目次
- 噂されるティム・クックCEOの勇退。“成熟の時代”において、Appleを世界一の企業に
- ティム・クックCEOの3つの功績。託されたバトンは、見事につながれた
- ジョブズ氏が求めたサプライチェーンの改革。ティム・クックCEOのプロフェッショナルな仕事
- ジョブズ氏はなんと233倍に。歴代CEOは、Appleをどれだけ成長させたのか
- Appleのはじまり。二人のジョブズとマイク・マークラ氏の出会い
- 量産体制の構築へ。マイケル・スコット氏がCEOに就任し、ナスダック上場も果たす
- ジョン・スカリーCEO誕生。伝説の「1984」ほか、Appleブランドの確立へ
- Appleの暗黒時代。ジョン・スカリーCEOの退任と、OS開発の高すぎる技術目標
- マイケル・スピンドラー氏がCEOに。開発遅延と品質低下で売り上げは低迷
- 破産寸前のApple。ギル・アメリオCEOは、NeXTの買収およびジョブズ氏の復活を決断
- ジョブズ氏による奇跡の復活劇。そして「Appleを完成させる」べくティム・クックCEOが誕生
Appleのティム・クックCEOの退任が囁かれている。彼の在任期間は、すでにAppleの歴代CEOの中で最長であることはご存じだろうか。
前CEOのスティーブ・ジョブズ氏の存在が大きすぎて、ティム・クックCEOの功績は霞んでしまいがちだ。しかし、彼が素晴らしい実績を作ってきたことを忘れてはならない。そこで本記事では、Apple創業以来のCEOと比較しながら、ティム・クックCEOの偉大さを再確認していく。
噂されるティム・クックCEOの勇退。“成熟の時代”において、Appleを世界一の企業に
各種報道によると、ティム・クックCEOが来年2026年にも勇退することを決めたという。ティム・クックCEOの在任期間は、現在時点ですでにスティーブ・ジョブズ前CEOより長く、Apple史上、もっとも在任期間の長いCEOとなっている。
ティム・クックCEOは、時価総額で世界の頂点を競う企業のリーダーを務めながら、世界中の市場を訪ね歩くという激務をこなしてきた。そろそろゆっくりしたいと思っても誰も責めることはできないだろう。
個人的にずっと気になっているのが、ティム・クックCEOが常にスティーブ・ジョブズ前CEOと比較されてきたことだ。
「ティム・クック時代になって、イノベーションがなくなった」などとよく言われるが、それは単にiPhoneやiPadの製品ライフサイクルの問題で、ティム・クックCEOは成熟の時代にあたっただけだ。それが、あたかもティム・クックCEOのパーソナリティの問題であるかのように言われている。
ティム・クックCEOの3つの功績。託されたバトンは、見事につながれた
ティム・クックCEOの功績は主に3つある。
(1)サプライチェーンの最適化
世界の工場である中国サプライヤーを大規模に採用した。サプライヤー密度が高い中国で生産できるようになったことで、効率が大幅に向上している。さらに、複数サプライヤー制も導入した。同じ部品を複数のサプライヤーから調達することにより、競い合わせる。これにより、性能、品質が向上し、低コスト化も実現した。
さらに、Appleはほとんど在庫を持たない。製造直後のデバイスがApple Storeに納品され、在庫と言えるのは店頭在庫のみだ。これを実現するには、製造、物流、販売までのロジスティックスを一括で管理し、緻密なコントロールをする必要がある。これを可能にしたのは、ティム・クックCEOの手腕だ。
結果、Appleは高級品ともいえるデバイスを驚くほど低コストで製造できるようになり、消費者に現実的な価格で提供し、なおかつAppleは大きな利益を得られる体制を確立した。
これらは、COO(最高執行責任者)からCEOになったティム・クック氏に課せられた任務だったのだろう。そして、彼は見事に実現した。
(2)サービス部門の成長
2つ目は、Apple MusicやApple TV
、iCloudなどをサービスとして確立し、収入の柱に育てたことだ。2024年のサービスによるAppleの収入は、全収入の26.2%にすぎないが、利益の割合は全体の42.2%にもなる。
