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おいしいお茶漬けを届けるために、iPadで「賞味期限チェック」

著者: 牧野武文

おいしいお茶漬けを届けるために、iPadで「賞味期限チェック」

永谷園茨城工場では、パッケージの賞味期限日付印字のチェックを、iPadとOCR機能内蔵の専用アプリを使って自動化している。人の注意力では限界のある業務を自動化することで、食品工場も変わろうとしている。

ミスができない賞味期限印字

「お茶づけ海苔」と言えば、誰もが連想する老舗食品メーカー・永谷園。ご飯にお湯を注ぐだけで、熱々のお茶づけが食べられる日本の定番メニューだ。

その永谷園茨城工場では、パッケージに印字された賞味期限日付の確認にiPadを活用している。賞味期限日付が正しいかどうかを、カメラと専用アプリのOCR機能で自動判定するというものだ。

食品会社にとって、誤った賞味期限の商品は流通させることができない。万が一の場合は商品回収をすることになる。その損害額も莫大だが、消費者の信頼を失うことが何よりも打撃になる。

茨城工場では、生産品の賞味期限は6カ月から24カ月までさまざまだ。印字は製造ラインで自動化されているため、日付を間違うなどということ自体がそもそも起こりようがない。しかし、製造ラインで扱う品目の切り替えや、製造部品の交換などの際に、設定ミスをして誤った日付を印字してしまう可能性はゼロではない。

「賞味期限の印字ミスはめったに起こりませんし、これまで工場の外に出荷したことは一度もありません。ただ、もしそのような事故が起きてしまった場合には大きな問題となります。商品自体は廃棄となりますし、お客様の信頼も失ってしまいます」(永谷園茨城工場長・関口裕氏)

19種類の商品を年に4億食以上も生産している茨城工場では、毎日90回以上も賞味期限印字のチェックをするという。万が一、誤った日付の商品が流通してしまったら、創業以来積み上げてきたブランド価値を失いかねない。食品工場にとって、賞味期限印字は「絶対に間違えてはいけない」重要事項なのだ。

目視確認は人への負担が大きい

iPad導入以前はどのようにして賞味期限印字の確認をしていたかというと、すべて人が行っていた。

まず、商品印字管理表という書類を印刷。この書類には、商品のあるべき賞味期限日付が記されている。各製造ラインが動き始めると、サンプル品を抜き取り、パッケージの日付部分をはさみで切り取る。これを商品印字管理表に貼りつけ、あるべき日付と実際の日付印字が正しいかどうかを確認していく。さらに、上司が同じ作業をしてダブルチェック、場合によってはトリプルチェックをすることもあった。このような作業は人間には負担が大きすぎる。

「毎日製品をチェックをしていると、注意力が散漫になることが避けられません。それが怖いのです」(永谷園茨城工場 生産グループマネージャー・渡部一弘氏)

iPadで印字チェックできるようになり、1商品に5分程度かかっていた作業時間が、2分程度に短縮された。しかし、それは導入の主目的ではない。もっとも重要なのは「確実である」こと。これまでもそうしたことはなかったが、iPadを導入後1年半、印字ミスを見逃す事故は1件も起きていない。

専用アプリは開発企業に依頼した。ビジネスアプリ開発ツール「Magic xpa」(マジックソフトウェア)を利用し、OCRエンジン「活字認識ライブラリー」(パナソニック)を組み込んだ。

このシステムを利用するには、専用アプリを起動して、社員アカウントでログイン。サンプル商品のバーコードをカメラでスキャンすると、その商品情報が自動的に表示される。さらに、カメラで賞味期限日付を読み込むと、OCRエンジンが自動的にテキスト化、あるべき賞味期限データと比較してくれる。正しいかどうかの判定がされ、作業を行った社員名と判定結果が記録される。また、別の端末から上司がログインをすると、判定結果が一覧表示され、ダブルチェックを行える。このダブルチェックも誰が行ったのか社員名が記録される。

