※この記事は『Mac Fan』2017年12月号に掲載されたものです。
商業印刷物並みの印刷ができた初代Macintosh
初代Macintoshはディスプレイこそモノクロ2値、つまり白黒表示しかできなかったが、システム全体として明らかにグラフィカルなコンピュータだった。LaserWriterをつなげば、素人目には商業印刷物並みと感じられるクオリティで印刷できたし、普及型の純正ドットマトリクスプリンタであるImageWriterでも、他社の同種プリンタより高精度な印刷ができた。
ドットマトリクスプリンタは、タイプライターの進化版のような機械であり、活字ハンマーの代わりにコンピュータ制御されるワイヤーの先端をインクリボンに叩きつけて印刷する。
ImageWriterのプリンタヘッドには縦に9本の極細ワイヤーが並び、これが水平方向に移動しながら黒ドットにあたる箇所で飛び出し、インクリボンから紙にインクを転写した。そのため、インクリボンとプリントヘッドを精密に水平移動させながら、プラテンと呼ばれるローラによって用紙を正確に送り出す必要があった。
ところが、アメリカでは1984年の暮れ、日本では1985年になってからだと思うが、プリンタであるImageWriterを、スキャナに変身させるサードパーティ製の周辺機器が登場した。それが、Thunderscanである。
今なら、いわゆる複合機が一般家庭でも使われる時代なので、プリンタがスキャナに変身と聞いても、さほど驚かないだろう。だが、そのときには、出力機器のプリンタのどこをどうすれば入力機器として使えるのか、実物を見るまでは頭の中が疑問だらけだった。
Thunderscanがデータをスキャンできた理由
タネを明かせば、ThunderscanはImage Writerのインクリボンカートリッジの代わりに取り付けるアクセサリであり、内部には最大32段階のグレー階調を読み取ることができる光学センサが組み込まれていた。先に書いたようにImageWriterのメカニズムは、この種のプリンタとしては精密であり、ヘッドの動きやプラテンの回転をMac側のプログラムからコントロールできる。
そこで、Thunderscanの水平移動とプラテンに差し込んだ写真の送り出しを専用ソフトで制御し、読み取ったデータをMacのシリアルポートから読み込むことによって、グレースケールのスキャンを可能としたのである。モノクロ2値のディスプレイ上では擬似的な階調表示ではあったが、LaserWriterではきれいなグレースケールで出力された。
Thunderscanのメーカーはサンダーウェアといい、元Apple社員のビクター・ブルが友人のトム・ペトリーと始めた会社だ。Mac開発の中心人物の一人で天才的プログラマーのアンディ・ハーツフェルドにThunderscanのプロトタイプを見せたところ、彼は魅了されてスキャン用のソフトを書く契約を締結し、初代Mac発売から1年経たずして市販にこぎつけた。
実はこのとき、9インチの小さなスクリーンに高解像度のスキャン結果を表示するためにハーツフェルドが考え出したのが、今でいう慣性スクロールであり、ウインドウ内のイメージをドラッグする途中でマウスボタンを放すと、その勢いに応じてグラフィックスが自動スクロールする。何度もマウスを動かさずに全体を確認できる、画期的な技術だった。
構造上、スキャン速度はサンダー(雷)には程遠い遅さだったが、アメリカで200ドルのThunderscanは何倍も高価なスキャナより画質が良く、DTPで文書内に写真データを入れ込みたいときなどに重宝したのである。
著者プロフィール
大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。