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AI時代にあえてアナログを。「“音を触る”感覚を甦らせる」HOTONEの挑戦。名機1176のオマージュ「DT-76」開発者インタビュー【Music China 2025】

著者: 中臺さや香

AI時代にあえてアナログを。「“音を触る”感覚を甦らせる」HOTONEの挑戦。名機1176のオマージュ「DT-76」開発者インタビュー【Music China 2025】

上海で開催されたアジア最大級の楽器展示会「Music China 2025」。その熱気あふれる会場の中で、ひときわ強い存在感を放っていたブースがあった。

中国・湖南省に本社を構える「HOTONE(ホットトーン)」が、新たに立ち上げたアナログ機器ブランド「Diademtone(ダイアデムトーン)」だ。

HOTONEは、デジタルマルチエフェクター「Ampero」シリーズで知られるブランド。洗練されたデザインと高いコストパフォーマンスで、世界中のギタリストやクリエイターから愛されている。

音楽業界も、楽器、ソフトともにAIの活用が進んでいるが、そんな今、あえて“どアナログ”な新シリーズを発表したというのだから、見逃すわけにはいかない。

アナログ、しかし現代の制作環境でも使える機材に。Diademtone開発者の想い

「今は、音楽制作の多くがデジタル環境で完結する時代です。ですが、アナログ機器ならではの操作感や音色の質感には、デジタルでは得られない魅力があると考えています」

そう語るのは、Diademtoneの開発責任者・周(Zhou)氏。アナログ機器の復刻に取り組んだ背景には、音楽制作の現場に“触れる音”を届けたいという思いがあるという。

ギター演奏が趣味で、中学生の頃からコンプレッサを触っていたという周氏。大学卒業後はレコーディングエンジニアを務めていた。

「デジタルは非常に便利ですが、便利さの中で失われていくものもあります。アナログ機器が持つ独特の揺らぎや曖昧さがその好例です。私は、それらが音楽的な味わいにつながると考えています」

Diademtoneシリーズの開発にあたり、周氏は、そうしたアナログならではの質感を現代の制作環境でも活かせるよう工夫したと語る。




伝説の名機Urei 1176のオマージュモデルのコンプレッサ「DT-76」。あえての音の“劣化”は、ノイズではなく“味”

Teletronix LA-2Aタイプ、SSL 4000G マスターコンプレッサータイプなど、今回複数のモデルが同時発表されたDiademtoneシリーズの中でも、ひときわ注目を集めていたのがコンプレッサ「DT-76」だ。

1960年代に登場した伝説的名機「Urei 1176」をオマージュしたモデルである。

写真真ん中の段がDT-76だ。内部は完全アナログ回路で構成され、デジタル要素は一切排除されている。製品は手作りされており、1台ごとに個体差を感じながら微調整を施しているそうだ。

Urei 1176といえば、ジミ・ヘンドリックスやマイケル・ジャクソンのレコーディングにも使われた逸品。ヴォーカルやギターの音を“前に出す”パンチのあるコンプレッションが特徴で、今なお多くのエンジニアに愛され続けている。

DT-76は、そのUrei 1176の音質特性を忠実に再現しつつ、「British Mode(オーバートン模式)」と呼ばれる独自のモードを搭載。

「DT-76では、オリジナル機器の音質特性を再現するだけでなく、音痩せや歪みといった“劣化”も意図的に取り入れています。これは、単なるノイズではなく、音楽的な表現の一部として設計しました。すべてのレシオボタンを同時に押したときに生まれる“音の暴れ”を再現するもので、それにより音に深みと表情を与えています。」

周氏は、古い録音機材に見られるような微細な変化や質感を、現代の制作環境でも再現できるよう工夫したと説明する。

手で“音を触る”。その感覚が来場者の心を掴む

DT-76は、完全アナログ回路で構成されているにもかかわらず、操作は非常にシンプル。ノブの数は最小限に抑えられており、アナログ機材の初心者でも扱いやすい設計だ。

HOTONEブースには実機が展示されており、精緻な筐体デザインが多くの来場者の注目を集めていた。

伝統的なこのオレンジ色のメーターが、電源を入れると温もりを放つ。




音を“整える”コンプ「DT-76」と“彩る”イコライザ「TR-1」。組み合わせで生まれる豊かな立体感

Diademtoneシリーズのもうひとつの注目機種が、クラシックなイコライザをベースにした「TR-1」。ふくよかな中低域と、艶やかな高域を生み出すことで、音に立体感を与えてくれる。

「TR-1」は、アナログ信号をリアンプして音を再構築する装置だ。DAW→TR-1→オーディオインターフェイスとつないで使う。

DT-76が音を“整える”機材に対し、TR-1は“彩る”存在だ。2台を組み合わせることで、音の輪郭と厚みをさらに引き出せる。

たとえば、DT-76でコンプレッションをかけたあと、TR-1で中域を少し持ち上げると、まるでアナログテープに録音したかのような、温かく懐かしい音が完成する。

“手間”の中にこそ音楽の本質がある。DT-76はデジタルネイティブこそ試すべき逸品だ

「アナログ機器は操作や管理に手間がかかりますが、そうした工程も含めて、音作りに対する理解やこだわりを深める要素になると考えています」

周氏のこの言葉が印象的だった。真空管の温度、ノブの重み、わずかなノイズ。それらすべてが、音楽に“人の手”を感じさせる。

AIで作曲までできる時代。そんな今だからこそ、Diademtoneシリーズが放つ“ロマン”が、より一層輝やいて見えるのは、私だけではないだろう。

特に、DT-76は、単なる人気モデルをオマージュした製品ではなく“音楽の質感を取り戻すための装置”だ。デジタルで完結する音楽環境に、もう一度“触れる音”を取り戻す。

デジタルネイティブにこそ、ぜひ試してほしい。

音楽を奏でる人にも聴く人にも楽しさを提供し続け、音楽文化に貢献したいと語った周氏。

Diademtoneシリーズからは、上記のほかに「SSL 4000」シリーズのマスターコンプレッサをオマージュした「DT-4K」など、興味深いラインナップのリリースが予定されている。今後の製品展開が今から楽しみだ。




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著者プロフィール

中臺さや香

中臺さや香

Mac Fan編集部所属。英日翻訳職を経て、編集部へジョインしました。趣味はピアノを弾くこと、乗馬、最新のガジェットを触ること。家中まるっとスマートホーム化するのが夢です!

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