海賊旗は対抗文化の象徴
4月1日、創業40周年を迎えたアップルの本社キャンパスに海賊旗が翻った。かつてMacintosh部門が拠点としていたビルの屋上に立てられた海賊旗のレプリカである。この旗の掲揚は、同社が今も「海賊旗を掲げられる企業」であることを内外に示している。
歴史を紐解くと、今日のMacに至るMacintosh開発は、リサ(Lisa)プロジェクトから追い出されたスティーブ・ジョブズ氏が、当時ジェフ・ラスキン氏が進めていたプロジェクトをのっとる形で始まった。チームは社内の主流から外れた者の寄せ集めだ。1983年1月、ライバルであるリサが発表された直後の重苦しい雰囲気のミーティングで、ジョブズ氏の言葉がチームメンバーを奮い立たせた。その1つが「リアルアーティストシップ」、アーティストが作品を生み出すように開発に取り組むモノ作りの誇り。そしてもう1つが、「海軍に入るくらいなら、海賊になったほうがいい」である。常識や規律に捉われるよりも、自分で舵を握り、自らの船で時代を築いていこうという気概である。
同年8月、80人以上が関わる部門に成長したMacintosh開発は「バンドレー3」という大きなビルに拠点を移した。そのときに、チームが大きくなっても開発の志を失わないようチームメンバーが海賊旗を手作りし、そして新しいビルに入る前日の深夜、ビルに忍び込んで屋上に旗を立てた。
海賊旗は非公式のものだが、今では「1984」や「Think different.」と同じく、アップルのカウンターカルチャーや開拓精神の象徴になっている。海賊たちが生み出したMacが、権威や中央管理(=海軍)を思わせるメインフレームを打ち破って個人に自由をもたらしたからだ。
日本ではあまり意識されていないが、米国においてMacをはじめとするパーソナルコンピュータは、カウンターカルチャーの産物の1つと見なされている。それは米国で重んじられる開拓精神にも通じるものだ。iPodやiPhoneはもちろん、グーグル検索、ユーチューブ、ネットフリックス等々、対抗文化が根づいたシリコンバレーから社会を変える製品が次々に登場してきた。
10年前のMac30周年イベントで、当時を振り返るMacintosh開発チームの面々。海賊旗については、メンバーのアンディ・ハーツフェルド氏(中央)がFolklore.orgに寄稿した「パイレーツ・フラッグ」で詳しく書き記しており、その内容については他のチームメンバーも認めている。【URL】http://www.folklore.org/StoryView.py?story=Pirate_Flag.txt
成熟しても挑戦する企業
40年も個人向けコンピュータを開発・販売しているメーカーはアップルをおいてほかにない。しかも、PC販売台数が年々減少する今もMacを成長させ続けられている。昨年末、米CBSが放送したアップルを特集する番組で、フィル・シラー氏(ワールドワイドマーケティング担当副社長)は製品が食い合うラインアップを「意図的なもの」と述べた。iPadの開発チームはノートブックが不要と思わせるぐらい素晴らしい製品を目指し、一方でMacBookチームも最高のノートブックを追求する。社内においても対抗を辞さないカウンターカルチャーの精神が、結果的にMacを類を見ないポストPC時代のコンピュータに進化させている。
創業40周年にあたり、元アップル技術担当のジャン=ルイ・ガセー氏は「40年の歴史:アップル3.0」という手記を公開した。ガレージ起業からコンピュータ市場を開拓したものの、一時は倒産寸前まで追い込まれ、そこから驚異的な躍進を果たしたアップル。大きな浮き沈みを繰り返して時価総額世界一の巨大企業に成長したが、ガセー氏は「成熟したからといって退屈になるとは限らない」と述べている。40歳になったアップルは今も内外で新しいことに挑み、人々の関心を集め、私たちを驚かせる企業であり続けている。
成熟しても海軍にはならない、本社キャンパスのメインゲートの前に翻った旗は、アップルがこれからも海賊であり続ける宣言である。