Appleの利益の半分近くがサービスから生まれており、数年以内に、この比率は50%を超えると見られている。つまり、Appleは製品で儲けている会社ではなく、サービスで儲ける会社にシフトしているのだ。
製品の粗利率は36.8%だが(それでも製品としてはかなり高い数字)、サービスの粗利率は75.4%もある。ティム・クックCEOはここに目をつけ、Appleを利益の出る会社に変えてきた。


(3)空間コンピューティングの提案
Vision Proおよび「空間コンピューティング」の概念も、ティム・クックCEOの元で実現した。これは「イノベーション」の側面でも大きな功績だろう。
空間コンピューティングがこの先定着していくかどうかは未知数だが、定着したならば、iPhoneの登場と同等かそれ以上の革新となるはずだ。

ジョブズ氏が求めたサプライチェーンの改革。ティム・クックCEOのプロフェッショナルな仕事
ティム・クックCEOを指名したのは、前CEOのスティーブ・ジョブズ氏だ。スティーブ・ジョブズ氏は、革新の時代は終わり成熟の時代に入ると予測し、実務に強いティム・クック氏をCEOに指名した。
そして、ティム・クックCEOは求められたサプライチェーンの改革を完璧以上に成し遂げただけでなく、Appleを高い利益が出る会社に改革し、さらには未来を変えるかもしれない大きな種子を蒔いた。
ビジョナリストという点ではスティーブ・ジョブズ前CEOを超えることはできないかもしれない。しかし、企業基盤を強化するプロフェッショナルとしては、スティーブ・ジョブズ前CEO以上の仕事をしたと言ってもいいのでないだろうか。
Appleには創業以来、7人のCEOがいる。その在任期間をグラフにしてみると、下図のようになった。見てわかるとおり、ティム・クックCEOの在任期間がもっとも長い。

ジョブズ氏はなんと233倍に。歴代CEOは、Appleをどれだけ成長させたのか
では、各CEOはどれだけ会社を発展させただろうか。就任月の企業価値と退任月の企業価値を比べ、何倍に成長したのかを計算してみた。
すると、第1位はスティーブ・ジョブズ氏となり、なんと企業価値を233.6倍にもしている。こんなにも会社を大きくしたCEOは、世界中の会社をみても、歴史上ほかにはいないのではないだろうか。Appleにはこのような奇跡があるため、ティム・クックCEOの貢献が霞んでしまう。
ただ、スティーブ・ジョブズ氏がAppleのCEOに就任したとき、Appleは倒産寸前の状態だった。就任時の株価を並べてみると、スティーブ・ジョブズ氏就任時の株価は、それ以前のスピンドラー氏やアメリオ氏就任時よりも低い。
それに比べて、ティム・クックCEOの就任時の株価は非常に高い。スティーブ・ジョブズ前CEOの功績により、Appleが成長するだけ成長したところでバトンを渡されている。ここからさらに企業価値を31.3倍に成長させるというのは並大抵の手腕ではない。


Appleのはじまり。二人のジョブズとマイク・マークラ氏の出会い
Appleはよく知られているとおり、天才エンジニアであったスティーブ・ウォズニアック氏が開発したワンボードマイコン「Apple I」を販売するところから始まっている。ウォズニアック氏が制作、スティーブ・ジョブズ氏が販売という分担をした。
ここまでは、若者の趣味と実益を兼ねた小金が儲かるサイドビジネスにすぎない。しかし、インテルをFIRE(早期リタイア)したマイク・マークラ氏が彼らに目をつけた。マークラ氏は、多くの成功者がそうするように、リタイア後の資産を増やすためにスタートアップ企業にエンジェル投資を行っていたのだ。
あくまでそういった投資先のひとつとして、マークラ氏は当時Appleのオフィスだったガレージを訪ねた。しかし、スティーブ・ジョブズという若者に魅了されてしまう。その結果、投資するだけでなく、自分もAppleで働き、本格的に企業として成長させる決断に至った。
量産体制の構築へ。マイケル・スコット氏がCEOに就任し、ナスダック上場も果たす
