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Appleが徹底する「情報デザイン」の仕掛け

著者: 松村太郎

Appleが徹底する「情報デザイン」の仕掛け

Appleは9月、iPhone XSとApple Watch Series 4をリリースし、これに先立ってそれぞれの最新ソフトウェアも公開した。これらの中でAppleはさまざまな新しい取り組みを行っている。今回は「情報デザイン」の観点から、Appleのこだわりに迫ろう。

新しい情報デザインの手法

アップルは2014年以降、毎年9月にiPhoneとアップルウォッチを刷新しており、今年も例年どおり新製品発表が行われた。iPhoneはXS/XS Max/XRを発表し、オールスクリーンという新しいデザインへと進化。アップルウォッチは新しいシリーズ4で初めてデザインを刷新し、30%以上の画面サイズ拡大や通話環境の改善などに取り組んだ。

そうした動きの中で着目したいのは、ずばり「情報デザイン」だ。人々にどのように情報に触れ、情報を扱ってもらうのか、というアップルの設計思想がにじみ出る領域である。2018年に発表されたアップルの新製品やソフトウェアからは、アップルが細部にまでこだわる「情報に触れる感覚」と、人工知能を活かした新しい「情報体験」を感じ取ることができる。

Apple Watch Series 4

【発売】アップルジャパン

【価格】4万5800円(税別)から

第4世代のApple Watchは、デザインを一新し、より細くなった縁とカーブしたコーナーを持つ美しいディスプレイを搭載。また、コンプリケーション(文字盤に表示するアイコン)が美しく改良され、より多くの情報を表示できるようになった。アプリケーションのアイコン、ボタン、フォントは前世代より大きくなり、一目で認識しやすく、タップしやすくもなっている。

丸みを帯びる腕時計

アップルウォッチは2014年の登場以来、四角いスクリーンを艶やかに湾曲するガラスとメタルで包み込むデザインを採用してきた。一般的な腕時計のように有機ELディスプレイを丸くすることは技術的に可能だったが、それでは腕時計とは異なる存在として、アップルウォッチを際立たせることができない。長い歴史を持つ腕時計に敬意を払いつつ、直接的な比較や競争を避けようとしたのだろう。2017年には腕時計市場でもっとも多くの売上高を記録したアップルウォッチ。その結果を鑑みると、アップルの戦略は現段階では成功したといえる。

デザインが刷新されたシリーズ4でも、丸いディスプレイは採用されることはなかった。その代わりに取り入れたのは、iPhoneの意匠であった。ディスプレイの縁を極限まで細くし、角は丸く削り、ケース本体のシェイプと一続きにする。これはiPhone XSのオールスクリーンと同じコンセプトであり、デザイン上の共通点がある。

デザイン変更は、文字盤にも及ぶ。アップルウォッチ・シリーズ4とウォッチOS5の組み合わせでのみ利用できるアイコニックな文字盤「インフォグラフ」は、最大8つのコンプリケーション(文字盤に表示するアイコン)を配置することができる。これまで複数の文字盤を作って用途に応じて切り替えながら使っていたユーザは、ひとつのフェイスで必要な情報をすべて見られるようになるなど、利便性が高まる。

それ以上に印象的なのが、文字盤上のカラフルなグラフによる表現の採用だ。ウォッチOS内蔵アプリのコンプリケーションは再設計され、アイコンと文字、文字とグラフといった組み合わせでの情報表示に対応した。四隅に配置されたコンプリケーションは、中央の文字盤の弧に沿うようにグラフが表示される仕組みとなった。視覚が基本のスクリーンでありながら丸まった角を意識させるようなグリッドとなり、視認性も高い。ダイバーズウォッチが持つ、複雑な情報と一覧性を両立する機能美をアップルウォッチで取り込むために、アップルのデザインチームは時計の伝統と情報デザインを融合させ、この新しいインフォグラフフェイスを作り上げたのだ。

さらに、ディスプレイの角が丸められたことを受けて、タイプフェイスも従来より始筆・終筆が角張っていない派生フォントを採用。またインターフェイスに現れるボタンは、これまでの角丸の四角形から、左右の短辺が完全に弧を描く形状に変更されている。

Series 4ではシステムフォントが従来の「San Francisco」(画像上)から、「San Francisco Rounded」(画像下)という丸みを帯びた書体に変更された。また、インターフェイスに現れるボタンは、これまで角丸の四角形だったが、Series 4では左右の短辺が完全に弧を描く形状に変更されている。

