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変幻自在にカタチを変えるSteve Jobs Theaterのカラクリ

著者: 松村太郎

変幻自在にカタチを変えるSteve Jobs Theaterのカラクリ

昨年から約1万2000人のApple社員の新しい職場となった「Apple Park」。その広大な敷地に築かれた丘の上にある施設が「Steve Jobs Theater」だ。普段は一般人や社員すらも入れない“神殿”は、一体どんな場所なのだろうか。イベントに合わせて変化する驚きの仕掛けとともに解説する。

“宇宙船”の全貌

現地時間9月12日に開催されたアップルのスペシャルイベント「ギャザー・ラウンド(Gather round.)」のオープニングは、映画「ミッション・インポッシブル」のテーマとともに、女性社員がティム・クックCEOにジュラルミンケースの忘れ物を届けるという構成だった。

手に汗握るこの映像では、宇宙船のような本社「アップルパーク」の端から端までを駆け抜け、イベント会場である「スティーブ・ジョブズ・シアター(以下、シアター)」のバックステージまで、完成したキャンパスを紹介している。この映像をじっくり見直せば、アップルパークがどんな場所なのかを理解することができるだろう。

筆者はアップルパークの研究開発棟と駐車場以外のほとんどすべての場所を訪れる機会に恵まれたが、やはりもっとも特徴的な施設だったのがシアターである。

シアターの最後列から撮影した内部の写真。客席は扇型に並べられており、1000人という収容人数の割にはシアター自体はコンパクトな印象だ。参加者が座るレザーシートの下には電源も備わっている。

千人が快適に過ごす空間

アップルパーク内のキャンパス内に入り、二股に分かれた道を右に曲がるとメインビル、左にある丘を上がるとシアターへとつながる。

シアターまでの道のりで気づいたことは、植物が根付いてきたのか、より自然な風景が広がっていたことだ。1年前にここを通ったときはまだ草を植えたばかりで、苗の状態に近かった。今年はその茂った草にスピーカを仕込み、レセプションからシアターまでの間を巨大な音場空間に変化させていた点も印象的だった。

シアターは正円形で、ガラスの壁面の上に屋根が載せられている構造だ。配線などは巧妙に隠されており、壁はなくとも天井にはライトやスピーカなどがきちんと埋め込まれている。それ以外は、白い石の床が目の前一面に広がるばかりだ。

イベント当日、シアターに到達したプレスは、1時間ほどの時間をシアターロビーや、その周りに用意された軽食やコーヒー、アップルのオフィスではおなじみの健康的なジュースやお茶とともに過ごす。

改めて考えてみると、1000人の収容人数が快適に待機できる室内・屋外の空間を自然に用意することは、そう簡単なことではない。印象的な建造物、巨大なメインビルを見下ろす景色、そしてカリフォルニアのカラリと晴れた朝の秋空の気持ちよさ。自然をも味方につけて朝のひとときを演出している。

カラクリ満載のシアター

イベント開始の30分前が近づくと、シアターロビーの左右に位置する弧を描いた階段から、地下階に招き入れられる。4フロア分ぐらいある一続きの階段を下りきると、背後は巨大な弧を描いた壁、正面には大きく間口を開けたシアターエントランスが現れる。シアター内に入ると、1000人収容という数字を知りながら、コンパクトな印象を受ける。筆者は2年連続で最後列中央の同じ席に着いたが、135ミリ程度のズームレンズでも十分にクローズアップでき、快適な環境で撮影可能だった。

イベント開始1分前になると背後に壁が現れ、広かった間口は閉ざされる。これ以降の出入りは、左右のドアを利用することになる。音もなくいつの間にか壁が現れるため、最後列でなければ気づくこともないだろう。この壁はイベント終了後、再びせり上がる。しかし、その先に見える景色は以前とまったく異なる。

