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アップルを変えたティム・クックの功績?

アップルを変えたティム・クックの功績?

iPhone中心の会社に変えた

CEOの座をティム・クックが引き継いで6年が経過したアップルは、iPhoneを中心としたビジネスモデルへの移行と、その着実な実行により、米国でも最大の時価総額を誇る企業へと成長してきた。

iPhoneは、直近の2017年第1四半期に、7829万台を販売し、543億7800万ドル(約6兆2534億円)の売上高を達成した。アップル全体の売上高に占める割合は69%であり、1年を通じて6割以上の売上高を占める、主力ビジネスといえる。そしてMac、サービス部門、その他のアクセサリなどは、iPhoneユーザのために設計され、iPhoneの販売台数拡大によってその他のビジネスが成長する仕組みを作り上げている。

この6年間を振り返ってみると、1つの重要なことに気づかされる。それは、クックがスティーブ・ジョブズの作り上げてきた世界観を丁寧に引き継ぎ、しかもそれをより良い形で現実のものとしていることだ。

現在の製品ラインアップは、たしかにジョブズ時代から大きく変化しておらず、決算サマリーに挙げられているのは、iPhone、iPad、Mac、サービス部門、アクセサリの5項目である。

しかし、その中でもクックはアップルを巧みに変化させていった。過去にジョブズが実践した、iPodがMacの販売を牽引する「ハロー効果」や、Macを核としたデジタルライフスタイルを構築する「デジタルハブ構想」など、よく知られたアイデアを、どちらもiPhoneを核としたものへと上手に移行させていったのだ。そのクックの手腕と判断は賞賛に値することだろう。おそらく、iPodでは万人が持つデバイスにならなかっただろうし、持ち運べないMacではライフハブを実現できなかったかもしれない。

iPhone中心としたビジネスモデルによる課題もいくつかある。iPadは2014年第1四半期以降、減少トレンドを抜け出せていない。2017年第1四半期も前年同期比で販売台数マイナス19%、売上高マイナス22%と振るわなかった。iPhoneのような発展スピードを得ることができておらず、最新版のiPadを使う動機を作り出せていない、と分析することができる。

2016年は通年を通して、iPhoneの販売台数が前年同期を上回らず、15年ぶりの減収減益を喫した。それでもクックはiPhoneはまだ成長余地があると強気の姿勢を崩していない。実際、2017年第1四半期は、過去最高の販売台数を記録し、息を吹き返したようにも見える。当面、iPhone中心の体制を維持していくことが、ティム・クック時代のアップル、ということになる。

photo●松村太郎

サービス部門のギアチェンジを図った

iPhone中心のアップルの中で、現在もっとも注目すべきはサービス部門の成長だ。2017年第1四半期のサービス部門の売上高は、71億7200万ドル(約8247億8000万円)だった。これは前年同期比で18%増、また前期比でも13%増と、二桁成長を続けている分野だ。アップストアを中心としたデジタルコンテンツ販売やサービス提供の売上が含まれる。

サービス部門はもともと、iTunesストアやアイクラウドの前身となるモバイルミー(MobileMe)から始まった。2008年にiPhone向けにアップストアをスタートさせ、現在の主力となっている。アプリ販売では開発者とアップルが7対3で収益を分配しており、2016年だけで200億ドル(約2兆3000億円)を開発者に支払っている。これは前年比で4割増だ。

また、2015年にスタートしたアップルミュージック(Apple Music)は、18カ月で2000万人の有料課金ユーザを獲得し、月間100万人程度の成長速度を維持している。2014年から順次開始し、2016年には日本でも導入されたモバイル決済サービス・アップルペイ(Apple Pay)は、2016年の1年間でユーザ数が3倍に増え、取扱額も5倍に増えるなど、拡大が続いている。

サービス部門の成長は、アップルの安定的かつ持続的な成長において、非常に重要なことだ。その効果は実は2016年にも、すでに現れている。2016年はiPhoneの販売が前年同期比で減少していた中、サービス部門の成長は継続していたからだ。

調査会社ガートナーによると、先進国でのiPhoneを含む高付加価値スマートフォンの普及余地は限りなく小さくなっており、買い換えサイクルは2年から長期化し、2.5年から3年へと伸びていくと予測されている。

向こう5年間、iPhoneの販売台数を大きく飛躍させることは、より難しくなっていく。その間に、iPhoneが使われていれば成長が持続するサービス部門を育んでいくことは、長期的な視点において不可欠であり、ティム・クック下のアップルは、それを正しく続けている。

