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アップルが日本の「雇用創出」を公開 見えてくる依存と序列の変化

著者: 氷川りそな

アップルが日本の「雇用創出」を公開 見えてくる依存と序列の変化

異例の情報公開手法

8月2日、アップルはWEBページにおいて「雇用創出」を日本市場向けに集計したものを公開した。これは、自社の事業がもたらす社会貢献をデータ化して公開する取り組みの一環である。そもそもは2012年の3月に本家の米国サイトで公開が始まったものだったが、4年半経った今になってほかのエリアの情報公開を行ったという経緯だ。

これが恒例のIR(投資家向け状況報告)情報であれば、そのまま流されてしまっただろう。しかし、本誌を含め複数のメディアが注目しているのが、今回の情報はローカル、つまりその地域ごとに特化した内容での公開だったからだ。

アップルは通常すべてのオペレーションにおいて「グローバル」を標榜としており、どのエリアでも同じレベルでの情報公開を基準としてきた。過去公開された実績でも、環境やサプライヤー責任、プライバシーといった取り組みに関して見ると、アップル全体の取り組みとしてコンテンツを作成し、各国のページに翻訳されたものが載るというスタイルが一般的だ。その点でも、今回日本向けに特化した内容でページをローカライズしてくるというのは、これまでのルールとは異なった目的で掲載を行ったと考えることができるはずだ。

そもそもこれらの取り組みを公開するのは、われわれ一般消費者をメインターゲットにしているわけではない。先代のCEO、スティーブ・ジョブズが存命だった頃であればハードウェア、ソフトウェアともに技術面における革新の伸びしろも大きく、新製品を出し続けることで市場の注目も十分に得ることができた。しかし、成熟期に入った現代においては過去と同じようなインパクトを新製品のリリースだけで市場に与え続けるのは難しい。とはいえ、会社の成長(もしくは成熟)を常に示し続けなければいけないのも、資本主義における企業に与えられた使命だ。

ゆえにティム・クック現CEOは「社会貢献と多様化への対応」という新しい指標をもたらすことで、アップルの価値を引き続き高めようとしている。単なる「イノベーション企業」ではなく社会の一端を担う「大人の企業」という側面を持つための施策と捉えれば、これらのPR活動にも一貫性が見出せる。オープンで社交的な企業というのは誰から見ても社交的で、投資家にも新しい魅力が提供できるのは間違いない。

公開された数字が語るもの

今回の雇用創出情報は「出したこと」に最大の意味があり、各項目における数字の大小が絶対的な企業評価につながるものではない。また、公開されたデータも絶対的な数字としてオープンにされているように見えるが、実際にはどう評価するべきなのかという指標になるようなものが示されていない。つまり、このデータ単体では競合する企業には手の内を明かすことなく、投資家には有益(に見えるよう)なスタイルをとっているあたりは、徹底した秘密主義を貫くアップルらしいやり方であり、非常にしたたかだと評するべきだろう。

だからといって、この情報は決して何も見えないブラックボックスではない。日本という単独ページでは見えてこないものも、関連ページと組み合わせることで浮き上がってくるものがある。現在は2014年(および2015年の補足資料)にアップデートされている米国の雇用創出ページと、日本の公開とほぼ同時期に欧州市場向けにローカライズされた同ページを見てみよう。

まず日本国内においてアップルが創出、または支援した雇用の数は約71.5万という数字だが、これは米国では約190万と比較すれば37.6%と、さほど大きくないように見える。しかし、欧州11カ国の合計約146万に対して49%という実績を考えると、決して侮れない数字なのがわかる。特にサプライヤー関連だけで絞ってみると、米国の約40万に対して67.2%の26.9万の雇用がある。これは欧州の24.1万を超えており、改めてアップルの日本に対するサプライヤー依存率の高さ、重要さがよくわかる。

アップルは古くから日本市場を少なからず重視してきていたのは有名だ。もともとはジョブズ氏が熱心な日本製品や文化の愛好者であったことにも由来するが、アップル市場全体の売り上げに占めるシェアも決して少なくないことも要因として大きい。近年では欧州だけでなく中国市場の台頭からその絶対的な割合では小さくなってしまったが、それでも常に8%以上のセールスボリュームを維持している。これは全体の57.5%が米国以外のセールスで構成されるようになってきた中でも目立つ存在だ。加えて今四半期の決算報告によると、全体が前年同期比でマイナス15%の成長率という厳しい状況の中で唯一、23%ものプラス成長を続けているという点でも重要性は高い。特に中国市場の成長率がマイナス33%という不安材料を抱える中での成果なだけに、アップル内での期待も高いだろう。

