディスクなど存在しなかったので、保存媒体はカセットテープやフロッピーディスク)。

かくいう僕も、当時はBASIC言語で記述したお絵描きツールなどの自作記事を書いたりしていた。

その際に、プログラム内で正円を描くコマンドを使っても、画面やプリンタでは楕円として表示・出力されるため、それぞれ補正値を入れるのが常識だった。

ディスプレイの1ピクセルの縦横比が1:1ではないうえ、プリンタのDPI(1インチあたりのドット密度)も縦方向と横方向で異なっていたのだ。

初代Macが登場したときには、もちろん縦型のトールボーイデザインや、マウスやアイコンを利用するGUIにも新たな時代の到来を感じた。

そして、実際に使ってみて、プログラムでもツールによる描画でも正円が正円として出力されることに逆に驚き、Appleがいかに真剣にコンピュータの在り方を考えているかを理解した。ほかのコンピュータメーカーでは問題とも思われずに放置状態だったことが、Macでは当然のように解決されていたからだ。

産業革命が世界の近代化の分水嶺だったように、初代Macはパーソナルコンピュータが中世から近代へと移行する変換点となったのである。

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プログラムを打ち込む時代から優れたアプリで創造する時代へ

米国で2495ドル、日本では59万8000円もした初代Macの頭脳は16ビットCPU(MC68000)で、駆動周波数はわずか8MHzRAMも128KBしかなく、ストレージは400KBの内蔵フロッピーディスクドライブに過ぎなかった。

400KBといえば、今や、iPhone用のちょっとしたアプリですら保存できるかどうか怪しい容量だが、驚くことに当時は、そのフロッピーディスクの中にOS(System1.x)とMacPaintなどのソフトを1、2本収めることができた。

さらに、シングルタスクだったため、別のアプリケーションを使うときには今使っているものを終了し、新たにそれを起動する必要がある一方、電卓などの単機能ソフトを常駐させ、Appleメニューから呼び出せるデスクアクセサリという仕組みも備えていた。

それでも、画面内でペンや消しゴム、スプレーを使うようにして絵が描けるMacPaintや、さまざまなフォントと書式設定用のルーラー(定規)を利用して文書作成ができるMacWriteなどのバンドルソフトは、目から鱗が落ちる思いだった。

僕は、コンピュータにプログラムを打ち込んで使う時代が過去のものとなり、優れたアプリ(ケーション)を使って何かを創造する時代が到来したことを実感し、その環境を広めるべくMacの記事や書籍を執筆するようになっていったのである。

※この記事は『Mac Fan』2017年6月号に掲載されたものです。

著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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