プロダクトの高付加価値化を実現した

iPhoneの販売台数は飛躍的に伸びて、過去最高の売上高を更新し続けてきたが、2016年、そのiPhoneを含む各種製品の販売台数が減少し、減収減益を喫した。だが、その背後でアップルは利益幅を高める戦略をとっていたということを忘れてはならない。それは、iPhoneの平均販売価格で読み取ることができる。

2017年第1四半期のiPhoneの平均販売価格は694ドル57セントだった。前年同期は690ドル50セント、iPhone 7シリーズが2週間だけ含まれる前期は618ドル72セントだった。

iPhoneは、iPhone 6シリーズ以降、ストレージの拡大と画面の拡大でそれぞれ100ドルずつ、販売価格が上がる仕組みを採用している。つまり、より高付加価値のモデルを開拓することで、販売台数の減少の影響を最小限に抑える工夫をしていたのだ。

iPhone 7シリーズでは、画面サイズ、ストレージに加えて、上位モデルに対してデュアルカメラという付加価値を用意した。加えて、ジェットブラックという特別色を追加し、これは128GBもしくは256GBを選択する必要があるため、100~200ドルほど高くなっている。

最新のエレクトロニクス製品、あるいはガジェット製品であるため、より高性能なものに対して高い価格を設定するという基本原則は当然だ。しかし、そうした性能と価格の連動に対して、カメラの表現や特別なボディ加工といった感性に訴えかける価値を織り交ぜ、人々に値段以上に高付加価値の製品として魅力を伝えるようになっている。

一方で、高付加価値路線を引いて、普及に努め始めたのがアップルウォッチだ。100万円を超えるモデルをラインアップから引き、スポーツトラッキングと日々のファッションに特化したのがアップルウォッチ・シリーズ2だ。日々、利益を最大化するコントロールを行っている様子が、クック体制からうかがえる。

サプライチェーンの構築に寄与した

ジョブズ時代、基調講演のステージの中継を見ていた人々が、一斉にマウスのボタンをクリックするのは、新製品を発表した最後に「Today」の文字が登場する瞬間だった。発表された製品が、すぐにアップルストア、オンラインストアで購入できる。しかし、これは決して簡単なことではない。新製品発表が行われるまではアップルストア、オンラインストアともに、旧来の製品が継続して販売されているからだ。

この「Today」こそ、ティム・クックがジョブズ時代のアップルで行ってきたことであり、アップルのCEOをまかされるようになるまでの1つの大きな功績だった、と振り返ることができる。

前章にあったように、クックの前職はPCメーカー・コンパックのCPOだった。CPOとは、「購買最高責任者」を指し、一般に製品製造のための材料調達やサプライチェーンマネジメントを担当することが多い。転職後にクックが行ったことは、アップルの製造体制の効率化・高速化だった。

現在のアップルは、同社が直接製品を製造するのではなく、委託製造を行っている。これは就任した1998年当時からのクックのアイデアだったといわれる。クックは、主要サプライヤーを75%削減し、一括購入によって、有利な価格と必要な数量の確保を行った。

そして鴻海精密工業を中心とした中華圏での製造に集約し、サプライヤーもアジア圏に集中させた。日本にもサプライヤーが多いことは、技術レベルと生産力の高さに加え、製造拠点である中国の近くであるという点も関係している。

加えてクックは、在庫の大幅な縮小を敢行した。3四半期で在庫の8割を削減し、着任から2年で、わずか2日分の在庫にまで削減したのだ。在庫を持たないことは、運転資金やバランスシートに対しても多大なる好影響を与え、新製品の鍵となる部品の先行確保や、製造設備に対する先行投資を実現した。また、ジョブズをはじめとするチームが他の改革を推進したことも、同社の競争力を高めることにもつながった。

忘れてはならないのが高効率流通の仕組み作りだ。アップルのサプライチェーンマネジメントは「GDV(グローバル・デマンド・ビジビリティ=世界規模の需要可視性)」と呼ばれ、アップルストア、オンラインストアの全店頭の製品販売数と在庫をリアルタイムで把握している。それを元に販売予測と生産計画を行い、パーツの発注を行う方式である。この仕組み作りにも、クックは大きく寄与したとみられる。

こうした変革によって生み出された製品の一例が2001年発売のiPodだった。当時高価だった小型ハードディスクを搭載しながら低価格を実現し、またレーザー刻印をしても2日程度で配送されてくる素早い製造を可能とした。「Today」の瞬間から購入でき、店頭に並ぶ仕組みを、体現した製品となった。