スティーブ・ジョブズ氏がリーダーであることは明らかだったが、まだ若くてビジネス常識がない。何しろ、企業人と打ち合わせに行くときはサンダルではなく、革靴を履かなければならないということも知らなかった。
そこでマークラ氏は、1977年、ナショナル・セミコンダクター時代の同僚で、製造担当ディレクターを務めていたマイケル・スコット氏をヘッドハンティング。同氏をCEOに任命した。このときのAppleの最大の課題は、量産体制を構築することだったからだ。
そしてこの時期、世界ではじめて広く普及したパーソナルコンピュータ「Apple II」が登場した。それにより、Appleはナスダック上場にまで突き進むこととなる。
マイケル・スコットCEO時代にメーカーとしての体制を整え、Apple IIというキラープロダクトが生まれた。次に必要になったのが組織や財務面の確立だ。そこで、1981年にマイク・マークラ氏がCEOに就任し、企業としての体制づくりに努めた。
ジョン・スカリーCEO誕生。伝説の「1984」ほか、Appleブランドの確立へ
しかし、ここで問題が発生した。Apple IIの売れ行きが落ちはじめる中、次世代製品を開発しなければならない。だが、何が次世代の正解なのかわからない。
そこで、Apple IIの機能をアップしたApple III、キーボードベースのフレンドリーな操作のパーソナルコンピュータ、マウスを使ってアイコンを操作する斬新な未来型コンピュータなどの開発が並行して行われた。ちなみに、最後の「未来型コンピュータ」が将来のMacintoshに発展していく。
このとき、Appleに必要だったのは企業ブランドの確立だった。
1983年、スティーブ・ジョブズ氏は、ペプシをマーケティング手法で成長させたジョン・スカリー氏をヘッドハンティングした。そのときに放った「このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか? それとも、私と一緒に世界を変えたいか?(Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to come with me and change the world?)」という口説き文句はあまりにも有名だ。
そして、ジョン・スカリーCEOはそれに応えた。1984年にはスーパーボウルのTV広告枠を買取り、伝説的な「1984」のTVCMを放映。このCMはスティーブ・ジョブズ氏が主導し、ジョン・スカリーCEOはそれを承認しただけにすぎない。しかし、ジョン・スカリーCEOもやはり伝説的な「Knowledge Navigator」のデモ映像を制作し、実際にPDA(Personal Digital Assistant)「Newton」を発売している。
これらの動きにより、多くの消費者がAppleに対し「未来をつくる企業」というイメージを持つようになった。
Appleの暗黒時代。ジョン・スカリーCEOの退任と、OS開発の高すぎる技術目標
しかし、以降のAppleは暗黒時代に入る。1991年に登場したSystem 7(MacOS 7に相当)は、カラー表示となり、マルチタスクにも対応。それまでのOSの集大成だった。しかし、当時の技術的な限界から擬似マルチタスクにすぎなかった。
AとBという2つのアプリを同時に動かすとき、擬似マルチタスクではAをちょっと動かし、Bもちょっと動かすという処理がされる。この方式だと、Aに問題が発生してフリーズするとBも止まり、Mac全体が止まってしまう。そのため、当時は1日に数回の再起動が必要だった。
これを解決するには、モダンなOSに刷新し、AとBは動作もメモリ領域も完全に独立したものにする必要がある。そうすれば、Aが止まったらAを強制終了するだけでよく、Bは続けて使うことができ、OSが止まることもない。
この次世代モダンOSは、Coplandという名称で開発がスタート。しかし、あまりに高すぎる技術目標から実現が危ぶまれていた。ジョン・スカリーCEOは、次のCEOに「Coplandの完成」という大きな宿題を残して退任した。
マイケル・スピンドラー氏がCEOに。開発遅延と品質低下で売り上げは低迷
