もはやMacBook並み
まずは驚きのベンチマーク結果から紹介しよう。右下の表1は今年3月に登場した新しいMacBookとiPhone 6sをマルチプラットフォーム対応のベンチマークソフト「ギークベンチ(GeekBench)3」で比較したものだ。iPhone 6sの搭載するアップルA9(1・85GHz/2コア)が、シングルコアの演算性能ではMacBook(1・20GHz/2コア)を上回り、マルチコア性能でも肉薄するスコアを叩き出していることがわかる。OSやインターフェイスの違いなどから単純な比較はできないが、少なくともCPUの演算性能で両者が肩を並べる水準に及んでいることが証明された。
ではアップルAシリーズプロセッサはいつの間にこれほどの実力を身につけたのだろうか。それを示したのが表2の、2010年以降にリリースされたiPhoneおよびMacBookエアのギークベンチ3のベンチマーク結果をグラフ化したものだ。これに注目してみると、2010年時点ではiPhone 4が搭載するアップルA4と、MacBookエアに搭載されているコア2デュオプロセッサの間には10倍近いスコア差があるとわかる。
ところが2013年に登場したiPhone 5sに搭載された64ビット対応のアップルA7では、同じ年のMacBookエアの搭載するコアi5プロセッサの半分を超えるスコアを叩き出しており、2015年現在ではほぼ匹敵するスコアに及んでいることが見てとれる。
全体を見渡してみると、ここ5年間の間にMacBookエアの性能向上が3~4倍程度に留まっているのに対して、iPhoneの性能向上は20倍以上にも及んでいるのだ。その結果、ついにiPhoneの性能はMacBookシリーズに匹敵するほどまでに向上したというわけだ。
グラフィックス性能も向上
性能が向上したのはCPU能力だけではない。統合されたGPUのグラフィックス性能はCPU性能以上に伸びているのだ。3Dグラフィックス演算能力を計測する「GFXBench」でオープンGL3.0ベースのベンチマークを実施した結果が左ページの表3だ。インテルHDグラフィックス5300を搭載するMacBookに対して、iPhone 6sプラスのアップルA9が2倍近いスコアを叩き出していることがわかる。
このテストはレンダリングエンジンのスコアが画面解像度に依存する部分があるため単純な比較は難しいが、2304×1440ピクセルのMacBookと1920×1080ピクセルのiPhone 6sプラスの総画素数の差が1.6倍であること考慮しても、アップルA9のグラフィックス性能がMacBookのコアMプロセッサを上回っていることは明白だろう。このことは、MacBookとほぼ同じ総画素数(2048×1536ピクセル)を持つiPadエア2(CPUはアップルA8X)のスコアが、MacBookを大きく上回っていることからも裏付けられている。
グラフィックス性能も肉薄(表3)
オープンGL 3.0ベースのグラフィックスベンチマーク「GFXBench」の結果。オープンGL ES2を使ったT-Rex。ES3を使ったマンハッタン。算術論理装置(ALU)を使ったテストを実施。いずれもiPhone 6sが上回っている。
支えるのは最新の半導体技術
このアップルAシリーズプロセッサの飛躍的な性能向上を支えているのは、いうまでもなく最新の半導体製造技術だ。最新のアップルA9プロセッサでは同シリーズで初めてマルチファウンドリによる2社製造体制となったが、サムスンの14ナノメートルプロセスおよびTSMCの16ナノメートルプロセスのいずれも、両社の最新半導体製造工場をフル稼働して生産される。さらにインテルが2012年に22nmプロセスの第3世代コアiプロセッサ「アイビーブリッジ(Ivy Bridge)」で初めて採用した3Dトランジスタ技術「FinFET」を、アップルA9シリーズでも初めて採用している。同技術の採用によって、プロセスの微細化に伴うリーク電流の増大を大幅に抑制でき、より多くのトランジスタを搭載することで性能を伸ばしつつ、従来より消費電力の小さいプロセッサの実現が可能となっている。