市場の潜在価値、伸びしろの高さが期待される日本市場だが、今回公開されたデータからその効率のよさも見てとれる。近年、アップルのエコシステムを代表する数字として取り上げられるデバロッパー(ソフトウェア開発者)の登録人数は約53.2万人。6月のWWDCにおいて全世界での登録数が1300万人を超えたと発表された事実から考えると実に4%だ。同様に日本法人のアップル社員数は2900人と公表されたが、これも以前に報道された資料によるとアップル社全体の従業員数11万5000人なので、わずかに2.6%だ。すでにロジスティック(物流)やファイナンス(経理)、マーケティング部門はアジアエリアで統合されており、日本法人単独では営業とサポート、そして一部の開発部門しかないことを考慮しても欧州(2万2000人)の9分の1程度でこれだけの実績と成長を続けているというのは、まさに「金の卵」と呼ぶべき存在である。

序列は変わるのか

これらの数字から分析すると、今回の雇用創出のレポートは単なるIRではなく、それ以上にトータルオペレーションにおけるアップルの「依存」と「序列」に変化が見てとれる。CEOがクック氏に切り替わった前後の時期は、シェアや成長率ともに目立つものはなく、むしろ縮小する市場として、その優先順位が大きく落とされていた日本だったが、中国バブルの終焉や欧州経済の不況といった不安材料からマイナス成長に転じてしまったアップル全体を支える大きな柱としての存在感がそこには見え隠れしている。

だが、それでも見えてこないものもある。まずは中国市場の雇用創出データが公開されないことだ。「世界の工場」として君臨する中国への依存率の高さは、アップルも例外ではない。その数字によってアップルのポテンシャルを図れるはずだが、本校執筆時点では未だ公開されていないところを見ると、ここはさすがに手の内を明かしたくない事情があるのではないかと推測される。

また、成長率では新しいエリアの数字も見逃せない。四半期決算によればインドにおけるiPhoneの販売台数は前年同期比で51%も伸びており、ほかにもトルコやロシアなどでプラス成長が見られるとの報告がある。サプライとセールス、その両面で重要なポジションを持つ日本の序列が急に崩れ落ちることは考えにくいが、IT業界においてポスト中国との呼び声も高いインドやブラジルといった新興国が今後存在感を見せるのは間違いない。

「グローバル」というキーワードでぼかされやすいアップルの内部事情だが、資料を組み合わせことでそのエリアごとの序列、力関係が透けて見える手掛かりとして考えると興味深いものではないだろうか。

日本における雇用創出の数字

●日本のデベロッパの数??53万2000人

●日本を拠点とするデベロッパの収益??96億ドル

●日本を拠点にした、アップルケアをサポートするアドバイザーとカスタマーサービスの社員の数??600人

●日本にあるサプライヤーの数??865社

●iOSとアップストアのエコシステム関連の雇用??44万5000人

●アップルが日本で創出または支援した雇用の数??71万5000人

●アップルの支出と成長の結果、他企業で創出された雇用??26万9000人

●日本におけるアップルの社員の数??2900人

米国における雇用創出の数字

●米国におけるアップルの社員の数??6600人

●米国におけるアップルストアの従業員の数??3万人

●米国を拠点にした、アップルケアをサポートするアドバイザーとカスタマーサービスの社員の数??1万9000人

●アップルが米国で創出または支援した雇用の数??102万7000人

●iOSとアップストアのエコシステム関連の雇用??62万7000人

●アップルの支出と成長の結果、他企業で創出された雇用??33万4000人

欧州における雇用創出の数字

●欧州におけるアップルの社員の数??2万2000人

●欧州におけるアップルストアの従業員の数??1万4100人

●欧州にあるサプライヤーの数??4700社

●アップルが欧州で創出または支援した雇用の数??146万人

●iOSとアップストアのエコシステム関連の雇用??120万人

●アップルの支出と成長の結果、他企業で創出された雇用??24万1000人

【News Eye】

今回、日本という限定的なエリアにおいて雇用創出情報を提供したのは別の意図があると指摘する報道もある。iPhoneの実質的な販売価格統制が独占禁止法に抵触するとして、公正取引委員会が摘発しようとしており、牽制のためにあえて情報公開に踏み切ったのだという説だ。

【News Eye】

日本におけるアップルの独占禁止法違反調査は、過去にも2000年にMacの販売価格が統一されるように強制されていたとして小売店から通報され、公正取引委員会によって警告が行われている。それだけに今後の動向には注目する必要があるだろう。