茨城県高萩市にある永谷園の茨城工場。東日本で販売する商品を担当しており、「お茶づけ海苔」や「あさげ」など、19商品を製造している。

永谷園茨城工場長・関口裕氏(右)と、茨城工場生産グループマネージャー・渡部一弘氏(左)。渡部氏が中心となって、業務の確実性向上と効率改善に努めている。

iPadアクセサリにも気を使う

当初は持ち運びしやすいiPhoneを検討したが、画面が小さくてスキャンした賞味期限印字が見づらいことがわかり、タブレットを比較検討。iPadを採用した。

「茨城工場では、お茶づけ海苔の味を左右する調味玉の製造もしているので、粉塵に強いタブレットというのが第一条件になりました。iPad導入を決めたのは、アクセサリ類が豊富に販売されていたからです。工場内で落としてしまったときの破片混入リスクを防ぐために、iPadは手で持つのではなく、カバンのように体から下げたいのです。また、工場内は塩分も多いため、カバーなどにも気を使います。工場内にiPadを持ち込むには、考えなければならないことがたくさんあります」(渡部氏)

製造ラインは、そもそも異物が混入しない構造になっているし、万が一混入しても自動発見、自動排除する仕組みになっている。それでも、持ち込む備品には細心の注意を払う。バインダー、ボールペン、紙書類などもすべて異物混入のリスクを検討して、指定品以外使わないという徹底ぶりだ。

  「茨城工場では異物混入がないようにしっかりと管理を行っています。しかし、事故は常に想定外のところで起こります。リスクは限りなくゼロになるよう、対策しているのです」(関口氏)

茨城工場の包装ラインの様子。機械によってほぼ自動化されているが、人間の力も欠かせない。

味を変えないために進化する

茨城工場では、渡部氏が中心となって、対象ラインの帳票類を電子化する動きも始まっている。オープンソースの帳票ツール「アイレポーター(iReporter)」を活用し、エクセルで作成した帳票をPDF化してiPadで記入する。項目をタッチすると、そこに文字を枠の中にきれいに入力できる。しかし、電子化作業は思うようには進まない。

「食品工場では、ただ帳票に記入すればいいわけではありません。記入漏れがあっては意味がないのです。そのため、ある項目を確実に入力しないと、次の項目が入力できないという仕掛けを組み込んでいます。今後も対象ラインを増やしていくために、いろいろと方策を相談しているところです」(渡部氏)

茨城工場では、どのくらいの書類を使うのか。ざっと概算してみると、1日に90枚以上の書類が発生しているのではないかという。茨城工場で作る商品の賞味期限は6カ月から24カ月とさまざまだが、確実にトレースをするために、すべての記録表を3年間保存している。すでに保存場所にも困っているし、以前の書類を探すときの検索性も悪い。帳票類の電子化も重要課題になってきている。

一方で、関口工場長は人手不足に対応すべく、この取り組みに注目している。

「食品工場では、確実ということが何よりも大切ですが、その確実性を人の負担だけに頼るのも違うと思っています。iPadを導入して、テクノロジーの力で確実性を達成し、人はそれをチェックするという働きやすい工場にしていきたいです」(関口氏)

永谷園の最初の工場は、東京湾に近い東京都大田区にあった。なぜなら、商品の主原料である海苔の生産地に隣接していたからだ。当時はすべての工程が手作業だったが、時代は移り、現在は工場の多くの工程が自動化されている。それでも、永谷園の味の基本は変わっていない。伝統の味を守るために、工場は常に変化し続けていかなければならないのだ。

iPadで賞味期限の印字チェックを行っている様子。毎日90回以上のチェックが必要だという。従業員は9人ずつのグループに分けられ、1グループに4台のiPadが支給されている。

iPadによる印字チェックの流れ。商品のバーコードを読み取ると専用アプリ内に商品情報が自動表示される。

次に[OCR読取]をタップし、カメラを起動。OCR機能が賞味期限を自動で読み取り、アプリに記録してくれる。[OK]マークが出たら、その賞味期限印字が正しい証拠だ。

永谷園茨城工場のココがすごい!

□iPadで商品の賞味期限日付をチェックし、印字ミスをゼロに

□iPadアクセサリをはじめ、工場内持ち込み品の管理を徹底

□膨大な帳票類の電子化にも積極的に取り組んでいる<