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第39話 デジタルは、ファッションを幸福にできるのか

著者: 林信行

第39話 デジタルは、ファッションを幸福にできるのか

Google「Project Jacquard」

【URL】https://atap.google.com/jacquard/

ファッション業界関係者はもちろんのこと、女優やモデルなどの世界中のセレブたちがニューヨーク市メトロポリタン美術館に集結するモードの祭典「MET GALA」を今年はアップルがスポンサーした。展覧会「Manus x Machina : Fashion in an Age of Technology」(テクノロジーの時代におけるファッション)」開催の挨拶にはアップルの最高デザイン責任者であるジョナサン・アイブが登壇し、「我々はファッションの歴史から学ぶべきことがたくさんある」と語った。

デジタル×ファッションは相変わらず大きな話題だが、そこにはいろいろな切り口がある。有名ファッションブランドとのコラボが進むウェアラブル機器もそうだし、ファッションへのデジタル素材の活用もそうだ。グーグルはリーバイスと一緒にスマートフォン操作用センサをデニムへ織り込む技術を開発しているし、有機ELや電子ペーパーを衣服やスニーカーなどに組み込んだりするケースも増えた。デジタル技術で体を採寸してピッタリサイズの服や靴、下着をオーダーすることも大きな潮流になりそうだし、自分ならではのデザインにカスタマイズできるファッションも増えつつある。縫製職人を検索し、1点から注文できるnutte.jpなどのサービスも面白い。

昨年来、こうしたデジタル×ファッションの最前線について講演する機会が増え、5月26日には三越伊勢丹との協業で行ったifs未来研究所での最新プロジェクトを発表した。

プロジェクトは当初、デジタル×ファッションの最先端を展示しようとしていたのだが、紹介しようと思う商品の多くが、テクノロジーを持つ企業が「便利さ」や「機能性」、「経済合理性」を軸に開発を進め、後付け的にファッションの要素を加えたものだと気がついた。おそらくそうした商品では三越伊勢丹を訪れる、審美眼をもつファッション好きな人の琴線には響かない。

そこで、プロジェクトメンバー全員で「ファッションとは何か?」という考えを持ち寄った。見ているだけでワクワク。肌で心地よさを感じる。着るだけで背筋が伸びる。自分が変われると思う…etc。それらをコピーライターの李和淑さんが、ステキな言葉にまとめてくれた。

ーー 本来、服は、身体に作用するもの。でも、ファッションは、心に作用するもの。キレイになりたい。カッコよくなりたい。気持ちよくなりたい。新しくなりたい。そんな気持ちを満たすのが、ファッション。エモーショナルに訴えるものが、ファッション。そこにデジタルが掛け算されたら、どんな〈みらいファッション〉が生まれるのか。それを研究していきます。ーー

研究メンバーの心が1つにまとまった。我々の合言葉は、「ファッションって、恋。 ~デジタルは、ファッションを幸福にできるのか~」だ。

デジタルからはおよそ掛け離れた印象の視点だが、だからこそ、ファッションの視点から見て魅力があるかを厳しい目で評価し、商品を選んだり、開発したりできる。

デジタル都合の融合は、随所で起きている。たとえば、相変わらず増え続けるIoT製品。そもそもリビングやベッドルームに置きたくてたまらない、恋することができる製品でなくてはならないが、それよりも機能や便利さが先立ち、その結果として暮らしのシーンがどんどん、みすぼらしくなってしまう。

なのに最近は、経済合理性と便利さばかりが優先する価値観に溢れ、私たちの暮らしの中には、汎用パーツだらけだったり、チープなプラスチック製だったり、表示がうるさかったり、心ではなく頭ばかりに作用する日用品がすっかり増えてしまった印象がある。そんなものづくりばかりを助長して、未来人の心を豊かにできるのだろうか。そんな視点を常に持ち続けながら、自分の活動でも大事にしていきたい。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタント。語学好き。最新の技術が我々の生活や仕事、社会をどう変えつつあるのかについて取材、執筆、講演している。主な著書に『iPhoneショック』『iPadショック』ほか多数。