アップルA9では動作クロックを同A8の1.4GHzから1.85GHzに大きく伸ばすと同時に、実際の性能に大きな影響を及ぼすL3キャッシュメモリの容量をA8の1MBからA9では3MBへと3倍に増加させている。さらにメインメモリも大きな見直しが行われ、従来のLPDDR3 SDRAMからLPDDR4 SDRAM(いずれもSDRAMの超低消費電力版)へと高速化したうえで、その容量も1GBから2GBへと倍増させている。統合するGPUも4コアから6コアへと増大されており、その詳細は不明ながらもイメーションから新しくリリースされた「PowerVRシリーズ7」が採用されている可能性が高い。
MacとiOS機の境界線
性能面でMacに追いつき始めたiOSデバイスの心臓部「アップルA9」プロセッサ。さらに11月にはこれを強化した「アップル A9X」プロセッサを搭載したiPadプロがリリースされる。その心臓部はアップルA8Xの1.8倍のCPU性能、2倍のGPU性能と謳われていることから、市場の大半のウィンドウズタブレットを凌駕するのはもちろん、一部のMacBookすらも大きく上回るスコアを叩き出すことはもはや確実だ。そうなるといよいよiOSデバイスとMacとの境界が曖昧になってくる。
もちろんタッチオペレーションが前提のiOSデバイスと、キーボードを標準装備するMacとではその用途や使い勝手に大きな違いがあるが、多くのアプリケーションが両方のプラットフォームに対応してきた現在では、必ずしもMacでなければならないシチュエーションが少なくなってきているのもまた事実だ。OS Xもまた、iOSの多くの機能や特徴をその内部に取り込んできており、その違いは減少しつつある。
MacとiOSデバイスの性能差がなくなりつつある今、ひょっとしたら近い将来に大きなターニングポイントが訪れるのではないか、そんな妄想が現実となる日も案外遠くないのかもしれない。
3D Touchの可能性とTaptic Engineの秘密
iPhone 6sで採用された「3Dタッチ」は、新型MacBookやアップル・ウォッチに搭載された「フォースタッチ」とは異なるメカニズムが採用されている。フォースタッチではトラックパッドやスクリーンを支えるフレームの四隅に設置された圧力センサで指先の力を検出する仕組みだが、3Dタッチはフロントガラスの微妙なたわみを静電容量の違いとして検出する方式で、パネルのどの部分が押されたかを比較的高い精度で検出できるメリットがある。この技術が進化すれば、手袋をした指先でも操作ができる可能性があり、医療現場や屋外などでの利用時に利便性が向上すると期待される。
iPhone 6sの3Dタッチでは、液晶パネル裏側にあるバックライトに組み込まれたセンサアレイがパネルの変形を検出する。
iPhone 6sのタプティックエンジンには、ロングストロークのメカに駆動コイルが2つ搭載されており、より多彩なフィードバックが可能だ。
MacBookのフォースタッチは、トラックパッドを支えるフレームの四点に圧力センサが取り付けられた構造になっている。
一方でiPhone 6sプラスのタプティックエンジンは小型でシングルコイルのタイプで、アップル・ウォッチのものとサイズや駆動方式が似ている。 Photo●apple.com
【NewsEye】
参考までにMacBookプロ・レティナ15インチ(Mid 2012・コアi7-3720QM)のマルチコアスコアは約1万2700、iMacレティナ5K27インチ(Late 2014・コアi7-4790K)は約1万7800、Macプロ(Xeon E5-2697 v2)は約2万7800。iPadプロ(アップルA9X)は8000前後のスコアと推定される。
【NewsEye】
アップルAシリーズプロセッサは「SoC」と呼ばれ、当初よりCPUのほかにGPUやチップセット機能、さらにはメインメモリなども取り込んだ設計になっている。インテルのCPUもコアiプロセッサ以降でGPUやチップセット機能を統合し始めたが、未だメインメモリは外部接続だ。