※この記事は『Mac Fan』2018年1月号に掲載されたものです。
コマーシャルが好きだ。初めて意識したのはコカ・コーラだ。今も雑誌で活躍している松本孝美さんがスーツや浴衣でスタイリッシュに瓶や缶を持っていた。
サントリーのCMでは、開高健さんがモンゴルやアラスカを旅していた。それに影響されて、ボクも釣りを始めた。ソニーのカセットテープのCM「オーバーナイト・サクセス」(1984年)では、ブロードウェイを目指す若者の姿を見て、何かボクも表現者になれるのではないかと未来を夢見た。
ウォークマンといえば猿のCMを思い出すが、初代はブルックリン橋の上で踊ったり、浴衣姿の男とレオタード美人がダンスしたりしていて「ステレオが部屋を出た」というナレーションがつけられていた。手に入れて、片思いの相手と学校の片隅で聞いた。
土砂降りの中、ボレロが流れるホンダプレリュードのCMにも心打たれた。大学生のとき、インテグラ(1985年)のCMがスタート。山下達郎さんの「風の回廊」「マーマレレード・グッバイ」が流れた。「夏へつづく道」というコピーと、白いシャツに身を包んだファッショナブルなモデルが織りなす姿に魅了され、ボクも思わず白の3ドアを買ってしまった。
だが、1989年に映画「バックトゥザフューチャー」で大人気のマイケル・J・フォックスが、「カッコインテグラ」とダジャレを言い出してからホンダのCMが一転した。その後、タレントが続々と出演し始めたのである。なんだか残念でホンダから離れた。
Appleも、絶不調の頃は紆余曲折していた。性能を説明するCMや、日本ではホテルを舞台に筒井康隆さんや俳優さんらが織りなす「Macのどこがいいんでしょう?」(1995年)というCMもあったがピンとこなかった。
スティーブ・ジョブズが復活し、1996年に発表した「Think different.」については今さら説明がいらないだろう。「四角い穴に丸い杭を刺すような物事をまるで違う目で見る人達たち」というナレーションを聞き、iMacを迷わず購入した。
AppleのCMの中でもボクが一番好きなのは、2013年のホリデーシーズン向けの「Misunderstood」だ。スネている雰囲気の少年が孤独にiPhoneを操作している。ゲームでもやっているのだろうと思った。だが、ラストは「Have Yourself A Merry Little Christmas」の音楽にのせて彼が作っていた心温まる映像が家族の前で披露される。ボクも思わず涙する。こんな小さな端末で人々を感動させることができることを実感し、iMovieにチャレンジした。「Misunderstood」とは「誤解」の意味だ。
iPhone 7を持って自転車で豪雨の中へ飛び出していくCMも好きだ。ボクがモンベルのレインウェアで雨の中を走るようになったのは、このCMの影響だ。
良いCMはたった15秒で人生をワクワクさせてくれる。ウォークマンやインテグラのCMは恋のアクセルを踏ませた。好きな女の子と一緒に、松田聖子さんのアルバム「パイナップル」を体温を感じながら聞いたときもそうだった。「曲が終わらなければいいのに」とさえ思った。インテグラの助手席に乗った女性の横顔に見とれて小さな事故を起こしたこともある(笑)。
もうすぐクリスマス。JR東海のクリスマス・エクスプレスのCM(1989年)を思い出す。山下達郎さんの名曲にのせ、当時、無名だった牧瀬里穂さんが名古屋駅を走る足音が今でも心に響く。たった15秒というケチな時間の中でも、十分に美しさは表現できる。
著者プロフィール
野呂エイシロウ
放送作家、戦略的PRコンサルタント。毎日オールナイトニッポンを朝5時まで聴き、テレビの見過ぎで受験失敗し、人生いろいろあって放送作家に。「元気が出るテレビ」「鉄腕DASH」「NHK紅白歌合戦」「アンビリバボー」などを構成。テレビ番組も、CMやPRをヒットさせることも一緒。放送作家はヒットするためのコンサルタント業だ!と、戦略的PRコンサルタントに。偉そうなことを言った割には、『テレビで売り上げ100倍にする私の方法』(講談社)『プレスリリースはラブレター』(万来舎)が、ミリオンセラーにならず悩み中。