しかし、その製造過程にほころびが見え始めているという見方もある。2016年9月に発売したiPhone 7シリーズは需要が予想よりも大きく、キャリアやカラーによっては、生産が追いつかない状況が続いていた。また、アップルウォッチ・シリーズ2、ワイヤレスヘッドフォンの新製品エアポッズ、そしてタッチバーを採用したMacBookプロといった製品群は、供給が逼迫したり、発売が延期されたり、待たなければならない状況が続いている。なにより「Today」というスライドをめっきり見なくなった。

もちろん無闇な拡大に向けての投資は、需要が急減した際のリスクとなる。クック体制のアップルが、どのようにしてこの状況を打開するのか。生産管理のスペシャリストだったクックの手腕に期待するほかない。

iPodタッチ発表時に「Today」のスライドをアピールするスティーブ・ジョブズ

photo●山下洋一

“正しいことを続ける”戦略を実行した

現在のアップルは、スティーブ・ジョブズの時代にあった「革新」が失われた、と嘆く人も多い。事実、主力製品はiPhone・iPad・Macから増えておらず、それぞれの機種についても、正常進化の域を出ない。しかし、iPhoneの販売台数は過去最高を更新しており、アップルの株価はクックがCEOを引き継いでから約3倍に成長してきたという事実がある。

人々に驚きと急激な変化を与えることもまた重要だが、そうした変化を着実に広げていくこともまた、持続的な発展をもたらすために必要だ。今のアップルは、iPhoneが作り出した変化を、じっくりと広めており、その成長余地が評価されていると見ることができる。

そして、アップルはチャレンジを決して止めることはないのも事実だ。たとえばアップルウォッチでは、人間の体を科学するラボを設立して、運動とカロリー商品に関する独自のアルゴリズムの構築を行ってきた。また、Siriについても、より積極的な企業買収によってこの領域を拡大させており、アップルにおける検索技術のチームを従え、できることを拡大させるプロセスに入っている。

それまで秘密主義だったアップルは、スウィフト(Swift)でオープンソースのメリットを、アプリ開発という重要な領域に持ち込み、もっとも活発なコミュニティの1つへと成長させている。人工知能の領域では、人工知能が独自に生成したダミーデータによって学習を深める手法に関する論文を発表し、優秀な人材の確保に動いてる。

ただし、こうした途上段階の製品については、アップルであったとしても、他の企業とともに悩みを抱えることになる。それがiPadだ。ただiPadについても、「PCの代替」というゴール設定とともにiPadプロ9.7インチモデルをリリースし、市場との対話から、答えを導き出そうとしている。

基調講演でiPhoneの伸び率をアピールするティム・クック

photo●松村太郎

数少ない「待てるリーダー」「待てる会社」になった

アップルは、日本では「革新的な企業の象徴」のように扱われることもあるが、今のシリコンバレーではそのイメージは薄い。もっと革新的な企業はほかにたくさんあるからだ。むしろ、アップルは「地元の盟主」というイメージのテクノロジー企業ともいえる。

アップルは、さまざまな製品をもっとも早くリリースする会社ではない。スマートフォンも、タブレットも、スマートウォッチも、アップルより先に製品化している企業は山ほどあった。しかし、アップルが市場に製品を投入すると、そのカテゴリの製品は飛躍的に発展し、普及が進む。裏を返せば、アップルが取り組まない領域は、生殺しにされていることが多いのだ。

特に印象的だったのが、スマートウォッチだ。「ペブル(Pebble)」はクラウドファンディングで成功し、人々にスマートウォッチを広め、市場の可能性を見出したブランドだ。その後アップルウォッチが登場して、ペブルの数倍規模の販売台数を作り上げ、市場とそのカテゴリから生み出される利益を独占してしまった。

アップルの技術と資金のレベルであれば、スマートウォッチをペブルよりも早く出すことは可能だった、と考えるのが自然だ。しかし時期が成熟するまで、アップルはリリースしなかった。

それはアップルが「待てる企業」ということを意味する。そしてティム・クックは、待てる企業を舵取りするリーダー、というわけだ。クック時代に投入された新たな製品やサービスは、いずれも始めにリリースしたものではないが、最適なものであった。

スタートアップ企業にとって資金と時間はイコールだ。手持ちの資金で企業が生きながらえる時間が決まる。つまり、資金が尽きる前に、製品やビジョンを作り、投資を集めていかなければならない。

しかし、アップルは待つことができる。そして今も、なんらかについて待ち続けているはずだ。市場に投入する最適なタイミングを見つけ出すまでは、待ち続ける。しかし、見つけた瞬間にたたみかける。サプライチェーンの最適化は、待つことと、急襲を実現している。