エコシステムを重視
アップルの2016年第3四半期決算は、前年同期比で減収減益という結果だった。特に中国の33%減収という減速は手痛いものがあった。その中で明るい材料を探すとすれば、iPhone SEが好調で前年同期比で23%の増収となった日本市場、iPadプロによる製品単価向上で販売台数減ながら増収となったiPadカテゴリ、そして前年同期比19%増となった「サービス」カテゴリがある。
サービスカテゴリには、アップルミュージック(Apple Music)やiTunesストア、アイクラウド(iCloud)サービスに加え、アップストア(App Store)からの収益が含まれている。ティム・クックCEOは、サービスカテゴリだけでも、2017年には、フォーチュン(Fortune)100企業と同じ規模の売上高を達成できると自信を見せる。高付加価値製品を大量に販売するデバイスビジネスは捨てられないだろうが、すでに獲得したユーザからの収益を伸ばし、景気や季節変化の大きなデバイスビジネスの比率を下げることは、安定的なアップルの成長をもたらすと考えているのだ。
そのエコシステムの原動力は、開発者だ。アップルはすでに500億ドルもの収益を開発者に分配したとしている。同時に、iOSのアプリ開発に関する雇用への貢献にも言及しており、日本では96億ドルの収益を分配、44万5000人もの雇用を創出した。ただし、アップストアも安泰ではない。
現状、アップストアは、アンドロイド向けのアプリストア「グーグル・プレイ(Google Play)」の2倍近くの収益を上げているという。ただし、アンドロイドはiOSより5倍以上多いユーザを抱えており、多様な月額課金モデルや、国ごとにカスタマイズできるアプリダウンロードページなど、多様なビジネス開発にも積極的だ。
アップルがアンドロイドに対する優位性を保持するために行うことは、良質なアプリ開発者が絶えずエコシステムに参入してくることだ。その取り組みの1つが、「若いiOSアプリ開発者を育てること」である。
Swift Playgrounds
【URL】http://www.apple.com/swift/playgrounds/
WWDC 2016(アップルの年次開発者会議)で発表されたスウィフト・プレイグラウンドはiOS 10とともに今秋リリース予定。アップルが開発したプログラミング言語であるスウィフトを使ってアプリの作り方を学ぶことができる。ポイントは、iPadだけがあれば利用できること。開発言語の基本を学べるだけでなく、コードをiPadの実機でフルスクリーン動作させ、検証することもができる。また、チュートリアルがゲーム形式で展開されていくというのも大きな特徴だ。「Byte」というかわいいキャラクターがゲームのステージをクリアし、パズルを解いていくことでプログラミングの基本が学べる仕組みだ。
スウィフトという解
アップルは、エコシステムの持続的な発展の方法に「教育」を活用しようとしている。その舵取りが非常にわかりやすく現れたのが、iPad向けiOS 10に搭載されるプログラミング学習アプリ「スウィフト・プレイグラウンド(Swift Playgrounds)」だ。
簡単に紹介すれば、このアプリは実行環境付きコード学習環境だ。Xcodeで作成・編集することができる教材をiBooksのようにアプリ内にダウンロードすれば、すぐにスウィフトを学び始めることができる。
画期的なのは、プログラミングの初歩を、文字で構成されるコードで学習し始められる点だ。関数が割り当てられたブロックを並べるプログラミング入門の教材は身近だが、実際のプログラミングとの乖離がある。スウィフト・プレイグラウンドは、プロのアプリ開発者が利用するスウィフトを直接学び始めることができる。
ただし、その方法には工夫がなされている。ちょうど予測変換で文字入力を行うように、利用できる関数が候補として表示され、タップしながらプログラムの問題を解いていける。また、繰り返しなどは「+」ボタンをタップして追加でき、カッコをドラッグして範囲を囲むこともできる。いわば、タッチ世代に最適化されたプログラミング環境をアップルは発明したのだ。
スウィフト・プレイグラウンドでは、iPadの画面を半分に分割し、コードの入力と動作を1画面で実現するレイアウトを採用している。Xcodeには、スウィフトを書いたそばから実行できる「プレイグラウンド」機能が搭載されているが、これがiPadにも採用され、書いたコードをすぐに実行して確認できるようになっている。
高校生が体験すると
