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iOSアプリで探る日本人の体型と生活習慣の関係

著者: 木村菱治

iOSアプリで探る日本人の体型と生活習慣の関係

体型と生活習慣のデータを収集

早稲田大学スポーツ科学学術院の川上泰雄教授を中心とした研究チームは、2016年7月に「メタボウォッチ」というiOSアプリをリリースした。このアプリは、日本人の生活習慣や身体形状の大規模調査を目的としたものだ。どんな体型をした人が、どんな食生活を送っていて、何時に起床・就寝し、どのくらい運動をしているかといった情報を大量に収集することで、現代の日本人の身体形状と生活習慣の関係を分析できるようにする。調査データは、メタボリックシンドロームの予防や、高齢者がより長い間健康を維持できる栄養・運動プログラムの開発などに活用されるという。

メタボウォッチは、アップルが医療調査用に提供しているフレームワーク「リサーチキット(ResearchKit)」を使って開発された。フレームワークとは、アプリ開発を効率化するための枠組みである。リサーチキットには、医療系の調査アプリ開発に必要なモジュールがひととおり揃っており、これを利用することで開発が大幅に容易になる。ユーザは調査アプリをとおして自らの情報を提供することで、医療や科学の進歩に貢献できる。iPhoneという広く普及したデバイスを使って多くの人が参加できるため、従来の医学調査よりも広範かつ大量のデータを収集可能だ。そこから得られるデータを分析することで、新しい知見や治療法の発見が期待されている。すでに国内外の研究機関から糖尿病、不整脈と脳梗塞、自閉症など、さまざまな疾患に関するリサーチキットを利用した調査アプリがリリースされている。

メタボウォッチを使った調査への協力はいたってシンプルだ。まず、研究の説明を読んで参加に同意したら、その後はアプリの質問に答えていけばよい。質問項目は、年齢や性別といった基本情報から、身体測定、運動習慣、生活・食習慣、生活時間、歩数データと多岐に渡る。

身体測定では、身長・体重に加えて、メジャーを使って、胴回りや腕回りを自ら測って入力する。測定するのは、上腕周り、へそ周り、ウエスト周り(腹部の一番凹んだところ)、そしてヒップ周りの4カ所だ。

アプリでは身長・体重と、この4つの数値から、独自の推定式を使って体形や皮下脂肪、内臓脂肪の断面積などを算出しているという。調査終了時には、自分の体型パターンが図示され、簡単なアドバイスももらえる。

筆者の場合は、だいたい20分程度ですべての質問に答えることができた。なお、送られる情報はリサーチキットの機能によって匿名化処理されるので、個人が特定される心配はない。

川上研究室のある早稲田大学所沢キャンパスフロンティアリサーチセンター。川上研究室は、人間の体の運動を科学的に捉える「バイオメカニクス」を専門としている。

早稲田大学スポーツ科学学術院の川上泰雄教授(右)と、早稲田大学重点領域研究機構 持続型 食・農・バイオ研究所の田中史子氏(左)。

意外な相関を期待

アプリ開発の中心となった川上泰雄研究室は、人間の体の運動を科学的に捉える「バイオメカニクス」を専門としている。

「バイオメカニクスの研究では、身体の形状と身体機能の関係を知るために、さまざまな角度から人体の計測を行います。研究をとおして身体機能の秘密を解き明かすことは、多くの人を健康・幸福にすることにつながります」

スポーツ医学やバイオメカニクスというと、スポーツ選手が対象というイメージがあるが、実際にはトップアスリートから、一般の人、疾病を抱えた人など、幅広い健康レベルの人が研究対象になるという。

「一般の人を対象とした研究では、たとえば高齢者を中心とした体力測定や、生活、運動習慣の調査を行っています。その際には、アンケート調査から、体力測定、全身の3DスキャンやMRI検査など多くのデータを集めます。この方法は、詳細なデータが得られる半面、サンプル数が限られるため、その結果が日本人全体の中でどんな位置にあるのかわかりません。以前から、このデータの背景にある母集団、つまり日本人一般の体型や生活パターンがどうなっているかを知りたいと思っていました」