デジタルクラウンの再設計

シリーズ4ではデジタルクラウンも再設計されている。チタンの電極の役割を果たして心電図の計測にも対応したうえ、クラウンを巻くことでクリック感が伝わる「フィードバック」機能が搭載された。

このフィードバックのタイミングはコンテンツによって異なる。メールのようなテキストの情報の際は、1行に1回ずつで設定されているが、ボタンが表示されている部分にさしかかると、ボタンごとにクリックが返ってくる。そして内容の終わりには、やや強めの感触が戻ってくるのである。

しかも、フィードバックを感じてデジタルクラウンを止めても、アナログのダイアルのように、その回転によって表示され始めた項目が慣性でスクロールされて出てくる。タイマーやアラームの設定でも、60分単位の設定は60回だが、時間の設定は12回と、フィードバックの間隔が変わる。

簡単なことのようにも見えるが、インターフェイスの動きとそのフィードバックが画面表示の内容や要素に完全に同期しており、仮想的に引っかかりを感じさせるまでに人の感覚を“だましている”のだ。

たしかに細かすぎるゆえに気づくことなく使えてしまうし、このフィードバックによってデジタルクラウンが持つ役割は変わらない。しかしインターフェイスと情報の深い連係によって生まれている感触デザインは、アップルの凄みとこだわりを感じさせる。

Series 4にて採用された新しいデジタルクラウン。コンテンツに応じて異なる感触フィードバックを返すように設計されている。たとえば、メールのようなテキストの情報の際は、1行に1回ずつフィードバックし、ボタンのような大きな要素になると1要素に1回のフィードバックへと減らされる。

自分の行動を「声」にする

アップルの情報デザインに対するこだわりが見て取れるものに「Siriショートカット」がある。対応アプリを何気なく使っていくと、時間や場所、状況などに応じてよく行うアプリの操作を見つけ出し、Siriがホーム画面に自動的に提案してくれる機能だ。

これまでもヘッドフォンの接続や時間帯に応じてアプリの提案はしてくれていたが、ここからさらに踏み込み、アプリの機能レベルで提案してくれるようになった。たとえば朝、職場の近くのカフェで決まったドリンクをオーダーしたり、帰宅時間帯のバス検索をしたり、特定の行動パターンが見出されれば、Siriはロック画面にその機能をピックアップして表示するようになる。

そうなるまで、ユーザは、ただ必要な機能を普段どおり使っているだけでいい。あとはSiriが提案してくれ、画面を1タップするだけでその機能を呼び出せるようにしてくれるのだ。

さらに、そうした自分がよく使う機能に対して、音声コマンドを設定すればSiriから音声で呼び出せる。そうして設定を行えば、アップルウォッチや日本未発売ではあるがホームポッド(HomePod)でも、同様のショートカットを呼び出せるのだ。

ショートカットの内容は人によって異なる。あくまで、手元のiPhoneごとにパターンを自動的に見出して提案してくれる。自分のための固有のショートカットを検出してくれるため、家族のiPhoneであっても同じショートカットが提案されるわけではない。

Siri自体はアップルの音声アシスタントとして汎用的な存在だが、このSiriを自動的にその人の行動に合わせてカスタマイズし、認識した行動パターンをユーザに明示し、場合によってはユーザがそれを認知して音声コマンドに設定する。

アップルはiPhoneをよりパーソナルな存在にしようとしているのだろう。さまざまな情報を格納し、活用する場であるからこそ、そこで動くアシスタントは、ユーザのためだけに便利であれば良いのである。同じフレーズでSiriに命令しても、人によって意味や結果が異なる。簡単に言えば「カスタマイズ」だが、独自の習慣や好みからカスタマイズが組み立てられる点で、単に設定を変更するのとは根本的に異なるのだ。

その実現のためには、ユーザに一定時間iPhoneを“深く”使ってもらう必要があるが、その期間を経てユーザ独自の音声コマンドが設定されたiPhoneを、人々は手放せなくなるだろう。また、こうしたSiriによるユーザごとの情報デザインこそが、今後iPhoneユーザのロイヤリティをより高めるのかもしれない。

Siriショートカット

iOS 12にて採用された新機能「Siriショートカット」。対応アプリと連係し、任意のキーワードによってアプリを起動したり、アプリの特定の機能が利用できる。

Siriショートカットは「設定」アプリの[Siriと検索]から[すべてのショートカット]を選択することで、設定が可能だ。

時間や場所、状況など、普段のiPhoneの利用状況を判断し、よく行うアプリの操作をSiriが自動的に提案してくれる。