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近未来スコープ開発の筑波大生「Imagine Cup」で世界に挑戦!

著者: 神谷加代

近未来スコープ開発の筑波大生「Imagine Cup」で世界に挑戦!

アニメの世界を現実のものに

人間の視覚を進化させることができれば、どんなことが可能になるだろうか。近未来の世界を描いた人気SFアニメ「攻殻機動隊」の世界に魅了され、いまだ存在しない未来のテクノロジーへと想像をふくらませたかつての少年たち。

「自分たちも攻殻機動隊の世界に出てくるような近未来のデバイスを作ってみたい!」。そんな思いが出発点となって視覚拡張デバイスの開発に乗り出したのが、筑波大学教育院エンパワーメント情報学プログラムに所属する村田耕一さん、江國翔太さん、朝倉靖成さん、同大学院システム情報工学研究科知能機能システム専攻の上原皓さんだ。高校生の頃に夢中になった「攻殻機動隊」の世界を自分たちの手で再現できないか。同大学で生体制御やロボティクスなどを学ぶ仲間でチームを組んだ。

彼らを動かす直接的なきっかけになったのは、攻殻機動隊の世界を実現化するコンテスト「攻殻機動隊 REALISE PROJECT」(2015年)だ。同コンテストはアニメに登場する「義体」「電脳」「光学迷彩」などのテクノロジーを再現することで、ものづくりの可能性に挑戦する。筑波大の学生たちも憧れの世界を実現すべく、同コンテストへの応募を決意。それぞれの得意分野を活かして、人間の視覚機能を拡張できるウェラブルデバイス「バイオニックスコープ(Bionic Scope)」を開発した。

Bionic Scope

筑波大の学生たちが開発した視覚拡張ウェアラブルデバイス。遠くのものを見るときに、奥歯を噛みしめるとズームイン、意識的に大きなまばたきをするとズームアウトする。光学30倍ズームが可能で、生体電位信号を用いた視覚拡張デバイスのインターフェイスは特許も出願中だ。

筑波大の学生たちが開発したバイオニックスコープは、コンサートやスポーツ観戦などで遠くのものを見るときに、瞬時に見たいポイントを拡大できるデバイスだ。光学30倍ズームが可能で、奥歯を噛みしめればズームイン、意識的に大きなまばたきをすればズームアウトできる。双眼鏡のように手でレンズを操作する必要もなく、ハンズフリーで直感的に操作できるのが特徴だ。チームリーダーの村田さんは「最大30倍の視力で、近距離から遠距離までシームレスに見ることができる」とバイオニックスコープの魅力を語る。

仕組みとしては、脳から神経を通じて目の周りの筋肉へ送られる電気信号を、特別なセンサで皮膚の上から読み取り、その信号をもとにカメラを制御している。苦労して仕上げた生体電位信号を用いた視覚拡張デバイスのインターフェイスは、すでに特許も出願中だ。村田さんが「再現度が高いものができた」と話すように、4人の技術力や英知を結集してバイオニックスコープは完成した。

予選1位で通過したが…

微小な電位信号を読み取るためには特別なセンサが必要だが、市販のものでは十分な性能を期待できず、ゼロから設計する必要があったという。独自センサ技術の開発を担当した朝倉さんは、開発を振り返り「コアテクノロジーの部分なので、自分の作業の遅れがほかの人に影響するプレッシャーがあった」と語る。そのほかにも、「OSとの相性を調べて、動かすためのチューニング過程が厄介だった」(江國さん、ソフトウェア担当)「皆が仕上げたパーツを1つのパッケージに仕上げるために、どこにケーブルを通して、電源やスイッチをどう配備するか、アニメの持つSF的なデザインも考慮しながら考えた」(上原さん、ハードウェア担当)などと、完成までの苦労話にはこと欠かない。

一方で、チームリーダーの村田さんは「各自のスケジュール管理にも苦労した」と話す。というのも、4人はそれぞれ研究テーマを抱える学業が本分の学生。プロダクト開発が本業ではない。大学では個人の研究をしながら、バイオニックスコープの開発は空いた時間をうまく活用して進めなければならない。しかも、チームメンバーは普段、一人で研究に取り組むことが多く、チームで協力しながら作業を進める経験も少ない。自分たちが好きでやり始めたこととはいえ、目指す技術は高く、なおかつチームの結束力なくしては完成までたどりつけない。この世に新たなデバイスを生み出すためには、一人一人の作業レベルを向上させつつ、チームとしてのパフォーマンスをいかに高めることができるかが重要であることを知ったようだ。

こうして完成したバイオニックスコープを、いよいよ「攻殻機動隊 REALISE PROJECT」のコンテストに応募した学生たち。結果は見事、予選で優秀賞を獲得した。が、最終決勝の展示会で思わぬトラブルに遭遇する。予選ではうまく稼働していたのに、決戦当日まったく動かない事態に見舞われたのだ。彼らは予選を通過したあと、バイオニックスコープをさらに進化させようとバリエーションを増やす開発に着手した。ところが、それが裏目に出たのか、結果として最終決勝までに安定性のあるデバイスに仕上げることができなかった。ハード担当の上原さんは「決勝を楽しむどころか、“もっとこうすればよかった”と悔しい思いばかりが残った」と当時を振り返る。だが、このときの悔しさが、彼らを次なる挑戦へと駆り立てたのだ。

それは「イマジンカップ」、世界最大の学生向けITコンテストへのチャレンジだ。

あきらめない、いざ世界へ!

