米国ロサンゼルス(以降、LA)といえば、映画の都ハリウッドを擁するエンターテインメントの中心地。ドキュメンタリー映画「Los Angeles Plays Itself」(2003年)では、その特殊な街の雰囲気を垣間見ることができます。エンタメ業界のとらわれの身であるLAが、数々の映像の中でどう描写されてきたのか。ニューヨークが舞台のはずの映画で、公園にヤシの木が生い茂っている不思議(撮影は実はLA)など、軽くも深くも楽しめる名作でした。
さて、LAに住むようになって1年弱が経ちますが、エンタメを中心に回っている都市の特徴は日常シーンの中にも現れます。たとえば、カフェで仕事をしていてよく見かけるのが、黒いスクリーンが映されたPCに向かう人たち。最初はエンジニアがプログラミングをしているのかなと思ったのですが、実はこれ、脚本を書くための専用ツールなんだとか。また、耳をすませば、ディレクターがどうの、スクリプト(脚本)がどうのといった業界関係者の会話が聞こえてきます。
映像絡みの仕事は、基本的にプロジェクトベース。脚本家にせよ、俳優にせよ、忙しい時期もあればまったく仕事がない時期もある。本業一本では食べていけないため、副業が当たり前です。ここ数年で注目されてきた「フリーランス」や「ノマド」といった新しい働き方。これがLAでは、巨大な映画産業の存在によって、一足も二足も先に体現されています。
副業なしには生活できない彼らを、売れない俳優や脚本家と一言で片づけてしまうこともできますが、彼らの姿勢には学ぶものが多いと感じています。副業を「本業に取り組む時間を奪うもの」と捉えず、「チャンスを掴む時間」として受け止める姿勢。また、いつでもエレベーターピッチ(エレベーターに乗るような短い時間の中でプレゼンをし、ビジネスチャンスを掴むテクニック)をしてチャンスをモノにする準備ができていること。少なくとも本気の人たちは、みんなハスラーです。
彼らのそんな姿勢を垣間見ることができるのが、ハイヤー配車サービスの「ウーバー(Uber)」に乗車しているときです。ウーバーの乗車員はフレックスなので、急なオーディションが入っても駆けつけられると兼業にもってこい。中でも、とても印象的だった運転手さんがいます。15分ほど車に揺られている中でいろいろ話が弾み、お互いの仕事の話になりました。
彼は実は、映画関連のデータベース「IMDB」にもプロフィールを持つ、実績のあるディレクターさん。IT事業の成功者の生涯をテーマにした脚本の映画化を手掛けていて、IT業界の出資者を探していると。ウーバーの乗客にはIT業界の人も多いため、運転手を始めたんだそう。私がIT系スタートアップを追う記者であることを知ると、興味がありそうな投資家がいたら連絡してと、車を降りる際に名刺を渡されました。
俳優業をする傍ら、レストランやカフェで働くフレンドリーな店員さんも同じです。初対面の人に対してもオープンな国民性、また接客の質に影響されるチップ文化も関係するかもしれません。でも、ハリウッド業界の友人いわく、“Everyone is hustling.”(いや、みんなハスラーなんだよ)なんだと。彼らは皆、自らチャンスを掴みにいかなければ何も起こらないことを理解しているのです。
2014年に発表されたある調査によると、米国ではすでに5300万人、実に人口の34パーセントがフリーランスに該当するのだとか。多様な働き方が普及することで、ますます個人が主役になる時代が到来します。そのとき、所属企業の名前や肩書きに頼ることなく、自分が自分自身の最良のプロモーターになることができるか。私たちが、エンタメ業界のハスラーたちに学ぶことは多いのではないでしょうか。
Yukari Mitsuhashi
米国LA在住のライター。ITベンチャーを経て2010年に独立し、国内外のIT企業を取材する。ニューズウィーク日本版やIT系メディアなどで執筆。映画「ソーシャル・ネットワーク」の字幕監修にも携わる。