クリエイティブの進化は続く
クリエイターのためのデスクトップツールメーカー。多くの人にとって、アドビはそんな印象が強いはずだ。確かにそれは、今も昔も重要な柱に違いない。しかし、時代は変わった。コンピューティングの中心はデスクトップからモバイルへとシフトし、デスクワークにこだわらない自由な作業スタイルが生産性を高めている。
タブレットがポストPCと目され、デスクトップコンピュータの終焉とも呼ばれる時代。アドビもモバイルへと完全な舵を切るのだろうか。確かにアドビ製のモバイルアプリは数多くリリースされており、現在20種類以上もある。そのアプリたちは、従来のデスクトップ製品とは明らかに異なるアプローチをとっている。
たとえばフォトショップ・スケッチやイラストレータ・ドローは、モバイルデバイスの中でも特にタブレットとスタイラスの組み合わせでの利用を想定し、カンバス(アートボード)としての利便性を活かす形で、大きく機能を絞り込んでいる。汎用性は失われたが、操作レスポンスは大きく向上した。また、モバイルならではのユニークなアプリとして、キャプチャCCが挙げられる。iPhoneやiPadで撮影した写真をベクター画像に変換したり、一部を切り取ってブラシのテクスチャとして利用したり、一部のカラーを抽出してカラーテーマやビデオ用のLOOK(グレーディング用のトーンデータ)を作成したりするなど、「作品作りのアシスト」に特化している点が興味深い。
こうしたモバイルアプリで作られたデータの最終地点はあくまでデスクトップであり、これらをシームレスにつなぐのがクリエイティブクラウドだ。最近のアップデートではアセットの同期や共有も可能で、複数台のマシンを使った作業の効率化向上も視野に入れられるなど、ユースケースに沿った機能拡張が図られている点も見逃せない。場所や機材を限定することなく、クリエイターにとって最適の環境を提供すること。それがクリエイティブクラウドの真の目標だといえるだろう。
Creative Cloud
クリエイティブ・ソフトウェアを連係するためのクラウドサービス。データをソフト間で共有するためのストレージ、自分のクリエイティブアセットを同期したり共有したりするサービス、デスクトップやWEBで利用できるフォントライブラリ、写真・ビデオ・グラフィックスといった外部素材を取り込むためのストックライブラリ、といった多くの顔を持つ。これまでソフトごとにばらばらだったライセンス管理は、クリエイティブクラウドのアドビIDに一元化された。
ビジネスにクラウドを
アドビのテクノロジーは、クリエイティブ以外にもその活躍の場を広げている。その中でも特に成長しているのがPDFだ。アドビのもっともコアな資産でもあるポストスクリプトに端を発したPDFは、実際のプリントと同等のものをデジタルで表現するために誕生した。当初からフォントの埋め込みなど、どのマシンでも正しくプリントされる表現の正確性が重視され、必要であれば紙に出力できるという利便性がビジネス用途でも活用されるようになったのは、ある意味当然ともいえる。
加えて、閲覧や複製を制限する暗号化(バージョン1.1)や閲覧確認を追証する電子署名(1.3)、データの改竄検出(1.6)といったデジタル特有の技術が盛り込まれていることも注目に値する。その最新版(1.7)は、国際標準化機構によってISO 32000─1として標準化され、電子文書のスタンダードとして広く浸透していった。
大きく育ったこのPDFを、より使いやすくする試みがドキュメントクラウドだ。PDFのデプロイメント(一斉配布)のみならず、閲覧記録を管理する「送信とトラック」や、公的に有用性のある電子署名を埋め込む「eSign」などはPDFが持つ機能を積極的に活用できるソリューションだ。また、マイクロソフトのオフィス系ファイルをPDF化する「Export PDF」など、PDFの高い汎用性とクラウドの連係力を活かしたサービスが続々と登場してきている。
アドビのPDFビジネスは、単なるツールの提供だけに止まらない。こうしたソリューションによって、一般企業におけるIT活用のオピニオンリーダーとして、アドビがイニシアティブを持ち続けていくことに貢献している。
Document Cloud
PDFをベースにした電子文書を管理・活用するためのクラウドサービス。クラウドならではのユビキタスかつスピーディなやりとりが可能、書類の暗号化やアクセス管理、追跡、さらには電子署名によるデータの保証など、セキュリティの高さもビジネスに安心して利用できるポイント。他種ファイルのPDF変換サービスなど、標準ツールであるという利点を活かしたソリューションも用意している。
マーケティングに創造を
アドビが手がけるビジネスは、マーケティングの分野にも及ぶ。その発端は2009年末、アクセス解析企業オムニチュアの買収だ。当初は、ドリームウィーバーなどにより構築したWEBサイトの解析、A/Bテストすることなどを提案していたが、ソーシャルやスマートフォンなどのようなデジタルコミュニケーションが重視される時代になっていった。消費者のメディア接触もオンライン中心になり、企業は自社サイトを中核としていかに顧客へリーチできるかを重要視するようになっている。
マーケティングクラウドはそういった実情に合わせ、アクセス解析をはじめとして、キャンペーンや広告などの効果測定、ソーシャルメディアへのアプローチなど、多彩な施策に対応できるサービスだ。それぞれのサービスごとに細分化したソリューションをリリースするなど、進化も絶え間ない。
こうしたサービスを持つことは、アドビのビジネスの多様性を広げるだけでなく、クリエイティブカンパニーである自社自身のマーケティング実行能力を高めることにもつながる。事実オムニチュア買収後のプレスリリースには、市場調査結果をレポートしたものが増えており、マーケット全体への意識が高まっているのは間違いないだろう。
さらに2015年末にはコムスコアの持つデジタルアナリティクス技術を買収しクラウドに組み込むなど、今後もより大きな成長に向けて投資を続けている。マーケティングクラウドはアドビの3つ目の柱、もしくは今後の主力ビジネスとなるだけの十分なポテンシャルを持つ、注目のクラウドサービスといえるだろう。
Marketing Cloud
顧客体験の最適化によるビジネス貢献という、約7年前にアドビが新規参入して以降、急速な進化を続けている企業向けサービス。マーケティング活動の分析や顧客分析、キャンペーン施策やそれに伴うアセットの管理、広告出稿の自動化、ソーシャルメディアによる交流、さらにはWEBやソフトのパーソナライズなど、幅広い目的をカバーする。ブランディングやアイデンティティといった価値を重視し、それらがクリエイティブにとってもっとも重要であることを熟知しているアドビならではの投資先であり、同社の今後を左右するだけのポテンシャルを持つ。