シアターへは、ロビーの円周に沿って作られた階段を降りてきたが、その内側には円形の巨大な壁があった。しかしこの壁は、音もなく収納されており、イベント後には円形のタッチアンドトライ会場が現れる仕掛けになっていたのだ。

2時間ほどの発表会を終えると、その後1時間半ほど、プレスは発表されたばかりの新製品に実際に触れて確かめることができる。シアターでの発表会、その背後の空間でのタッチアンドトライと、イベントの形式に合わせて会場が作られていることがわかる。しかも開閉式の壁を用意し、限られたスペースの中で、事前に準備を進めておくことができるようにしている。シアターのからくりは、アップルのプレスイベントのプログラムに合わせて設計されていることがよくわかるだろう。

今年のプレス受付は初めてNFCを用いた仕組みが採用されていた。レセプションの前に来ると、自動的にWaletアプリが起動し、プレスパスが表示される。受付用にiPadとNFCリーダがあるので、リーダにiPhoneをかざし、認証する。

ビジターセンターからApple Parkの敷地内へ入った散歩道。昨年と比べて、かなり植物が根付いている様子がわかる。

シアターロビー。曲面ガラスで正円が描かれ、その上にルーフが載っている無柱構造の地上部分だ。時間帯によって変化する日差しが、豊かな表情を作り出す。

シアター地上部分から地下へと続く階段を下りると、「Steve Jobs Theater」の文字が彫られたシアターエントランスに。左に映る円形の壁はイベント終了後に解放され、タッチアンドトライコーナーが現れる仕組みだ。

シアターの階段手すりは、壁の石がくり抜かれているような作りだ。表面は石のザラザラ、くり抜かれた内側はツルツルした触感になっている。この手すりの仕上げは、Apple Park内のビジターセンターやApple京都でも採用されている。

ブリーフィング会場も兼ねる

スペシャルイベント当日、もしくは翌日には、ブリーフィングと呼ばれる個別の説明の機会がある。発表された製品の担当者から、製品や機能について詳細な説明を受け、質問をすることができる場だ。そのブリーフィングも、実はシアターの中で行うことができる。

タッチアンドトライ会場の円弧の3分の1の部分は、アップルのロゴが浮かぶ白い壁が用意されている。この背後に、4つの会議室があり、ここがブリーフィング会場となっているのだ。

これまでは、旧本社である「インフィニット・ループ」にブリーフィングセンターが用意されていた。対してアップルパークにはそうした施設はなく、シアターがその役割を兼ねているようだ。

プレスの活動がシアターで完結するよう設計されたことによって、入場管理や施設の準備などをシアターに集中させることができるようになった。この点でも、非常に効率的なイベント運営を実現している。

プレスの体験も重視

アップルが意識しているのはイベントの効率性だけではない。「プレスの体験」についても細かい気配りがなされている。

近年、アップルストアは顧客の体験を重視した設計や内容を取り揃えるようになった。これは「タウンスクエア型」と言われる新世代店舗でより顕著となり、建築物、広場、フォーラムと「Today at Apple」、アベニューでのアクセサリの提案など、アップル体験のために自然と人が集まる仕掛けが盛り込まれている。

アップルは、そうした品質の高い体験をプレスに対しても提供しようとしているように感じた。円滑な移動、過ごす時間の豊かさ、それを実現する設備としての「スティーブ・ジョブズ・シアター」によって構成されるイベントは、統一感のあるブランドの露出を実現している。

ちなみに、シアターに用いられているガラスの壁面、よく光を反射する白い石の床、石をくりぬいてつくった手すり、開閉する巨大な壁は、先述の新しいアップルストアでも随所に取り入れられている。たとえば、ガラスの壁はアップル新宿でも見られ、また石の手すりはアップル京都でも触れることができる。

イベント後にプレス向けに開かれるタッチアンドトライコーナー。展示テーブルは4台設置され、iPhoneとApple Watchが展示されている。およそ200人はいるかと思われるプレスと説明スタッフが詰めかけても十分なスペースがある。