1993年にCEOに就任したマイケル・スピンドラー氏の任務は、次世代モダンOS・Coplandの完成だった。しかし、スピンドラー氏はCOOから昇格した人物だ。
ティム・クックCEOと同じように、運営のプロなのだ。ティム・クックCEOのように、前任のCEOが残した多くの魅力的なプロダクトを活かし、そこからいかに大きな利益を引き出していくかということには長けている。しかし、方向性が混乱する次世代OSのチームをまとめて目標を指し示す、ということは苦手だったのかもしれない。
この仕事には、カリスマ性のあるビジョナリストが必要だ。だが、その仕事にうってつけのスティーブ・ジョブズ氏は、ジョン・スカリー前CEOと路線対立したことでAppleを離れていた。しかも、1985年にNeXT、1986年にピクサーを創業したばかりであり、両社とも結果を出すには至っていなかった(ピクサーがトイ・ストーリーを公開するのは1995年)。
そうしてCoplandの開発スケジュールは遅れに遅れた。さらに、間に合わせにリリースしたMac OS 8、Mac OS 9の品質が悪く、Appleの評判は下落。それが売上にも響くようになっていった。
破産寸前のApple。ギル・アメリオCEOは、NeXTの買収およびジョブズ氏の復活を決断
次のCEOは、1996年に就任したギル・アメリオ氏。ナショナル・セミコンダクターを再建した実績から、倒産寸前のAppleを救う任に就いた。
しかし、再建するにも限界がある。当時のAppleには、もはや強みとなる技術はほとんど残っておらず、結局ギル・アメリオCEOができたのは大規模なレイオフだけだった。
ただし、ギル・アメリオCEOはAppleの将来の明暗をわける重要な決断をする。それは、スティーブ・ジョブズ氏の会社「NeXT」を買収するという決定だ。NeXTは、ビジネスとして成功したとは決して言えない。しかし、OSであるNeXT Stepは、Appleが喉から手で出るほど欲していた次世代モダンOSだった。これがのちのMacOS Xとなり、Apple復活の強力な武器となっていく。
さらに、NeXT買収には小さくないおまけがついてきた。それは、スティーブ・ジョブズという人物が、再びAppleの経営に参画するチャンスをつくったことである。
ジョブズ氏による奇跡の復活劇。そして「Appleを完成させる」べくティム・クックCEOが誕生
スティーブ・ジョブズ氏は1997年にiCEO(暫定CEO)に就任した。それからのストーリーは、みなさんもよくご存じのものだろう。倒産寸前の企業を、世界のデジタル革命の中心に変貌させるという奇跡のような復活劇を実現した。
そして2011年、自身の健康問題からバトンをティム・クックCEOに渡す。このときスティーブ・ジョブズ氏は、ティム・クック氏に「私と同じようにはしないように」と伝えたという。つまり、さらなるイノベーションを起こすのではなく、Appleという企業を完成させて欲しいということだ。そして、ティム・クックCEOはその仕事を完璧にこなした。
数十年後にAppleの歴史を語るとき、最初に触れられるのがビジョナリストであるスティーブ・ジョブズ氏なのは変わらない。しかし、その次に語るのは、スティーブ・ジョブズ氏の生み出したプロダクトに持続性を与えたプロフェッショナル、ティム・クック氏になるだろう。
ティム・クック氏の次のCEOが誰になるか、メディアはすでに騒ぎ始めている。空間コンピューティングをさらに発展させるビジョナリストになるのだろうか、それともさらにAppleの基盤を確固たるものにする実務派プロフェッショナルになるのだろうか。
Appleの歴史は、夢見るビジョナリストと現実を見るプロフェッショナルが響き合うことでつくられている。


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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。









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