2016年7月に、筆者が副校長を務める長野県上田市にあるプログラミング必修の通信制高校「コードアカデミー高等学校」の授業で、スウィフト・プレイグラウンドを採用した。講師と生徒が開発者登録もしくはベータ登録を行い、iOS 10の情報を共有できるようにして実施した。
生徒は、スマートフォンが操作できれば、なんら新しい操作を覚える必要もない。また、予測変換とタップ操作で行うコード入力は、普段のキーボードよりもすばやく作業が進められる、との意見もあった。
スウィフト・プレイグラウンドには、スウィフトの基礎を学ぶことができる教材が揃っており、iOS上のスウィフトならではの、物理エンジンを活用した問題を体験できる。コードの基礎とともに、スウィフトのポテンシャルを理解することも可能なのだ。こうした身近な体験は、簡単なゲームアプリの制作を試してみたい、といった動機を作り出すには十分だった。
また、授業を運営するサイドから考えても、スウィフト・プレイグラウンドはプログラミング教育を導入するハードルを非常に下げてくれた。iPadさえあればすぐに始めることができ、特別なデバイスやソフトウェアのセットアップも必要がない。実際、プログラミングの授業では環境のセットアップに大きな時間がかかるからだ。
また、教材についても、MacのXcodeから編集でき、生徒に簡単に配布することができる。英語のスウィフト・プレイグラウンド向けの教材を和訳したり、授業で使わない部分を省くといったカスタマイズで、授業の進行を構成することもできた。
素早く学ぶことが重要
スウィフトによるプログラミング入門は、アップル以外でも、「教育プログラム」として採用されるようになった。サンフランシスコでプログラミング教育を運営し、全米の教育機関にも学習環境を提供しているメイクスクール(Make School)は、「自分のアプリをアップストアに掲載する経験」を重視し、スウィフトによるプログラミング教育のプログラムを実施してきた。そして、日本のZ会とパートナーシップを組み、東京でも3週間のサマースクールを初めて開催。サマースクールでは毎週日曜日に5時間の授業が3週間続き、1週目はプログラミング基礎とオブジェクト指向を学び、2週目はアルゴリズム、そして3週目でiPhoneのゲームアプリ開発を行う。
当然授業だけではカバーしきれないため、専用のオンライン教材と質問コミュニティを用意し、過去にメイクスクールで学んだ先輩に気軽に聞いて問題を解決する仕組みを備えている。集中力も求められるが、3週間で、参加する20名の生徒全員がアプリ完成にこぎつけられるのだ。
これに合わせて来日していたメイクスクールのCEO、ジェレミー・ロスマン氏は、スウィフトを主体としたカリキュラムについて、次のように紹介した。
「メイクスクールでは、生徒たちがアップストアに自分のアプリを掲載することを、初めてのミッションにしています。その理由は、私自身がメイクスクールを作るきっかけを得たこと、そしてデザインやユーザ体験、サポートという、自分だけでは学べない領域へ進めることにあります。もっとも重要なことは、プロと同じ道具を、すばやく学ぶことができる点です。プログラミング学習では、1度目は新たな概念に触れ、2度目でそれを自分のものにしなければならない。その際に、プレイグラウンドを備えるXcodeでのスウィフト学習は、非常に効率的なのです」
プログラミング学習は、英国に負けじと、日本でも必修化の方針となった。ただし、教育現場では、とにかく教えられる教師が圧倒的に不足しており、現実的な教育政策と評価することはできない。コードアカデミー高校とZ会での授業での経験は、スウィフトが、今手元にある非常に現実的な選択肢となり得ることを表しており、アップル・ジャパンの取り組み次第では、日本の教育にも影響を与えることができるだろう。
長野県上田市にあるプログラミング必修の通信制高校「コードアカデミー高等学校」の授業で、スウィフト・プレイグラウンドをいち早く採用した。スマートフォンが操作できれば、なんら新しい操作を覚える必要もなくプログラミングを始められる。多くの教育機関におけるプログラミング学習にもスウィフトは採用されていくだろう。
【News Eye】
ソフトウェア開発を総括するクレイグ・フェデリギ上級副社長によると、スウィフトを開発し、オープンソース化した背景に、教育活用もあった。よりシンプルに記述することができ、プレイグラウンドを搭載したことも、学習への活用を意識してのことだった。
【News Eye】
「ブロックで組み立てて初歩を学べるのも素晴らしいですが、初めからプロフェッショナルが利用する言語を学んだほうが効率的です。簡単に記述でき、シンプルかつ表現力が豊かなスウィフトは、入門からプロまでカバーするスケーラビリティが優れています」(クレイグ・フェデリギ)