イマジンカップとは、マイクロソフト創始者ビル・ゲイツの発案で始まった学生向けのITコンテスト。テクノロジーを使って社会の課題解決に役立つソリューションや新たな価値観を与えるプロダクトを創造し、国際競争力のあるIT人材育成を目指している。マイクロソフト本社による年次イベントで、この10年間に参加した学生は190カ国のべ165万人以上を突破。自国の国内予選を勝ち抜いた1チームのみが、米国シアトルで開催される世界大会へ進み、ワールドチャンピオンをかけて競い合う。まさに世界規模の学生向けITコンテストだ。

日本マイクロソフトでも、毎年4月にイマジンカップの国内予選を開催しており、筑波大の学生たちは、今年の国内予選にエントリーすることで、前回のリベンジを果たした。「イマジンカップは学生のITコンテストで一番有名。多くの人に作ったものも見てもらえると思った」と村田さんはイマジンカップにかける思いを語る。国内予選の結果は、“応募段階から勝つ自信があった”とメンバーが話すように、「イノベーション部門」で優勝。世界大会出場にも選ばれシアトルへの切符を手にした。

7月に行われた世界大会には、自国の予選を勝ち抜いた計35カ国が参加した。各国にそれぞれ、10分間のプレゼンと20分間の質疑応答が与えられ、学生たちは自ら作り出したソリューションやプロダクトを披露する。単に技術力やアイデアの斬新性を競い合うのではないところがイマジンカップの特徴で、テクノロジーを使って創り出したものが社会に与えるインパクトを表現することが重要視されている。そのためには、審査員を説得させるためのビジネスモデルや実証実験データ、さらには作り手の思いを伝えることも大切にしており評価の対象になる。もちろん、すべて英語で行われるが、参加国の多くは英語が第2外国語の学生たち。いかに英語で表現できるかも勝敗を決める要素になってくる。

筑波大の学生たちも世界大会への出場が決まってから、英語のプレゼンを猛練習したという。本番のプレゼンではバイオニックスコープの魅力を渾身の英語で伝えるとともに、「自然災害時における行方不明者の捜索、人が多い場所での警備強化に活用できる」とその需要をアピールした。災害や警備は、どの国にとっても課題であることから多くの国にとって新しいソリューションになると伝えた。

世界大会の結果、日本代表として挑んだ筑波大の学生たちは惜しくも入賞を逃してしまった。最終決勝では医療用ウェアラブルデバイスを開発したルーマニアがワールドチャンピオンに輝き、今年のイマジンカップは幕を閉じた。世界大会を振り返り、村田さんは「持てる力は出し切ったが、フィージビリティ(実現可能性)に関する部分が足りなかった」と自身の分析を述べている。バイオニックスコープの需要や普及する可能性について、より現実味のある数値やデータを用いた説明が必要だったというのだ。

大好きなアニメの世界を実現したい。そんな思いから始まった彼らの挑戦も、イマジンカップの終わりとともに一旦は幕を閉じた。彼らが作り出した新しいデバイスは、次々に新たな挑戦を彼らに持ちかけたが、挑むべき課題が大きくなるにつれて、彼らは目の前の挑戦を楽しんでいたようにも見える。彼らを突き動かした原動力にこそ、ものづくりの原点を見たような気がした。

イマジンカップ世界大会におけるプレゼンの様子。「今までにないほどの緊張感を味わった」と話すメンバーたち。プレゼン当日まで最終調整を行い、何度も英語の練習を繰り返した。「食事だけが唯一の楽しみになるほど、あとはすべてイマジンカップの準備に費やした」と話すメンバーも。

イマジンカップの大会期間中は、参加国の学生たちが作ったプロダクトやソフトを展示する「見本市(Showcase)」も開催された。筑波大生たちは残念ながら最終決勝に進めなかったものの、ここでは一番の人気。多くのメディアや来場者が彼らのブースに詰めかけ、実際にバイオニックスコープを手にとった。

日本代表としてイマジンカップに出場した学生チーム。チーム名は「Biomachine Industrial」だ。左上が村田耕一さん(チーム統括リーダー)、右上が江國翔太さん(ソフトウェア担当)、左下が上原皓さん(ハードウェア担当)、右下が朝倉靖成さん(センサ技術・回路担当)。

【News Eye】

テクノロジーの分野に長けた学生たち。さぞかし子どもの頃から“ギーク”なのかと思いきや、意外にも「コンピュータにハマったのは大学に入ってから」と話す。子どもの頃はむしろ“アナログのものづくりが好きだった”と話し、アイデアを形にする行為そのものに関心があったようだ。

【News Eye】

英語プレゼンに向けて日本マイクロソフトのメンバーからもアドバイスを受けた学生たち。「自分たちのプレゼンに自信を持つ」「間違っても謝らない」「スクリーンは見ないで観衆とアイコンタクトをとる」「常にスマイル」など基本的なTipsが役に立ったという。