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シングルタスクからマルチタスクへ

著者: 大谷和利

シングルタスクからマルチタスクへ

現実的な選択だったシングルタスク

今、Macのユーザは、一度に複数のアプリを起ち上げたまま、それらを切り替えて利用したり、バックグランドで別の処理をさせながらアプリを使うマルチタスク環境が当たり前になっている。ところが、1991年にSystem 7がリリースされるまでの旧Mac OSは、一度に1つのアプリしか走らせることのできないシングルタスク環境だった。

その理由としては、初代Macが誕生した1980年代半ばの状況では、複数のアプリケーション(当時はアプリと略さない表記が一般的だった)を同時に走らせるだけのメモリをパーソナルコンピュータに搭載することはコスト面で非現実的であり、また、CPUのパワーもマルチタスクをスムーズにこなせる水準にはなかったからだ。

たとえば、Macの前身的な存在のLisaは、System 7以降のMac OSと同じコオペラティブ・マルチタスク(後述)で機能する製品だったが、その代償として価格がMacの4倍となり、処理速度もかなり遅く、商業的には失敗に終わった。Lisaは確かに革新的なマシンであったものの、Macがシングルタスクの道を選んだことは正しい判断といえた。

SwitcherとMultiFinderの快挙

もう1つ、初代Macにはマルチタスク化しにくい事情があった。それは、400KBの容量しかないフロッピーディスクの中に、起動用のOSとアプリケーションを収める都合上、後者は1つで精一杯だったのだ。

OSとアプリケーションを個別のフロッピーディスクに入れて使うこともできたが、そうするとフロッピーの入れ替えが頻発し、実用的とはいえない。その代わり、アプリケーションの使用中に、サイズの小さな常駐型のソフト(計算機やスクラップブックなど)を呼び出すことができるデスクアクセサリという仕組みが用意され、ちょっとした処理をこなせるようにしていた。

しかし、Mac開発メンバーの1人・アンディー・ハーツフェルドは、RAM容量に余裕ができれば、いくつかのアプリケーションをそこに常駐させておくことで数秒で切り替えられるようにできると考えて、Switcherと呼ばれるユーティリティを開発。その権利をアップルが買い取り、初代モデルの上位機種で2倍のRAMを持つMacintosh 512K向けに提供した。

僕は、RAMが1MBになったMacintosh Plusを自腹で購入したときに初めてSwitcherを体験したのだが、数本のアプリケーションを横スクロールで切り替えて使えるだけでも、ずいぶんと作業効率の向上を実感できた。

さらに、Switcherに刺激されてApple社内で開発されたのが、MultiFinderと呼ばれるコオペラティブ・マルチタスク環境だ。これは、見かけ上、複数のアプリケーションを同時に利用しているように感じられるが、一番手前のアプリケーション以外は処理が止まり、また、どれか1つでもクラッシュすればシステムも道連れになるという、ある種擬似的なマルチタスクだった。それでも、MacユーザたちはMultiFinderを歓迎し、System 7からはMac OSの標準仕様となった。

振り返れば、iOSも当初は一度に1つのアプリしか使えず、それがSwitcherのように切り替え可能となり、今ではiPadやiPhone XS MaxでSplit Viewによる2アプリ同時利用のマルチタスクも実現している。「歴史は繰り返す」の格言は、ここでも真だったのだ。