そんなときに、リサーチキットの存在を知ったことが、メタボウォッチの開発につながったという。

現在、同研究室で進行中のプロジェクトの1つが中高齢者を対象とした食や運動の調査解析と、それを基にした健康寿命を延ばすための食事と運動レシピの開発(内閣府戦略的イノベーション創造プログラム、時間栄養・運動レシピ開発)だ。

この研究に取り組んでいる早稲田大学の重点領域研究機構の田中史子助手は、メタボウォッチによる大規模調査データを次のように活かしたいと語る。

「十分なデータが集まったら、年齢ごとの生活パターンの変化や、生活習慣と体型の関連性などを、さまざまな軸で検討したいと思っています」

たとえば、「油ものを食べて、運動をしなければメタボになりやすい」といった当たり前の相関ではない、意外な因子が見つかることを田中氏は期待しているという。わかりやすくいえば、油ものを食べてそれほど運動をしていないのにメタボにならない人は、油ものを食べてメタボになる人と何が違うのかといったことだ。もし、新しい相関が見つかれば、健康を保つための、より実践的なアドバイスが可能になるかもしれない。

「食事を減らしましょう、運動をしましょうといった当たり前のアドバイスを実行するのは、現実には難しいものです。データ分析の結果によっては、食事を減らす代わりに1時間早く起きましょう、せめて食事の時間を早めましょうといった、比較的実行しやすいアドバイスができる可能性があります」(田中氏)

メタボウォッチ

【開発】WASEDA University

【価格】無料

【カテゴリ】App Store>ヘルスケア/フィットネス

リサーチキットを使って開発されたメタボウオッチ。「研究参加への同意」をチェックしたあと、リストにある質問項目に回答していく。

ユーザの負担を減らす

メタボウォッチは、以前から川上研究室と協力関係にあったヘルスグリッド社と共同で開発された。川上研究室が調査項目などの設計を担当、コーディングをヘルスグリッド社が担当した。開発段階で苦労したのは、調査項目の絞り込みだという。

「最初はもっとたくさんの質問や、iPhoneのセンサを使った体力測定なども考えていましたが、ユーザの負担などを考慮して、質問項目を半分ほどに絞り込み、運動能力測定も省きました。次のバージョンでは、違った機能も盛り込みたいと考えています」(川上教授)

また、意外に大変だったのがアプリのネーミングだという。紆余曲折の末、最終的にアプリ名に調査内容が含まれていて、かつ印象に残るものとして「メタボウォッチ」に決定した。

「すぐに思いつくようなアプリ名の多くは、すでにほかのアプリに利用されていたんです。イメージに合ったアプリ名を付けるのに苦労しましたね」(田中氏)

リリース後は、予想以上のペースでアプリがダウンロードされ、順調にデータが集まっているそうだ。ダウンロード数が大きく伸びた背景には、アップストアのトップページに長期間掲載されたことと、掲載中にスマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」のリリースが重なった幸運があった。特に、ポケモンGOのリリース直後は、段違いの勢いでダウンロード数が伸びたそうだ。このように、意外な外部要因の影響を受けるのも、アプリによる調査の特性といえるだろう。

「リリース前は、 1年ほどかけて1万件ほどのデータが集まればよいかなと考えていました。しかし、予想よりもずっと早く達成できそうなので、すでにデータ解析の先生とデータ活用の相談を始めています」(田中氏)

なお、データは多いほど信頼性が増すほか、季節ごとの生活習慣の変化にも注目しているとのこと。本記事を読んでからアプリをダウンロードしても調査に貢献することができるので、試してみてはいかがだろうか。

上腕周り、へそ周り、ウエスト周り、ヒップ周りを測るには、メジャーや体重計を用意する必要がある。この機会に健康グッズとして揃えるのもよいだろう。

歩数やウォーキング/ランニングをした距離、上った階段の段数などのデータは、iOS 8以降に標準で搭載されている「ヘルスケア」アプリのデータを使って収集する。

時間生物学的な分析を可能にするため、起床時間や就寝時間、食事を摂取した時間や食事にかけた時間など、生活時間に関する質問が多く組み込まれているのも特徴だ。

すべての調査が終わると、内臓脂肪や皮下脂肪の量などが独自のアルゴリズムを用いて推定され、運動や食事に関するアドバイスとともにフィードバックされる。